第29話:祝いのピザと庭キャンプの備え
ある3月の夕方。
古泉荘の共有ダイニングには、およそ似つかわしくない大手チェーンのピザボックスが並んでいた。4種類の味が楽しめて、端にもチーズや肉がトッピングされている「高いヤツ」だ。
由良が作ってくれる薄っぺらい油揚げを台にした「ピザ風油揚げのグリル焼き」とは、香りが違う。濃厚な肉とタレ、圧倒的な量のチーズが食欲を刺激する。
「いいんですか? こんな贅沢して」
「もちろんよ。あの特大魔石、テーマパークの運営企業に『口止め料』込みで300万円で売りつけたから、そのお祝いも兼ねてるの。チップと考えてくれてもいいわ」
魔女の微笑みと共に、玲那さんが少し高めの赤ワインをグラスに注ぐ。このピザ代は、テーマパーク運営企業の「隠蔽工作」という名の泥水から抽出された利益ということらしい。
キッチンでは由良が、ピザの脂っぽさを中和するために、食物繊維たっぷりの自家製ピクルスと温野菜のオードブルを皿に盛り付けている。その横で、夜勤明けの眠りから冷めた愁さんが、前菜のプロテインドリンクをシェイカーで煽っていた。
「シュウさん、それ新フレーバーですか?」
「ああ、タコヤキ風味だ」
そこへ、律儀にインターホンを鳴らして早春が現れた。持って来たのは老舗の「どら焼き」。
「また訳あり仕事の仲介ですか?」
「今日はパーティーに招待されて来た。これは、その手土産だ。……あからさまに嫌な顔をするのは止めてくれないか?」
「そうですか? そういうことなら、どうぞ」
席につくと、俺は由良が淹れた熱いほうじ茶を受け取り、サハルの横に置いた。
ダイニングの隅には、先日届いたばかりの『大容量ポータブル電源』と『折り畳みソーラーパネル』、『業務用浄水器』が鎮座している。例の「ブラックな50万円」は、古泉荘を「独立した要塞」に変えるための資材に化けた。
耐震性など皆無の古民家だ。地震が来れば真っ先に倒壊するだろうが、庭でキャンプ生活ができる装備さえあれば、最悪の事態でも生き伸びられる。
『現在、リエの幸福度は200%に到達。ただし、ピザの摂取カロリーを贅肉に変えないために、普段の1.5倍以上の負荷で消費することを推奨するね』
「ふん、ピザの良さが分からないとは、所詮はAI。哀れよのう」
俺は鶏の照焼きピザを一口かじった。甘辛いタレが舌の上で踊る。
「あ、見てて、リエちゃん。地下のピタゴラスイッチ動画の再生数、まだまだ伸びてるて〜!」
光紗がスマホを振りかざして割り込んできた。
「この広告収入でドローンを買えば、ダンジョン内部の『映える映像』が撮り放題じゃんね! 楽しみすぎる〜!」
「それは何より」
こってり味の後はサッパリしたサラダに限る。
「久世君、住宅街で『奇妙な野良犬』の目撃情報が増えているのを知っているか?」
早春が、どら焼きを緑茶で流し込みながら、真剣な眼差しで尋ねてきた。
「ニュースで見ました。未発見ダンジョンから溢れた魔物が通行人を襲ったとか。作物も荒らされたって」
「魔物はダンジョン内で増殖し、一定数を超えれば餌を求めて外へ出る。奈良の鹿が市街地に出るのとは訳が違う。飢餓状態の魔物は、防壁を越えてくる」
『サハルの担当は、ダンジョン発見と安全管理だよね? 苦情電話とか、大丈夫?』
「どこも深刻な人手不足だ。この周辺で被害が出ていないのは、久世君が掃除しているおかげなのだろうな」
「儲かるから魔石拾いしているだけですけどね」
俺は、自分の生活圏を「安上がりで快適な場所」に変えたいだけだ。古泉荘のダンジョンを近隣住民が知れば、早期消滅を望むだろう。公になれば、封鎖されて国か地方自治体に奪われる。どちらにしても、俺の稼ぎは消える。
知った上で、こっそり利用しているのだから、褒められるような行為ではない。
玲那さん主催のパーティーで、光紗が騒ぎ立てて盛り上げ、由良が笑い、愁さんが黙々とピザを平らげて、招待客の早春が珍妙な光景を眺めている。
この平穏をワークマン装備で守り抜く。それが、俺の選んだコスパの良い生き方だ。
完
ここまでお付き合いいただきまして、誠に有難うございました。




