第5話:村への導き
「傷は深いようだな。君たちを安全な場所まで運ぼう。まずは治療が必要だ」
俺の言葉に、クレアは迷うことなく頷いた。その瞳には、もはや疑いの色はない。俺は彼女の身体を優しく支え、他の意識を失っている冒険者たちにも目を向けた。彼らはまだ動けないが、命の危機は脱している。
(彼らを村まで運ぶ……それが最も効率的で、今後の俺のスローライフに支障をきたさない「結果」だ)
俺はそう念じると、能力を発動させた。
第一の結果改変。
「クレアが、他の冒険者たちに呼びかけ、彼らの意識が回復し、動ける程度にまで身体が回復する」
俺の声と同時に、クレアが「みんな、大丈夫!?」と悲鳴にも似た声で仲間たちに呼びかけた。すると、ぐったりとしていた冒険者たちの瞼が、ピクリと震えた。一人、また一人と、苦悶の表情を浮かべながらも、彼らはゆっくりと目を開けていく。顔色も、先ほどよりは幾分かましになっている。
「あ……ああ……生きてる……のか?」
「何が……一体、何が起こったんだ……」
彼らは混乱しているようだが、確実に意識を取り戻し、身体を支えられる程度には回復している。
第二の結果改変。
「彼らが、この森の近くにある村までの道筋を正確に認識し、自力で辿り着ける」
俺は彼らに視線を送り、簡潔に告げた。
「君たちはこのまままっすぐ進めば、すぐに村が見えてくるはずだ。そこで治療を受けろ」
冒険者たちは、俺の白い翼と神々しい姿に、呆然とした表情を浮かべていた。彼らはまだ、目の前の状況を理解しきれていないようだったが、クレアが俺の言葉を繰り返すと、皆、ゆっくりと立ち上がり始めた。
「天使様が……私たちを助けてくださったのね!」
クレアが感激したようにそう言うと、他の冒険者たちも、ようやく事態を把握したのか、口々に感謝の言葉を述べ始めた。
「あ、ありがとうございます、天使様!」
「まさか、こんな森で……」
彼らの純粋な感謝の言葉は、前世で浴びせられた罵声や不満とは全く違う、温かい響きを持っていた。俺は少し気恥ずかしくなり、彼らから距離を取るように一歩後ずさった。やはり、注目されるのは苦手だ。
「気にするな。君たちは運が良かっただけだ。さあ、早く村へ行け」
俺はそう言って、再び森の奥へと視線を向けた。彼らが無事に村へたどり着き、治療を受けられる「結果」はすでに設定済みだ。もう俺がここにいる必要はない。
「お待ちください、天使様! あなた様は、いったいどちらへ!?」
クレアが必死な声で呼び止める。彼女の澄んだ瞳が、俺の背中を捕らえていた。
「俺は、俺のするべきことをするだけだ。お前たちは、二度とこんな危ない真似をするな」
そう言い残すと、俺は純白の翼を静かに広げた。翼は朝日に輝き、その美しさは、彼らが想像するいかなる絵画よりも神秘的だっただろう。彼らが呆然と見上げる中、俺は一気に空へ舞い上がった。
地上に残された冒険者たちの、驚きと畏敬の混じった声が聞こえる。
「と、飛んだ……!」
「本当に、天使様だ……!」
彼らが俺を見失うほど高く舞い上がったところで、俺はゆっくりと翼をたたんだ。これでよし。俺の天使としての存在が彼らの間でどう語られるかは知らないが、とにかくこれで面倒な関わりは避けられる。
俺は再び、森の奥深くへと向かった。
前世の過労から解放され、この異世界で手に入れた最強の力。それを使って、俺はただ静かに、俺自身の「スローライフ」を謳歌したい。理不尽な悪意に巻き込まれることなく、誰にも邪魔されずに、穏やかな日々を送る。それが、この世界の俺の目的だ。
今回の件で、やはり悪党は放置すると、結局俺の平穏が脅かされるということを再認識した。もし再び、俺の安寧を乱す者が現れるのなら、その時は容赦なく「結果」を改変してやろう。
澄み切った空の下、森の木々がそよぐ。
「さあ、まずは今日の昼飯でも探すか……」
俺は、再び訪れた静寂の中で、穏やかな笑みを浮かべた。