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告げる想い

 離れの自室で、メルセデスは寝台にうつ伏せになり、顔を埋めていた。

 肩が小さく震えている。

 泣いているのだと、すぐに分かった。


 その光景を目にした瞬間、テオドールの胸の奥底から、熱を帯びた何かがせり上がってきた。

 怒りに似ている。

 だが、誰かを傷つけるためのものではない。


 ――奪われかけたものを、取り戻すための感情だった。


「……一つ、確認する」


 低い声だった。

 荒れてはいない。

 だが、逃げ道を与えない硬さがあった。


「貴女は、この結婚を――“役目が終われば解消されるもの”だと考えている」


 一歩、近づく。


「違うか」


 メルセデスの身体が、びくりと震える。

 ゆっくりと身を起こし、顔を伏せたまま、小さく頷いた。


「……はい」

 掠れた声。

「契約、でしたから……」


 睫毛が伏せられ、視線は床に落ちたままだ。


 テオドールは、短く息を吐いた。


「理解した」


 それは、受け入れではない。

 前提を把握した、という意味だった。


 そして、さらに一歩、距離を詰める。


「では、その前提が誤っている理由を説明しよう」


 淡々とした口調。

 しかし、その一言で、場の空気が変わった。


「第一に」


 テオドールはメルセデスに手を伸ばす。

 びくりと震える肩に手を置き、そっと跪き、メルセデスを見た。


「私は、貴女の治療だけを目的とするなら、

 宮廷魔術師と定期的に接触させる方法を選べた」


 メルセデスの頬に手を伸ばし、触れる。

 魔力が循環していく。

 心地良い温もりに、けれどメルセデスは視線を合わせない。


「その方が、社会的にも簡単で、

 周囲への説明も容易で、貴女への負担も少ない」


 一拍。


「にもかかわらず、私はそれを選ばなかった」


 静かに、問いを投げる。


「――何故だと思う」


 メルセデスは、答えられない。


「答えは一つだ。貴女を、手放す選択肢がなかったからだ」


 メルセデスの鼓動が、ひくりと跳ねた。


「第二に」


 テオドールは優しく指を滑らせ、メルセデスの頬に掛かった髪を除けた。


「契約とは、本来、双方に利益があるから成立する。

 では、貴女がいなくなった場合、俺に何が残るか」


 一つずつ、確認するように言葉を重ねる。


「魔力循環は断たれる。

 体調は再び不安定になる。

 睡眠は浅くなり、集中力も落ちる」


 テオドールは、断じた。


「――それを、俺は“合理的”だとは思わない」


 先程から、テオドールが「俺」と言っていることに、メルセデスはようやく気付いた。

 普段ならば「私」と言い、丁寧な口調を崩すことはないのに。


「第三に」


 テオドールは跪き、メルセデスの顔を見上げる。


「俺は必要以上に言葉を尽くさない性分だ」


 わずかな沈黙。


「……いや、違う。言葉にするのが、苦手だ。

 だから、貴女が誤解した」


 メルセデスは、おずおずと睫毛を震わせ、テオドールを見た。

 潤んだ紫水晶の眸の中に、自分の顔が映っているのを確認し、テオドールは目を細める。


「だが、それは俺の落ち度だ。

 契約という言葉を使った以上、

 感情が含まれていないと判断されても、否定はできない」


 一拍。


「――しかし」


 声が、低くなる。


「俺は、契約で人を選ばない」


 熱い視線が絡む。

 灰青色の眸が、強く光る。

 視線を逸らすことを、許してはくれない。


「命を預ける相手を、条件で決めることはない」


 メルセデスの唇が、震えた。


「結論を言おう」


 メルセデスには、永遠にも思える間があったように感じられた。

 テオドールは確認するように、口にする。


「貴女が思っている“契約結婚”は、

 俺の中には、最初から存在していない」


 はっきりと。


「最初から、配偶者だ」


 メルセデスの喉が、小さく鳴った。


「……でも」

 震える声。

「わたくしは……愛される理由が、ありません」


 その言葉を、テオドールは即座に断ち切った。


「ある」


 短く、即答。


「今から述べる」


 テオドールはメルセデスを見上げ、告げた。

 頬に当てられた手が、顔を背けることを許さない。

 視線が絡む。

 逃げられない。


「貴女が俺の側に居て、安らいで、微笑む。

 それだけで、十分だ」


 逃げ場はない。


「俺は、貴女を愛している」


 声は低く、淡々としている。

 だが、その事実だけで、空間が満たされた。


「だから、離れるという発想が理解できなかった。

 今も、理解していない。

 契約の解消は、拒否する」


 きっぱりと。


「貴女が望まない限り、ではない。

 ――俺が、望まない」


(……ああ)


 メルセデスは、瞼を閉じた。

 物理的にも、心理的にも、逃げ場を塞ぐ距離だった。


「これ以上、自分を“不要なもの”として扱うなら」


 低く、確実に。


「その認識を、俺が矯正する」


 宣言した。


「貴女は、俺の妻だ」


 メルセデスが、震える。


「理由は――」


 一瞬の間。


「俺が、貴女を愛しているからだ」


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