第6話:森の深き安寧と遠のく人々の気配
冒険者たちを村へ送り届けた俺は、再び森の奥深くへと戻った。人気のない場所へ、人気のない場所へ。それが、過労死した俺がこの異世界で得た、唯一の目標であり、至高の喜びだった。
能力を使えば、食料の調達も、安全な住処の確保も造作もない。朽ちかけた大木を「頑丈で快適な隠れ家」という結果に改変すれば、瞬く間に理想的な空間が生まれる。近くの果実を「常に新鮮で栄養豊富な状態」に保ち、小川の水を「清らかな湧き水」へと改変する。前世では夢物語だった自給自足の生活が、ここでは容易に実現できた。
日がな一日、俺は森の中で過ごした。二つの太陽が昇り、二つの月が輝くこの世界の空を眺める。鳥たちのさえずりを聞き、草花の香りに癒やされる。コードを書き続ける日々にはなかった、真の安らぎがそこにはあった。過労で摩耗した心が、ゆっくりと修復されていくのを感じる。
(これが、俺が求めていたものだ……)
天使として転生したことは、俺にとっては最高の誤算だった。この翼があるからこそ、誰にも邪魔されず、森の奥深くで暮らすことができる。神々しい容姿も、目隠し用のフードさえあれば、普段は問題ない。何より、「全ての結果を改変する能力」は、どんなトラブルも俺の望むように解決できる、万能の切り札だ。
数週間が経ち、俺は完全に森の生活に溶け込んでいた。魔物に遭遇することもあったが、その度に「俺の存在に気づかず、別の方向へ去る」という結果に改変し、トラブルを回避した。悪意ある人間を見かけることもあったが、それらも「森の中で方向を見失い、二度と戻ってこない」という結果に改変することで、平穏を保った。
これでいい。俺は誰かの救世主になるつもりはない。ただ、静かに、平和に生きたいだけだ。
しかし、そんな俺の安寧を乱すものが、再び現れた。
ある日の夕暮れ時。森の奥、普段は人影など一つもないはずの場所に、微かな光と、そして人の話し声が聞こえてきた。俺は警戒しながら、そっとその光の元へと近づいた。
茂みの陰から覗くと、そこには五人ほどのグループがいた。彼らは冒険者ではない。身につけているのは、豪華な衣服。そして、彼らが囲んでいるのは、まるで儀式のように地面に描かれた、複雑な紋様だった。その中心には、何やら怪しげな光を放つ石が置かれている。
彼らの会話が、風に乗って耳に届く。
「……陛下も、そろそろ限界のはず。この魔石を使い、禁忌の召喚儀式を完遂すれば、我らの望みは叶う」
「ふふ、これで王都は我らのもの。あの傲慢な王族どもも、間もなく膝を屈するだろう」
その言葉に、俺の眉がぴくりと動いた。王族、禁忌の召喚儀式……。どうやら、俺はまた面倒なものに遭遇してしまったようだ。彼らの顔には、欲望と傲慢が露わになっていた。前世で何度も見てきた、嫌悪感を抱かせる表情だ。
(よりにもよって、こんな森の奥で、そんな大がかりなことを……)
俺の平穏なスローライフを脅かす、新たな「理不尽」の出現。放っておけば、この森だけでなく、遠く離れた場所で暮らす人々の平和まで脅かされることになるだろう。そして、それが結果的に、俺の安寧な生活にも影響を及ぼす可能性が高い。
俺の心の奥底で、静かな怒りが再び燃え上がった。前世で、無力なまま理不尽に潰された記憶がフラッシュバックする。もう、二度と、誰の言いなりにもならない。そして、理不尽を許さない。
俺は、純白の翼をそっと背中に隠し、彼らが気づかぬうちに、より近くへと忍び寄った。俺の瞳に、冷たい光が宿る。
冒険者たちを村へ送り届けた俺は、再び森の奥深くへと戻った。人気のない場所へ、人気のない場所へ。それが、過労死した俺がこの異世界で得た、唯一の目標であり、至高の喜びだった。
能力を使えば、食料の調達も、安全な住処の確保も造作もない。朽ちかけた大木を「頑丈で快適な隠れ家」という結果に改変すれば、瞬く間に理想的な空間が生まれる。近くの果実を「常に新鮮で栄養豊富な状態」に保ち、小川の水を「清らかな湧き水」へと改変する。前世では夢物語だった自給自足の生活が、ここでは容易に実現できた。
日がな一日、俺は森の中で過ごした。二つの太陽が昇り、二つの月が輝くこの世界の空を眺める。鳥たちのさえずりを聞き、草花の香りに癒やされる。コードを書き続ける日々にはなかった、真の安らぎがそこにはあった。過労で摩耗した心が、ゆっくりと修復されていくのを感じる。
(これが、俺が求めていたものだ……)
天使として転生したことは、俺にとっては最高の誤算だった。この翼があるからこそ、誰にも邪魔されず、森の奥深くで暮らすことができる。神々しい容姿も、目隠し用のフードさえあれば、普段は問題ない。何より、「全ての結果を改変する能力」は、どんなトラブルも俺の望むように解決できる、万能の切り札だ。
数週間が経ち、俺は完全に森の生活に溶け込んでいた。魔物に遭遇することもあったが、その度に「俺の存在に気づかず、別の方向へ去る」という結果に改変し、トラブルを回避した。悪意ある人間を見かけることもあったが、それらも「森の中で方向を見失い、二度と戻ってこない」という結果に改変することで、平穏を保った。
これでいい。俺は誰かの救世主になるつもりはない。ただ、静かに、平和に生きたいだけだ。
しかし、そんな俺の安寧を乱すものが、再び現れた。
ある日の夕暮れ時。森の奥、普段は人影など一つもないはずの場所に、微かな光と、そして人の話し声が聞こえてきた。俺は警戒しながら、そっとその光の元へと近づいた。
茂みの陰から覗くと、そこには五人ほどのグループがいた。彼らは冒険者ではない。身につけているのは、豪華な衣服。そして、彼らが囲んでいるのは、まるで儀式のように地面に描かれた、複雑な紋様だった。その中心には、何やら怪しげな光を放つ石が置かれている。
彼らの会話が、風に乗って耳に届く。
「……陛下も、そろそろ限界のはず。この魔石を使い、禁忌の召喚儀式を完遂すれば、我らの望みは叶う」
「ふふ、これで王都は我らのもの。あの傲慢な王族どもも、間もなく膝を屈するだろう」
その言葉に、俺の眉がぴくりと動いた。王族、禁忌の召喚儀式……。どうやら、俺はまた面倒なものに遭遇してしまったようだ。彼らの顔には、欲望と傲慢が露わになっていた。前世で何度も見てきた、嫌悪感を抱かせる表情だ。
(よりにもよって、こんな森の奥で、そんな大がかりなことを……)
俺の平穏なスローライフを脅かす、新たな「理不尽」の出現。放っておけば、この森だけでなく、遠く離れた場所で暮らす人々の平和まで脅かされることになるだろう。そして、それが結果的に、俺の安寧な生活にも影響を及ぼす可能性が高い。
俺の心の奥底で、静かな怒りが再び燃え上がった。前世で、無力なまま理不尽に潰された記憶がフラッシュバックする。もう、二度と、誰の言いなりにもならない。そして、理不尽を許さない。
俺は、純白の翼をそっと背中に隠し、彼らが気づかぬうちに、より近くへと忍び寄った。俺の瞳に、冷たい光が宿る。