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過労死天使の異世界奮闘記  作者: ゆうたち
第一章:光の都エルドゥラン
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第7話:禁忌の召喚

森の中、隠れた木の陰から、俺は目の前の光景を静かに見つめていた。男たちは、地面に描かれた複雑な紋様の上で、不気味な呪文を詠唱し続けている。光を放つ石は、徐々にその輝きを増していく。森の空気が重くなり、不穏な魔力が満ちていくのを感じる。

「……まもなく、門が開く!」

リーダー格らしき男が高揚した声で叫んだ。彼の顔には、狂気と期待が混じり合っていた。

紋様が激しく光り輝き、中心から黒い渦が巻き起こる。その渦は瞬く間に巨大な闇の裂け目となり、そこからおぞましい存在が姿を現し始めた。

召喚されたのは、予想に反して、人間のような姿をした存在だった。背丈は俺と同じくらいか、もう少し高いか。整った顔立ちには一切の表情がなく、深緑色の瞳が冷ややかに周囲を見回す。漆黒の髪には鮮やかな緑のメッシュが走り、その身体はまるで仕立ての良いスーツのような、しかしどこか異質な、深い闇色の装束に包まれていた。背中には、蝙蝠のような漆黒の翼が、静かに広がる。

「ついに……ついに現れたか! 我らが主よ!」

男たちは歓喜の声を上げる。だが、召喚された存在――悪魔は、彼らが想像していたような従順なものではなかった。

悪魔はゆっくりと首を巡らせ、召喚者たちを見下ろした。その深緑色の瞳に宿るのは、絶対的な力と、底知れない侮蔑だ。

「愚かな人間どもめ。私をこの世に呼び出したことを、後悔させてやろう……!」

低く、しかし響く声が森にこだまする。悪魔は、召喚者たちを愚弄するように嘲笑った。男たちの顔から、血の気が引いていく。彼らは、自分たちが制御できない存在を呼び出してしまったことに、ようやく気づいたようだった。

「ひぃっ!? ま、まさか……制御できないのか!?」

「逃げろ! 早く、逃げるんだ!」

彼らはパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとする。だが、時すでに遅し。悪魔の右手が、まるで幻影のように伸び、逃げようとした男の一人の首を掴み上げた。その力は尋常ではなく、男は苦しげに手足をバタつかせた。

「私の前で、逃げられるとでも思ったか?」

悪魔の口元が微かに吊り上がる。男は断末魔の叫びを上げる間もなく、その首が不自然な角度に折れ曲がった。

残りの男たちは、絶望に顔を歪ませ、ただ恐怖に震えることしかできない。彼らが召喚した「望んだ結果」は、まさしく「地獄」だった。

(自業自得だ。だが、この悪魔を放置すれば、森だけでなく、無関係な人々にも被害が及ぶだろう。)

俺は静かに、そして冷徹に、能力を発動させようとした。まずは悪魔の力を無力化する。そうイメージした、その時だった。

悪魔の身体から放たれる魔力の奔流は、俺の能力に微動だにしない。深緑色の瞳は変わらず冷たく、その表情にも困惑の色は見えない。

「……何?」

初めて、俺の計画が狂った。この世界に来てから、どんな困難も「結果改変」で乗り越えてきた。それが、この悪魔には全く通用しない。俺の能力が、悪魔の存在そのものには干渉できないのだ。

悪魔は、俺の存在に気づいていない。召喚者たちに意識を集中している。それは幸運だった。直接干渉できないなら、別の方法を考えるしかない。俺の能力は、悪魔以外の「結果」は改変できるはずだ。

悪魔は、残りの召喚者たちに歩み寄る。その足取りはゆっくりだが、一歩ごとに森の空気が軋むようだ。

(何とかしなければ……。悪魔を直接どうにかできないなら、召喚者たちを操って、悪魔をどうにかさせるしかない)

俺は、天使として、この悪魔の脅威を排除しなければならない。しかし、同時に、俺自身のスローライフを守るためにも、できるだけ目立つことなく、事を荒立てずに解決したい。

俺は、悪魔に気づかれぬよう、召喚者たちに意識を集中した。彼らは恐怖で金縛り状態だ。この状況を打破するため、俺は新たな「結果」をイメージし始めた。


第一の結果改変。

「召喚者たちの一人が、無意識のうちに召喚陣の中心にある魔石に手を伸ばし、その魔石が、悪魔を元の世界へ送り返すための『逆召喚のトリガー』として機能する」

悪魔が次の獲物を選ぼうと、ゆっくりと手を上げた瞬間、召喚者の一人、リーダー格の男の腕が、まるで意思を持ったかのように、召喚陣の中心に置かれた魔石へと、ゆっくりと、しかし確実に伸びていった。男の顔は恐怖に引きつったままだが、その指先は魔石に触れる。

悪魔は、男の奇妙な行動に一瞬だけ動きを止めたが、それが何を意味するのか理解していないようだった。


第二の結果改変。

「魔石に触れた瞬間、召喚陣が逆回転を始め、悪魔を元の世界へと引き戻す強大な光の柱が立ち昇る。この光は、悪魔が抵抗できないほど強力であり、召喚者たちには一切の害を与えない」

男の指が魔石に触れた、その瞬間だった。召喚陣が、それまでとは逆の方向に激しく光り始めた。紋様が眩い光を放ち、中心から漆黒の闇ではなく、純粋な光の柱が天へと向かって立ち昇る。

悪魔は、突然の光に眉をひそめた。その深緑色の瞳に、初めて驚愕の色が浮かぶ。

「な、何だと!? この光は……逆召喚の術式!?」

悪魔は光の柱から逃れようと、漆黒の翼を激しく羽ばたかせた。しかし、光の柱は悪魔の身体を確実に捉え、まるで吸い込むかのように悪魔を上空へと引き上げていく。悪魔は抵抗しようと咆哮を上げるが、その声は光に飲み込まれていく。

「くっ……人間どもが……! この私を……!」

「私は、この世界の理すら捻じ曲げる、根源の理より生まれし存在なのだぞ!!」

悪魔の体が、光の柱の中で徐々に薄れていく。その姿は、まるで霧のように拡散し、やがて完全に消え去った。光の柱も、悪魔が消えたと同時に、フッと消滅した。


第三の結果改変。

「悪魔の消滅と同時に、召喚者たちの精神が完全に崩壊し、二度と悪事を働けない状態になる。彼らの意識は、自分たちが召喚した悪魔の恐怖と、その悪魔を自らの手で送り返してしまったという絶望に囚われる」

悪魔が消え去った後、召喚者たちはその場に崩れ落ちた。彼らの顔は、恐怖と、理解不能な事態への混乱、そして自分たちの犯した過ちの重さに耐えかねたかのように、完全に虚ろになっていた。口からは意味不明なうめき声が漏れ、瞳は完全に虚ろになっていた。彼らは、もはやまともな思考も行動もできない、ただの抜け殻と化した。

(よし。これで、この森も、この世界の平和も、当面は守られるだろう)

俺は静かにその光景を見つめていた。悪魔を召喚し、無関係な世界を巻き込もうとした者たちへの、これ以上ない「断罪」だ。彼らは肉体的に死ななくとも、二度と誰かを傷つけることはないだろう。

(これで、よし。俺のスローライフを邪魔するものは、徹底的に排除する)

俺は満足げにそう呟くと、純白の翼を広げ、音もなく森の奥へと飛び去った。空には、二つの月が静かに輝いていた。


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