第19話:老舗の羊羹と「映り込み」
「……早春さん、それ何です?」
「手土産だ。前回の非公式依頼において、君たちの私生活を著しく侵食したことへの行政的配慮……いや、個人的な謝罪のしるしだ」
早春が差し出したのは、誰もが一度は見たことのある老舗の虎模様の紙袋だった。
『スキャン完了。中身は一口羊羹の詰め合わせ。推定価格3,240円。……豆大福18個分に相当するよ。彼は「誠意」を最も無難で高価な砂糖の塊に置換して持って来たようだね』
「3,000円超え。その予算があるなら、ワークマンの『メリノウール靴下(1足580円)』を5足買ってくれた方が、俺個人の生活の質は上がったんですけどね」
「……君という男は、風情というものを……」
「冗談です。上がって行きますか? スーパーの格安緑茶で良ければ淹れますよ」
呆れる早春の返答を流し、受け取った手土産を共有キッチンに運ぶ。
これは古泉荘の共有財産として、住人の血糖値と仲間意識を上げる潤滑油に使わせてもらおう。
「ぎゃぁぁぁ! 来たぁぁぁ! 見て見て、バズってる! バズり散らかしてるぅぅ!」
2階から階段を転げ落ちるような勢いで光紗が駆け下りてきた。スマホを俺たちの鼻先に突き出す。
「『DIY女子が古民家リフォーム』、10万再生突破! イイネが止まらんて〜!」
スマホ画面に、コーデュラのベストを着て床を打つ俺が映っている。顔出しは避けられているが、問題は背後。片付け忘れた『ラグビーボール大の特大魔石』が、虹色に輝きながら映り込んでいた。
「……ミシャ。ワザと置いたのか?」
「これ『映える』んだて〜! コメント欄、『この宝石CG?』『どこの魔石?』って大騒ぎじゃんね! ほら!」
その時、早春のタブレットに緊急着信が入った。画面を見た彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……ドリーム・ダンジョン運営企業の広報室からだ。……例の動画を削除し、魔石を即刻返却しろと要求している」
「返却? あれは戦利品でしょう? ダンジョンの規則で所有権を主張できるのは、討伐者か武器の提供者……」
「企業側は『展示用の備品が紛失した』と主張している。彼らは、魔石の鑑定から不法投棄の事実が露呈するのを恐れているんだ。返さなければ、窃盗罪での告訴も辞さない。と」
そこへ玲那さんが小皿に乗せた羊羹を上品に運びながら、目を細めた。
「あら、それは企業側の『焦り』の裏返しじゃない? ……あの魔石、いくらで『買い取らせる』のが正解かしら?」
「ジヴ、算出して」
『了解。企業のブランドイメージ毀損リスクと、隠蔽工作の継続コストを考慮。……300万円が妥当な「解決金」だね。ただし、早春の出世に響かない範囲での「寄付金」名目にする必要があるよ』
「あれはレナさんに売却済みですから、価格交渉はお任せします」
続いて、早春のタブレットに通知が届く。すると今度は頭を抱えた。
「……別の事案だ。ある場所で『未登録の空洞』が発見された。……久世君、もう一度『清掃技術』が必要だ。今回は、『行政の予算』がつく」
前回の報酬で買うポータブル電源を決めかねているうちに、新しい「汚れ仕事」が舞い込んできたらしい。
「早春さん、分かってます? 前回はスライムしか出現しないって情報に基づいた作戦を立てましたけど、次はそうも行かない。……プロに任せるべき案件です」
俺は熱湯で出した濃い緑茶をすすった。
次回:プロ探索者のライセンス。
投稿時間は、本日19時50分です。




