第35話:新しい客
深い眠りから覚めると、頭の重さが少しだけ軽くなっていた。疲労困憊だったはずの身体も、いくらか回復している。さすがは光の都、エルドゥランだ。
(さてと……ヘリオス兄さんとイリス姉さんに報告しに行かないと、な)
俺はそう思い、ゆっくりと身体を起こした。まだ少しだけ倦怠感が残っているが、これなら動ける。
その時だった。
部屋の隅に、誰かがいることに気がついた。
俺の部屋は、普段は誰も入ってこない。兄姉たちが訪ねてくる時も、必ずノックをしてくれる。ましてや、こんな部屋の隅に、まるで最初からそこにいたかのように佇むなんてことは、これまで一度もなかった。
心臓がドクリと跳ねた。目を凝らすと、そこにいたのは、俺と同じくらいの背丈の少年だった。
少年は、顔のほとんどを覆うように、奇妙な鬼の面をつけていた。真っ赤な色に、鋭い角が生えた、どこか禍々しい雰囲気の面だ。その面の奥から、漆黒の瞳がわずかに覗いている。服装は、都の他の天使たちが着ているような白いローブではなく、黒を基調とした、動きやすそうな簡素な装束だった。彼の背中には、白い翼は確認できない。人間だ。
(誰だ? こんな奴、エルドゥランで見たことないぞ……。それに、この魔力……!)
俺は警戒しながら、少年をじっと見つめた。悪魔の気配とは違う。しかし、その身から放たれる魔力の奔流は、底知れないほど強大だった。ゼノスに匹敵する、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。俺の魔力を抑える首飾りを越えて、彼の膨大な魔力が肌にビリビリと伝わってくる。
俺が警戒して動かずにいると、少年はゆっくりと顔を上げた。鬼の面が、俺の方を向く。
そして、少年は、どこか無機質な声で、はっきりと告げた。
「ようやく目覚めたか、ルカ」
その言葉に、俺はさらに驚いた。俺の名前を知っている? しかも、この態度。まるで、俺が目覚めるのをずっと待っていたかのようだ。
俺はベッドから降り、ゆっくりと立ち上がった。
「あんた、誰だ? なんで俺の部屋にいる?」
俺が問いかけると、少年は動かないまま、首を傾げた。鬼の面が、さらに不気味さを増す。
「俺は、早川冬馬。お前と同じ、転生者だ」
その言葉に、俺は全身が硬直した。転生者。ゼノスが言っていた「三つ以上の特殊能力を持つ」という存在。そして、彼から感じる底知れない魔力は、俺自身よりも強いかもしれないという恐ろしささえあった。彼は明らかに天使ではない、ただの人間だ。なのに、このエルドゥランに、まるで当然のように存在し、俺の名前を知っている。
早川冬馬と名乗る少年は、唐突に自分の面を取り去った。
現れた顔は、予想もしなかったものだった。ボサボサと無造作に伸びた黒髪。その奥には、どこか憂いを帯びた、吸い込まれるような漆黒の瞳が光っている。顔立ちは、確かに少年と呼ぶには大人びており、手入れされていない黒髪に隠されがちだが、間違いなく美形の持ち主だった。その顔には、天使にはない、どこか人間らしい疲労や諦念のようなものが宿っていた。
「驚いたか、ルカ」
早川冬馬は、静かに俺を見つめた。
「お前がエルドゥランに戻ってきたことを知って、直接会いに来た。お前に話しておかねばならないことがある」
彼の声は、どこか切羽詰まっているように聞こえた。