第25話:「風呂は好きか?」
「作業時間は、17時から21時までの間。基本報酬3万円に加え、『スーパー銭湯・極楽の湯』の特別回数券10枚を付けよう」
差し出した封筒の隙間から、早春がコレミヨガシに回数券をチラつかせる。
「価値観が昭和すぎませんか? 全裸を晒し、赤の他人と同じ湯船に入る。風呂キャンセルが流行る現代に、そんなのが報酬として通用するはずないじゃないですか?」
舌に残る甘さを緑茶で流し、どこにでもある市販の塩煎餅をかじった。
『臭い・汚い・危険、チーム戦。騒音と高温多湿を加えれば、リエの嫌いなものフルコンボだね』
「ジヴのサポートで安全を確保、かつ単独作業。ここまでが最低条件として、入浴後はキンキンに冷えたコーヒー牛乳、それを欠いて何が銭湯か?」
俺は極めて冷静に真理を説いた。
「分かった。ドリンク無料券10枚も付け加えよう。……久世君は、まさか隠れ銭湯マニアか?」
「祖父の家には風呂がなかった。それだけのことです」
最後の一切れとなる羊羹にデザートフォークを突き立て、俺はそれを自身の口に運んだ。
「ジヴ、言質を記録したな。装備の選定を」
『了解』
ジヴが提案した中から選んだのは、プロの漁師も愛用す『水産合羽(PVC素材:2,900円)』と『耐油ゴム長靴』。粘液を浴びても「水で洗い流せる」のが最大の利点だ。さらに100均の『防臭・防塵マスク』を二重にし、隙間を養生テープで塞ぐ。
日が暮れた下水処理施設。酸性ガスが漂うダンジョンの暗闇に、俺は一人で降り立った。
『ミッション開始。目標:下水管を占拠する「アシッド・リーチ(酸性ヒル)」の駆除。……タイムアタックモードを起動するよ。目標タイム、45分。その後は、ジェットバスに、サウナと水風呂を堪能できる。営業時間は24時までだ』
視界を覆うゴーグルの端に、ジヴが投影したデジタルタイマーが刻まれ、「作業」を開始する。
天井から降り注ぐ酸性の飛沫を「ビニールの鎧」は、ただの「水滴」として地面に流す。
「ジヴ、あそこに溜まってるのは?」
『下水に流れ着いた貴金属が癒着した「ヘドロ金」だね。さらに、ヒルの死骸から分泌される「酸性液」も極一部で受容があって、1瓶2,000円で売れるよ』
俺は100均の『園芸用スコップ』で、泥にまみれた「宝の山」を空のペットボトルに次々と詰め込んだ。
『プロが「汚い」と逃げ出す場所こそ、「ドケチな掃除屋」にとってブルーオーシャンだね』
「誰かがやらなきゃならない仕事だ。機械で自動化が進むまでは」
迫りくる巨大なヒルをフライパンの底で叩き潰す。粘液が飛び散った。ビニールのフードで受け流し、俺は機械的にグロい塊を「収益」と変えるべく回収していく。
『今回は、ここまでにしようか』
「……そんな時間か?」
『ナイス・ワーク。背後のハッチを開ければ、地上出口直結の「洗浄用シャワー室」だよ』
鼻腔を突く下水の臭いと酸の刺激。それを全て「使い捨て」のビニールと共に脱ぎ捨て、俺は地上へ這い上がった。
次回:コーヒー、フルーツ、プレーン。貴方の推しは?
投稿時間は、明日6時50分です。




