第3話:命綱のGPSとインプレ狂人
潜る前に一吹きした『自家製濃縮ミント水』が、ダンジョン内の鬱蒼とした臭いに混ざって薄れていく。地味な虫避け対策だが、今は人命がかかっている。先を急ぎたい時には、この小細工が意外と役に立つ。
「ジヴ、深度を確認」
『現在地、地下45メートル。ミシャのスマホGPS信号が途絶えた場所まで、もうすぐだよ。彼女、今ごろ暗闇の中で泣いているね』
LEDヘッドライトの照射角を調整しつつ溜め息を溢した。
「何で充電が尽きるまで気づかないかな。……シュウさん」
俺は頭上に広がるクモの巣をフライパンで指し示した。幸か不幸か俺は素通りできてしまったが、身長190センチの愁さんは、そうも行かない。
「待った! これ使ってください」
頭を低くして避けるのではなく、素手でクモの巣を取り除こうとしたのを見て、ポケットから適当なものを取り出した。
「『ニトリルゴム背抜き手袋(1双100円)』です。使い捨てることになっても、未知の毒に触れる危険を犯すより、ずっとマシなんで……」
巣は予想したよりも粘着性の強い頑丈な糸で作られていた。それを力任せに掻き混ぜ、掻き集めて捩じ切ると、弾力が及ぼす衝撃で巣の主が足元に飛ばされた。逃げる間も与えず、『鋼鉄先芯入り安全靴(2900円)』がクモの胸部と腹部の接合部を容赦なく踏み抜く。
バキッという音と共に、モミジ程度の大きさのクモから、小粒の魔石が現れた。
『クリティカルヒット。魔石の価格は50円相当。今の攻撃による靴底の減価償却費は推定2円。リエも見習ったら?』
「動物系は苦手なんだよ。毒性も考慮して駆除すべきなんだろうけどさ……」
『君、ダンジョン向いてないよ。リエが見逃し続けていたクモ糸は、蚕糸の100倍の価格で取引される人気素材だから、ちゃんと持ち帰って消滅する前に茹でてね』
どの鍋を使うべきか悩みながら進むうち、前方に青白く光るキノコの群生地が見えてきた。巨大キノコに囲まれて、忙しなく動き続ける猫耳の不審人物。2号室の住人、光紗だ。
「マジでキレーじゃんね! 『地下のファンタジー森』ってタグつけたら、今月のインプレ爆伸び確定だて〜!」
「朝ご飯、食べてから来れば良かった」
態と大きめの声で悪態をつくと、ミシャが振り返った。
「あっ、リエちゃん! シュウちゃんも! 見て見て映えるべ? 写真撮ってアタシんとこ送ってけて〜! それか、ちょっとだけスマホ貸してくんね?」
『ミシャ、そのキノコの粘液は、君の猫耳パーカーに「クリーニング代2000円コース」のシミを残すよ。それを「古泉荘」に持ち込んで発生した被害は、家賃に上乗せするね?』
ジヴの冷徹なツッコミが響く。光紗は一瞬で青ざめた。
「えっ? ヤッべ! これ新作パーカーなんだって〜!」
「……帰るぞ。ほら、自撮り棒を拾って」
「待ってて! 写真1枚だけさ。一緒に。絶対映えるやつじゃんね。お願い!」
「強制連行だ。シュウさん」
愁さんが光紗の襟首を掴み、荷物のように持ち上げる。
「あわわっ、扱い雑だて〜! シュウちゃんなら、お姫様抱っこできるろ〜? お腹くるしい。吐く、かも……」
光紗の騒がしい声をBGMに、帰りはスライムをフライパンで叩きながら、「魔石」を回収していく。一打が300円の利益に変わる。この積み上げが、ダンジョンと生きる庶民のサバイバル術だ。
次回:魔獣肉とコシヒカリが皿の上で共演。
投稿時間は、本日19時50分です。
続きを読んでやっても良いと思ったら、ブックマークと下の★★★★★をお願いします!
需要があると思えば続ける意欲に繋がりますので、何卒お願い申し上げます。




