第2話:森での生活
澄み切った空には、二つの太陽が輝いていた。降り注ぐ光は温かく、全身に染み渡る。俺、ルカは、まずこの森がどんな場所なのかを探ることにした。幸い、空腹感は今のところない。翼も、意識すれば簡単に広げたり閉じたりできる。試しに軽く羽ばたいてみると、身体がふわりと浮き上がった。思ったよりも簡単に飛べるようだ。
上空から森を見下ろす。どこまでも続く緑の絨毯。遠くには山脈が見え、かすかに川のせせらぎも聞こえる。まさに、大自然の楽園だった。
(まずは、水と食料の確保、か。それから、安全な場所を見つけないと)
前世のサバイバル知識が頭をよぎる。しかし、この身体と能力がある限り、たいていの問題は解決できるはずだ。
近くの木の上にあった、見慣れない実を手に取った。赤く熟していて、美味しそうだが、毒がある可能性も否定できない。
「……結果を改変する」
俺は心の中で強く念じた。「この実を食べても、体には何の悪影響もない」。
恐る恐る一口かじってみる。甘酸っぱく、瑞々しい。これは美味い。能力を使った実感は、今のところ特にない。ただ、安心して食べられる、という感覚だけが残る。これが「結果を改変する」ということなのだろう。
その後、俺は森の中でしばらく能力を試した。
足元の石を蹴ると、「その石が、狙った木の幹に正確に当たる」という結果をイメージする。石は意思を持ったかのように、的確に木に当たった。
乾いた小川の淵に立ち、「この小川に、清らかな水が湧き出す」という結果をイメージすると、足元の地面からゴボゴボと音を立てて水が湧き上がり、小川を満たし始めた。
この力があれば、どんな不便も、どんな危険も、俺の望むように書き換えられる。まるで、世界が俺の思い通りになるかのように。
(これなら、憧れのスローライフも夢じゃない。過労とは無縁の、自由気ままな生活をここで送れる……)
心の中で、静かな喜びが湧き上がる。
しかし、その平穏な時間は、長くは続かなかった。
森の中を散策していると、遠くから微かな呻き声が聞こえてきた。嫌な予感がする。俺は好奇心に駆られ、音のする方へ注意深く近づいていった。
やがて、視界が開けた先に、衝撃的な光景が広がっていた。
そこには、巨大な魔物が倒れており、その傍らで、数人の人間が倒れている。彼らは、明らかに冒険者らしき装備を身につけていた。魔物の爪痕が生々しく、彼らの衣服は血で汚れ、ぐったりとして動かない。
そして、その惨状の中で、一人の男が立っていた。
肥満気味で傲慢そうな顔つきをしたその男は、倒れた冒険者の一人の剣を拾い上げると、その男の顔を嘲るように踏みつけた。
「フン、所詮は役立たずの冒険者どもだ。この程度の魔物も倒せないとはな。もっと上質な獲物を期待していたのだが、これでは金にもならん」
男はそう吐き捨てると、傍らに立つ屈強な護衛らしき男たちに命じた。
「この死体どもを漁って、使えそうなものがあれば剥ぎ取れ。どうせ、誰にも見つかるまい」
その言葉に、俺の心臓の奥が冷えた。彼らは、傷ついた人々を助けるどころか、彼らを冒物として漁ろうとしているのだ。前世で、弱者を食い物にする上層部や、理不尽な要求を突きつけるクライアントを思い出させるような光景だった。
(また、理不尽か……)
俺は、静かに怒りを覚えた。せっかく手に入れたスローライフを脅かす、最も忌み嫌う存在。それは、他者の理不尽な悪意だ。
俺は、身を隠した木の陰から、男たちを観察する。彼らはどうやら、この森を縄張りとする盗賊か、あるいは賞金稼ぎ崩れのような者たちのようだ。
(許せない。こんな連中が、この森の平和を乱すなど……)
俺の「全ての結果を改変する能力」が、静かに、そして冷徹に動き始める。