第6話:床板修繕費と高級スーツ賠償額
「……この場合、どこに賠償請求すればいいんですかね?」
『リエ、心拍数が上がっているよ。まずは落ち着こうか』
「いつになく、地中深くまで落ち着いて、土と埃だらけだ。これ以上どうしろってんだよ?」
視界を覆うのは、60年分の埃と砕け散った木材の破片。咳き込みながら、状況を把握していく。背中には湿った土の感触。見上げれば、3〜4メートル上に古泉荘の天井と廊下の床板に空いた「大穴」。
事の始まりは、今朝。
いかにも「お役所」然としていながら、場違いな高級スーツを纏った男が、玄関先に現れた。すでに何度も古泉荘を訪問している馴染みの客、「未登録ダンジョンを取り締まるダンジョン対策課の早春敬介」だ。
いつものように慌てず騒がず、俺は大家の玲那さんに知らせてから玄関を開けた。
「県庁ダンジョン対策課だ。この建物は法的強制措置により……」
ロボットかと疑いたくなるほど同じ内容。要するに「立ち入り調査をさせろ」って話だ。ダンジョンがあると知られれば、次は立ち退きを勧告される。
玲那さんが来たところで交代して、俺は隠蔽のために地下へ降りた。
しかし、早春と玲那さんが客間に向かう途中、折り悪く夜勤明けの愁さん(推定100kg超)と廊下で遭遇してしまった。さらには、弱った床板を避けるクセが付いた愁さんとは違い、早春は古泉荘の廊下を歩く際の絶対厳守を知らない。
「大変! 怪我はない? 無理に動かないで。必要なら救急車を……」
玲那さんの声が頭上から聞こえてくる。彼女は無事のようだ。
俺の前では、巻き添えを食らったの愁さんと、高級スーツを埃と泥だらけにした早春が咳き込んでいる。無菌室で育っていそうなエリートが、これを期に喘息を発症したら、誰が責任を問われるのだろうか?
『今の落下で、一階廊下の床板という資産が一部消滅したよ。改修工事費を県庁に請求した場合、床板だけが新品に変わるね。これを再建設資金の足しに変えるべく、法の隙間を探ろうか?』
スマホからジヴが血の通わない声で現状を要約する。
「……ジヴ、徹底的に探ってくれ。庶民にタカるドケチ役所が気前良く出すとは思えないが。シュウさん、立てますか?」
俺は立ち上がり、カーゴパンツに付いた埃を払いながら周囲をうかがった。ここはダンジョンの浅い層だ。急所に詳しい愁さんなら、とっさの事故でも受け身くらいとっているだろう。
「……君は、ここで何を……?」
「見ての通り掃除です」
やっと発言する気力が戻ったらしい。エリート公務員は、この事態をどう乗り切るつもりだろうか?
「まさか、そんな……山登りみたいな装備で?」
「聖剣や聖鎧を買う余裕ないんスよ。庶民には。……で、どうします? 念願の立ち入り調査しますか?」
自嘲気味に返した俺は、チョーカー代わりに付けているヘッドライトで、飢えた様子の大ネズミを指し示す。
「それじゃ、一噛みで足指を持っていかれますよ」
来客用100均スリッパが脱げ、泥に汚れた靴下を目の当たりにしたエリートの顔が、青白く引き攣った。
次回:ガチギレするリエに、ジヴが倫理エラーを訴える。
投稿時間は、明日6時50分です。
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