第10話:魔獣肉のパストラミ丼
「……信じられん。獣どもの鼻先に、原木を置いてキノコを栽培し、肉を吊るしているというのか?」
俺は早春を連れ、片付ける傍らダンジョン内を案内した。それもこれも、早春が玲那さんによる説明では納得せず、実物を見せろと言って譲らなかったからだ。
「レナさんの言う『多目的スペース』の有効活用ですよ。ジヴ、熟成庫の温度と湿度、衛生状態は?」
『完璧だよ。リエが100均と薬局をハシゴして買い集めたキッチンペーパーとアルコールで、黒カビを徹底除菌したからね。有益な白カビが極上の熟成生ハムに変えているよ』
古泉荘の地下に開いた縦穴。その極浅い層には、キノコと生ハムを育てる空間があり、ミントの葉を浮かべた水が入ったバケツをいくつか置いてある。湿度管理のためでもあり、虫除けとダンジョン特有の獣臭を中和したいがためでもある。
「……これは、ハーブか?」
「ええ。ミントです。ローズマリーとタイムの寄せ植えもありますよ。今は日に当ててます。虫除けになるかと思って」
『勿論、ミントは別鉢だよ。床下を突き破ると噂の「緑の悪魔」だからね。床上から突き破られちゃったことは誤算だったよ』
熟成庫はワークマンで購入した「金属メッシュ」と捕獲カゴで囲われている。大ネズミの侵入を物理的にシャットアウトする低コストな要塞だ。
匂いに誘われた大ネズミを捕獲できれば、魔石が手に入って一石二鳥という鬼コスパ。さすがに、ネズミ肉を食べようとは思わないが……。
「まだ信じられない。……行政が数億円かけて作る管理施設とは、見た目からして違い過ぎる。こんなDIYで管理できるものなのか? 獣が外に出てくることは?」
「ダンジョン内は定期的に掃除してますし、生ハムが揺れたら警報が鳴るんで」
「そうか。餌が目前にあれば、外に出ようとしないわけだ」
ようやく納得したのか、早春が乾いた声で笑った。そこへ階段を下りて来た「スカジャン」姿の由良が、声をかけてきた。
「お兄ちゃん、夕食の時間だよ。早春さんも召し上がって行ってください。こんな時間ですしって、玲那さんが……」
共有キッチンの隣、共有ダイニングルームに移動すると、そこはスパイスの香りが充満していた。業スーで調達したスパイスに、自家栽培のハーブを配合した「パストラミ液」だ。
テーブルに並べられた丼には、端に焦げ目を付けた香ばしい生ハムが、炊きたて白ご飯の上に敷き詰められ、彩り豊かなパプリカたっぷりのパストラミソースがトッピングされている。
大はしゃぎでスマホのカメラを丼に向けるインプレ狂人の横で、出勤前の愁さんが黙々と肉を頬張っていた。
スパイスの誘惑が鼻腔から空腹に直撃してるところへ、見栄えにもこだわった究極の一膳。脇には、キノコの味噌汁。
葛藤しながらも抗いきれず、早春は勧められるがまま割り箸を手に取った。一切れの肉を口に運ぶ。
「何だ!? この濃厚な旨味。スパイスと肉が絶妙なバランスで……」
『解説。魔獣肉の熟成生ハムで作った週1限定メニュー、特性パストラミ丼、一食あたりの原価は約80円だよ』
「肉なんて久しく食べなかったが、これは……」
『ようこそ我が家へ。胃袋を掴まれ、古泉荘なくして生きられなくなった気分はどうだい?』
早春は丼を掲げ、無心に掻き込んだ。
泥と爪で高級スーツを台無しにされた男が、太陽光発電の安いライトに照らされ、欲望の赴くまま80円の丼を平らげる。
「……美味い。空腹のせいだとしても美味すぎる」
パストラミ丼が、国家権力を屈服させた瞬間だった。
次回:週末の朝5時に開催される限界BBQ。
投稿時間は、明日6時50分です。
続きを読んでやっても良いと思ったら、
ブックマークと下の★★★★★をお願いします!




