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結ばれた心

 優しく触れられたまま、メルセデスは息を詰めていた。


 振りほどこうと思えば、できたはずだ。

 テオドールの手は、決して強くはない。


 ――なのに。


 身体が、動かなかった。


 胸の奥で渦巻いていた不安が、彼の存在に触れるたび、静かに溶けていく。


 思考より先に、感覚が答えを出していた。


(……離れたく、ない)


 その自覚に、彼女は小さく息を呑む。


 怖い。

 けれど、それ以上に――安心している。


 メルセデスは、そっと視線を落とした。

 自分に触れる、彼の大きな手。


 騎士の手だ。

 剣を握り、命を守るための手。


 その手が今は、ただそこにあるだけで、彼女のすべてを支えている。


 気づけば、手が動いていた。


 無意識に。

 けれど、確かに、自分の意思で。


 指先が、テオドールの手の甲に触れる。

 頬をそっと押し付けるように、首を傾ける。


 ――触れた瞬間。


 身体の奥で、ふわりと熱がほどけた。


 胸に詰まっていたものが、静かに流れ出す。

 息が、深く吸える。


「……っ」


 思わず、声が漏れた。


 それが苦しさではないことを、メルセデス自身が、一番よく理解していた。


 恐る恐る、指を絡める。


 彼の手は、驚くほど温かい。

 そして――動かない。


 握り返してこない。

 ただ、受け止めている。


 その事実が、胸に刺さるほど優しかった。


「……テオドール、様……」


 名を呼ぶと、彼の喉が小さく鳴った。


 視線が落ちてくる。

 感情を抑えきれない色が、灰青の瞳に滲んでいる。


 それでも、彼はまだ触れない。

 触れないまま、待つ。


 メルセデスは、もう一度、息を整えた。


 そして今度ははっきりと――

 彼の胸元に、額を寄せた。


 布越しに感じる、確かな鼓動。

 それが、自分と同じ速さで打っていることに、心が震える。


(……ああ)


 契約だと思っていた。

 治療だと、思い込んでいた。


 けれど。


 こんなにも安らいでしまう触れ方を、治療と呼んでいいはずがない。


 メルセデスの指が、そっとテオドールの服の裾を掴む。

 それは、縋る仕草だった。


 逃げるためではなく――

 留まるための。


 その瞬間、テオドールの呼吸が、わずかに乱れた。


 指先が触れた瞬間、はっきりと分かる。

 あの夜会の控えの間と、同じ。


 身体が、楽になる。

 心が、ほどけていく。


「……あ」


 小さな吐息。


 テオドールの理性が、そこで限界を迎えた。


「――これ以上、無自覚で触れないでくれ」


 そう言いながら、彼はメルセデスを抱き締める。

 だが、その動きは強引ではなく、守るようだった。


「俺は、貴女を愛している」


 低く、抑えた声。


「ずっとだ」


 言い終わる前に、唇が触れた。


 深くはない。

 確かめるような、短い口付け。


 それでも、世界が白くなる。


 離れた瞬間、メルセデスは息を忘れていた。


「……今のは」

「理性の敗北だ」


 即答だった。

 けれど、視線は逸らさない。


「改めて言おう」


 額に触れるほどの距離で、告げる。


「俺は、契約相手としてでも、治療対象としてでもない」


 声に、熱が籠る。


「一人の女性として、貴女を愛している」


 崩れ落ちそうになる身体を、メルセデスは必死に支えた。


 ――違った。

 最初から、全部。


 契約ではなかった。

 義務でもなかった。


 ただ、選ばれていただけだった。


 胸の奥に、温かいものが満ちていく。


 逃げたい理由は、もうどこにもない。

 それでも、まだ言葉が追いつかない。


 だから、代わりに――

 もう一度、自分から、彼に触れた。


 テオドールが、静かに目を閉じる。


「メルセデス」


 その声は、ひどく優しかった。


「もう、離さない」


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