第2話:朝帰りする巨漢と安全靴
ダンジョンの浅い層から古泉荘に戻ると、廊下の床板が悲鳴を上げた。
1階の共有ダイニングでは、「伝説のエクスカリバー・分割手数料無料キャンペーン」のテレビ通販が虚しく響いている。
「3億の聖剣を分割って、何年かかるんだよ。なぁ、ジヴ」
『月々の返済を30万として96年だよ。彼らは子孫に残せる「夢」を買っているんだ。「30円の電池」で現実を照らす人間とは次元が違うのさ』
「あ〜はいはい。次元上昇、とてもスピっぽい」
普段なら光紗の喧しい話し声が聞こえ、朝食の匂いを漂わせたキッチンから、妹の由良が声をかけてくるはず。それが、今朝は静まり帰っている。
「……ユラ、いるか?」
ダイニングを覗くと、エプロン姿の由良が厳しい表情でタブレットを睨んでいた。
「お兄ちゃん、おかえり。ミシャちゃん見なかった?」
「部屋には?」
不安げな顔で首を横に振る由良。俺はスマホに向かって呼びかけた。
「ジヴ、ミシャのスマホ現在地」
『了解。……地下50メートル地点に留まっているね。お気に入りの被写体を見つけたのかも。充電残量8%に減少。暗闇の中で震える未来まで秒読み状態だね』
「ミシャが残量に気づいて、自力で戻る可能性は?」
『彼女が自撮り棒を聖剣に持ち替え、スマホのカメラ機能を切って潜った可能性と同じくらい絶望的だよ』
何かを見限った兄妹の大きな溜め息が重なる。
「……シュウさんを呼ぶ。もし、怪我して動けない状態だったら、おんぶして帰らなきゃ」
覚悟を決めたところへ重い足音が廊下を軋ませた。
そこに立っていたのは、190センチを超える龍ヶ崎愁だ。夜間コンビニバイトから帰ったばかりらしく、レジ袋を握っている。
「これ、魔石を抜いた肉」
それだけ言って、ラグビーボール大の赤身肉らしき物が入ったレジ袋を由良に見せた。
インフレにより「安くて美味い肉」がスーパーから消えた日本において、ダンジョンで仕留めた魔獣肉は貴重な食料。数多くのレシピ動画が競い合うように上げられており、庶民の食卓には欠かすことのできないタンパク源だ。
ただし、魔石を抜けば1時間と持たず塵に帰る。それを阻止するには加熱調理などの加工が必要だ。
「シュウさん、お預かりします」
レジ袋の中身を確認した由良の表情が引き締まった。急ピッチで大きなフライパン、サラダ油やスパイスが手際良く準備されていく。
「……地下へ行くのか?」
「ミシャが一人で潜ったきり戻ってないんだ。その『鋼鉄先芯入り安全靴』の威力を貸してほしい」
ボサボサ頭の医大生は、眠そうな目で俺を見下ろした。
「……わかった」
短く答えると、愁さんは外出用の「アーミーグリーンの裏アルミジャンパー」を脱ぎ、ダンジョン用の「撥水・耐摩耗ソフトシェル」を羽織りながら戻って来た。
俺は再び真っ暗な穴の先へ足を踏み入れる。コシヒカリのために。
次回:身長190センチの巨漢が、『鋼鉄先芯入り安全靴(2900円)』でダンジョンを踏み抜く。
投稿時間は、明日6時50分です。
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