第26話:24時までの大浴場と労働者
「……生き返る〜」
23時15分、スーパー銭湯『極楽の湯』の露天風呂。俺は今や現世のあらゆる煩悩から解放されていた。
当然、粋を理解しないAIとの無機質な会話も、イヤホンケースと共にコインロッカーへ預けてある。
洗い場に持ち込んだのは、今日この時のために用意した聖遺物、『純綿・極厚ボディタオル(290円)』のみ。
巷の安いマイクロファイバーは、敏感肌を傷つけかねない攻撃性を秘めているが、綿100%のこれは違う。特殊な凸凹状のワッフル編みで、石鹸の泡立ちを劇的に高めつつ、古い角質だけを優しく絡め取ってくれる。
丁寧に体を洗ったら、内湯のジェットバスへ。肉体労働で強張った背中に、容赦ない水圧をぶつける。筋肉の疲労が温かな奔流に解きほぐされいく。
それからサウナへ。と思ったが、張り紙によるとサウナは使用できないようだ。乾燥機代わりにサウナを利用する迷惑客がいるのだとか。
気を取り直して、湯船で火照りを冷ますために外へ出る。夜風が心地よく肌を撫でる。
露天風呂に身を沈めると、首から下はポカポカのまま、首から上は3月の冷たい外気にさらされる。
頭の中が透き通っていく。星も見えない曇り空を見上げ、ぼんやりと肺に冷たい空気を送り込んだ。
風呂上がり、ボディタオルで優しく拭いた髪をドライヤーで乾かす。黒のスウェットを着た俺は、引換券を握りしめ、番台横の冷蔵ケースに向かった。
「コーヒー牛乳を」
キンキンに冷えた瓶。ガキの頃はケース越しに眺めるばかり、極稀に与えられる100円玉を握りしめ、兄妹で1本を選んで分け合っていた。それを今、腰に手を当て一気に喉へ流し込む。
濃厚なミルクと微かなコーヒーの苦味。「正当な労働の対価」が食道を駆け抜け、五臓六腑に沁み渡る。
「……美味い」
瓶の底に残った最後の一滴を飲み干し、俺はふと思った。
次からは、この「極上の報酬」までの工程をもっと短縮できないか? 罠やシステムに代行させ、現場で泥にまみれる時間と回数を減らす方法。
俺は湯上がりの火照った体で自転車を転がし、夜風を切りながら、『効率のための設計図』を脳内に描いた。
『収入:現金 +30,000円。銭湯回数券(残り9枚)。
戦利品:酸性液、ヘドロ金、鑑定・換金待ち。
支出:純綿・極厚ボディタオル -290円。消耗品 -200 円(マスク、テープ)。
純利益(暫定) +29,510円』
次回:情報を売り、怠惰を買う。
投稿時間は、明日6時50分です。




