第9話:悪魔の再来
俺は森の深淵で拾い上げた金属片を握りしめ、二つの太陽が沈みゆく空を見上げていた。この森での穏やかなスローライフが、再び脅かされる可能性に、静かな苛立ちを感じていた。俺の能力が悪魔には効かないという事実が、今回の謎めいた痕跡と結びつくならば、事態は厄介だ。
(やはり、調べるしかないのか……? いや、無闇に動くのは避けたい。だが、放置もできない……)
思考の迷宮に囚われ、俺は自問自答を繰り返していた。その時だ。
背後から、ひやりとした気配がした。動物とも、人間とも違う、異質な何か。警戒しながらも、俺は振り向かずに神経を研ぎ澄ませた。白い翼を隠し、気配を消しているはずなのに、なぜ?
「そこで何、悩んでるの? 天使さん?」
突然、声がした。それは、少年のような声。しかし、その声には、底知れない古さと、不敵な響きが混じっていた。
俺はゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは、見慣れない少年だった。年齢は十代半ばといったところか。すらりとした体躯に、整った顔立ち。その顔には、どこか挑戦的な、あるいは全てを見透かしたような、不敵な笑みが浮かんでいた。
最も目を引いたのは、その瞳だ。獲物を定めるかのような鋭い眼光を放つ、真紅の瞳。漆黒の髪は乱れがちに、しかし、どこか計算されたように額にかかり、そこかしこに鮮やかな赤色のメッシュが走っている。そして、その少年が纏っているのは、まるで上質な生地で仕立てられたような、しかしどこか堅牢さを感じさせる漆黒のコートだった。その背中には、以前見た悪魔と同じく、蝙蝠のような漆黒の翼が、静かに広げられている。
(こいつは……!?)
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。見た目は違うが、身体から感じる魔力と、翼の形状。間違いなく、以前召喚された悪魔と同種の存在だ。しかも、俺の存在に気づいている……!?
少年は、俺の表情の変化を面白がるかのように、さらに笑みを深めた。
「ふーん、びっくりした顔もなかなかいいじゃん。僕が誰かって、聞きたい?」
少年は一歩、また一歩と、ゆっくりと俺に近づいてくる。その一歩ごとに、森の空気が重く、不穏なものに変わっていく。俺は無意識に、一歩後ずさった。
「僕はね、はじまりの悪魔。この世界が生まれるよりも、ずーっとずーっと前からいるんだよ。悪魔の中で偉い人みたいなものかな」
はじまりの悪魔。その言葉が、俺の脳裏を駆け巡る。以前召喚された悪魔が言っていた「私は、この世界の理すら捻じ曲げる、根源の理より生まれし存在」という言葉と重なる。
「それでね、僕ははじまりの悪魔たちの中でも四男のルークス。よろしくね、天使さん」
ルークスは、不敵な笑みを浮かべながら俺に一礼する。その赤色のメッシュが入った黒髪が、彼の動きに合わせてサラサラって揺れた。
(はじまりの悪魔……だと? しかも、四男? なんだ、こいつは……。前の悪魔は、俺に気づかなかったはずなのに。だが、こいつは……)
俺は警戒を最大レベルまで引き上げた。この悪魔は、以前の悪魔とは明らかに違う。俺の存在を知っている。そして、その目的も、能力の限界も、まだ掴めない。