第8話:静寂の森と謎の痕跡
悪魔と召喚者たちを処理した後、森には再び静寂が戻った。俺は、いつもの隠れ家へと戻り、二つの月が照らす夜空を眺めた。今回の件は、俺の能力の限界を教えてくれた。悪魔そのものには俺の能力が通用しない。それは想定外だったが、結果的に悪魔を排除できたのは大きい。やはり、俺のスローライフを脅かす可能性のあるものは、早めに芽を摘んでおくべきだ。
数日が過ぎ、俺は再び穏やかな日々を送っていた。新鮮な果実を味わい、湧き水を飲み、木漏れ日の下でうたた寝をする。前世では決して手に入らなかった、この上ない贅沢だ。
(しかし、あの悪魔の存在は気になるな。この世界には、俺の能力が及ばない存在がいる……。まあ、森の奥に引きこもっていれば、そうそう会うこともないだろうが)
俺はそう思い、気を引き締めた。スローライフを謳歌するためには、常に警戒を怠ってはならない。過労死した身としては、二度と無理はしたくないし、余計なトラブルには巻き込まれたくない。
ある日の午後、俺は気分転換に、普段はあまり足を踏み入れない森の北側を散策していた。そこは鬱蒼とした木々が生い茂り、昼間でも薄暗い場所だった。新鮮な空気と土の匂いが心地よい。
その時、俺の足が、不意に何かを踏んだ。
足元を見ると、それは小さな金属片だった。何の変哲もないただの金属片に見えるが、土に埋もれていたにもかかわらず、錆一つなく、鈍い光を放っている。よく見ると、表面には微細な紋様が刻まれていた。
(これは……どこかで見たような……?)
俺は記憶を辿る。前世の俺はエンジニアとして様々な機械や部品を扱ってきた。その経験から、これがただの金属片ではないことが直感的に分かった。
さらに周囲を見渡すと、不自然に折れた木の枝や、土に深く残された足跡がいくつか見つかった。まるで、何かが無理やりこの場所を通り抜けたような痕跡だ。そして、その足跡は、動物のものではない。人間のものにしては、少し大きすぎる。
(これは、まさか……)
俺の脳裏に、先日召喚された悪魔の姿がフラッシュバックした。あの悪魔が、人間のような姿をしていたことを思い出す。彼の足跡ではないだろうか? しかし、悪魔は召喚陣の光に飲み込まれて消えたはずだ。
俺は金属片を拾い上げた。ひんやりとした感触。紋様は複雑で、何らかの魔術的な意味合いを持っているように思えた。
(この森に、まだ悪魔の痕跡が残っているのか? それとも……)
俺は警戒レベルを上げた。もし、あの悪魔が完全に消滅していなかったとしたら? もし、彼が再びこの世界に現れる可能性が残っているとしたら? 俺のスローライフは、決して安泰ではない。
俺は金属片をフードの奥にしまい込んだ。この森で、静かに、誰にも邪魔されずに暮らす。その平穏を守るためならば、俺は動く。
しかし、その痕跡が何を意味するのか、まだ確信は持てない。もしかしたら、別の何かの痕跡かもしれない。無闇に詮索して、余計なトラブルに巻き込まれるのは避けたい。だが、もしこれが悪魔に関するものならば、放置はできない。
俺は再び、能力を使って「結果」を改変することを考えた。
しかし、金属片に関する具体的な情報が頭に流れ込んでくるわけではない。ただ、「危険ではない」という漠然とした感覚を得るだけだ。それでは、何の解決にもならない。
(やはり、調べるしかないのか……?)
俺は深い森の中で立ち止まり、二つの太陽が沈みゆく空を見上げた。俺のスローライフは、思いのほか波乱に満ちているのかもしれない。