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見舞いという名の訪問 後編

 アマデウスは、空気を和ませるように肩をすくめた。


「難しく考えなくていいよ。

 魔力っていうのはね、本来は呼吸みたいに出入りするものなんだ」


 そう言って、指先で円を描く。


「吸って、吐く。溜めすぎず、枯らしすぎず。

 ところがメルセデス嬢の場合――“吐く”ほうが極端に下手だ」


「……吐く、ですか」


「そう。魔力を外に逃がせない。

 だから体内に溜まり続けて、

 限界が来ると眩暈や発作になる」


 メルセデスは、思わず胸元に手を当てた。

 これまで“原因不明の体調不良”として受け止めてきたもの。

 その理由が唐突に判明した。

 不治の病ではなかった。

 いつ、この命の灯が消えるのかと、毎日思っていた。

 それが――


「では……わたくしは……」


「病弱なんかじゃない。ただの魔力過多だよ。

 しかも厄介なことに、外見にはほとんど出ない性質(タイプ)だ」


 アマデウスは、ちらりとテオドールを見る。


「で、普通ならここで『じゃあ魔力を抜けばいい』って話になる。

 魔術師に放出させるとか、魔道具を使うとかね」


「……それが、できないのですか」

「できなくはない。けど、効率が悪すぎる」


 言い切った。


「魔力ってのは、相性がある。

 四つの精霊王が司る土水風火に始まり、天と地、光と闇――

 まあ、とにかく質は様々でね」


 一拍置いて、アマデウスは核心を突いた。


「昨夜、君は――テオドールに触れた途端、症状が治まった」


 メルセデスは、ゆっくりと視線を彼へ向ける。

 テオドールは、わずかな間を置いてから口を開いた。


「……私の体質の話をします」


 その声は低く、感情の揺れを抑え込んでいる。

「私は、生まれつき魔力の消費量が異常に多い」


 アマデウスが肩を竦めた。

「分かりやすく言うとね。テオは、常に“枯渇寸前”で生きてる」

「……え」


「剣技、身体能力、反射速度――全部、魔力を燃料にしている。

 本来はそこまで使い切らないで済むんだけど、テオの場合はそうはいかなくてね。

 本人が気付かないだけで、普通の騎士ならとっくに身体を壊してるレベルだよ」


 テオドールは、淡々と続けた。

「鍛錬の量で誤魔化していました。魔力回復薬は、人一倍必要でしたが」

「……そんな……」


「命に関わるほどではありません」


 即座に否定する。

 だが、その言葉をアマデウスが鼻で笑った。


「“今までは”ね。鍛錬で底上げできる魔力量なんて些細なものだ」

 空気が、ぴんと張り詰める。

「さて。メルセデス嬢は溜め込む。テオは枯らす」

 指を二人へ向ける。


「君たちは、真逆だ。

 そして――触れ合っただけで、自然に循環が起きた」


 一拍。


「つまり」

 アマデウスは、楽しそうに結論を告げた。

「この二人は、一緒にいるだけで“正常”になる」


 沈黙が落ちる。


 メルセデスの胸の奥で、昨夜の安らぎが静かに蘇った。

 テオドールの中では、あの違和感が、はっきりと“納得”に変わっていた。


「まあ、選択肢はいくつかあるように見えるけどね。

 一番自然な流れ、ってやつがあるんだよ」


「……治療には」

 メルセデスが、慎重に尋ねる。

「継続的な接触が、必要なのですね」


「正解」

 アマデウスは、にやりと笑う。

「短時間じゃ意味がない。

 生活を共にして、定期的に、

 できれば自然に触れ合う必要がある」


 アマデウスは説明しながらも、結論に迷う素振りを一切見せなかった。

 まるで、途中の理屈は“納得してもらうための手順”に過ぎないかのように。


 その言葉の重みを、二人とも理解していた。

 だからこそ。

 テオドールは、逃げ道を断つように、静かに言った。


「――契約結婚、という形が最も合理的です」


 それは、感情を伏せた声音だった。

 だが、彼の拳は、誰にも気付かれないほど僅かに、強く握られていた。


 また、沈黙。


「君たち、勘違いしてるみたいだけどさ。これは“新しい関係”じゃない」

 アマデウスは、にこりと笑う。

「――もともとそうなるはずだった形に、名前を付けるだけだよ」



 契約結婚へのレルヒ子爵家の反応は歓喜、と表すのが相応しいだろう。


「ベルンシュタイン伯爵家のご子息、

 それも功績ある騎士のテオドール殿との縁組とは……!」


 父の声には、驚きと同時に、隠しきれない安堵が滲んでいた。


「これは……ありがたいお話だな。

 まさか、こんなご縁が巡ってくるとは」


 母もまた、胸に手を当てて、ほっと息をつく。


「本当に。メルセデス、良かったわね。

 これで……ようやく、安心できるわ」


 その言葉に、彼女は小さく頷くことしかできなかった。


(……よかった、のですね)


 誰もが安堵し、喜び、前向きに話を進めていく。

 ()き遅れの娘が片付くのだ。それも、願ってもない条件で。

 喜ばない訳がない。


 その輪の中心にいながら、メルセデスだけが、どこか遠くに取り残されているようだった。


 ――自分がどう思うかを、問われることはない。

 それが、この家での常だった。


「こんな良縁は、二度とない。感謝しなさい」

「テオドール様に、ご迷惑をかけないようにね」


 両親の言葉に、メルセデスは俯くことしかできなかった。


 ――ええ、分かっています。

 胸の奥で、そう答える。


 感謝すべきなのだ。

 名門伯爵家の、功績ある騎士。

 自分のような――病弱で、嫁き遅れた、

 何の役にも立たない令嬢には、分不相応なほどの相手。


(……だから)


 期待してはいけない。

 大切にされる理由を、勘違いしてはいけない。


 この縁は、慈悲だ。

 あるいは、治療のための――必要に迫られた選択。


 そこに、好意や感情を持ち込むのは、きっと、身の程知らずというものだろう。


 メルセデスは、そっと胸の奥に蓋をした。

 自分がどう思うかは、どうでもいい。


 選ばれたこと自体が、すでに奇跡なのだから。


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