第16話:光の都の日常
『光の都エルドゥラン』での生活は、森での隠遁生活とは似ても似つかぬものだった。しかし、俺が想像していたような、厳格な規律に縛られた日々ではなかったことに、少しだけ安堵した。
案内された俺の住居は、都の一角にある、光を帯びた白い石でできた瀟洒な建物だった。内部は清潔で、簡素ながらも必要なものは全て揃っている。窓からは、眼下に広がる雲海と、遠くに見える地上が望めた。
(悪くない。これなら、スローライフも維持できるかもしれない)
俺はそう思い、自分の能力で居心地の良い空間に「結果改変」しようかとも考えたが、今はやめておいた。まずは、この都と、新しい「家族」について知る必要がある。
翌日からの俺の日常は、姉さんによる説明と、都の探索に費やされた。エルドゥランは、まさに光の結晶のような都だった。人々の生活を支える『光のエネルギー』は、都の中心にある巨大なクリスタルから供給されているという。天使たちは皆、勤勉で、各自の役割を全うしているようだった。争いも、諍いも、憎しみも感じられない。前世のギスギスした職場とは大違いだ。
(これはこれで、究極のスローライフなのでは……?)
しかし、俺はまだ、他の『原初の天使』たち――つまり、俺の兄弟姉妹たち――には会っていなかった。彼らがどんな存在なのか、そして俺が『四男』として、この都でどんな役割を求められるのか、それが気がかりだった。
数日後の夕食時、姉さんが俺に言った。
「ルカ、今日は他の兄姉たちも集まるわ。みんな、あなたが覚醒したことを喜んでいるから、自己紹介くらいはしておかないとね」
(ついに来るか、家族会議……。しかも、俺が全く知らない兄と姉たちだなんて、面倒なことにならないといいんだけど)
内心、少し緊張しながらも、俺は姉さんに連れられて、都の中心にある、最も大きな建物へと向かった。そこは、まるで巨大な光の宮殿のようだった。
広々とした円卓が置かれた広間に案内されると、そこには既に四人の天使が座っていた。彼らは皆、姉さんと同じく、純白の翼と完璧な美貌を持っていた。そして、彼ら一人一人が放つオーラは、それぞれが途方もない力を持つ存在であることを示している。
イリス姉さんが、彼ら一人一人を指し示しながら紹介してくれた。
「ルカ、彼が長男のヘリオスよ。瞳も髪も、燃えるような黄色。彼がこの都の運営を主に担当しているわ」
俺の目の前に座っていたのは、堂々とした体格で、黄金の瞳と髪を持つ男性天使だった。彼の眼差しは鋭いが、どこか温かみも感じさせる。
「ほう、君がルカか。イリスから話は聞いている。ようこそ、エルドゥランへ。長い間、空席だった四男の座に君が来たこと、我々も喜んでいる」
ヘリオスは、深々と頭を下げて挨拶する俺に、力強く頷いて見せた。
次に紹介されたのは、ヘリオスの隣に座る、冷静な雰囲気の男性天使だ。
「そして、彼が次男のアビス。知恵を司り、青い瞳と髪が特徴ね」
アビスは、その名の通り、深海の青のような瞳と髪を持ち、どこか思慮深げな雰囲気を纏っている。彼は俺を一瞥すると、小さく頷いただけだったが、その視線は俺の全てを見透かしているかのようだった。
その隣には、穏やかな顔つきの男性天使。
「三男のアンバーよ。彼は森や自然との調和を司るの。瞳も髪も、土のような落ち着いた茶色ね」
アンバーは、優しげな笑みを浮かべ、俺に挨拶した。彼の雰囲気は、俺が森で過ごしたスローライフを連想させるような、心地よさがあった。
そして、最後に紹介されたのは、その場にいる天使の中でも少ない女性天使だった。
「そして、この子が次女のアリア。純粋な心を持ち、銀色の瞳と髪が特徴よ」
アリアは、姉さんとはまた違う、儚げで神秘的な美しさを持つ天使だった。銀色の瞳は、星屑のようにきらめき、彼女の周りには、まるで雪の結晶のような光の粒子が舞っている。彼女は少しはにかんだように、俺に微笑みかけた。
「そして最後 まあ今ここにいないけど、三女のノエル、純粋な白の瞳と髪を持っているわ」
俺は、一気に押し寄せる情報と、あまりにも規格外な「家族」の存在に、ただ圧倒されるばかりだった。彼らは皆、俺のことを知っていて、俺が来ることを待ち望んでいた。
(これが……俺の新しい家族……。しかも全員、俺とは比較にならないくらい高位の存在だ。一体、俺に何をさせようとしているんだ?)