巨星の影
「さてと、行きますか」
ヴェルナー中将の言葉のおかげで体が少し楽になった気がした。
後は俺のできることをやるだけだ。
コートの襟を直し、総司令部のゲートに向けて歩き始める。
「シュトルツ大佐、総司令部は受付をしなければ入れませんよ」
突如隣から声がかかる。
この声は…
「なぜ君がいる?君は確か送迎車に乗る前に別れたはずだが?」
振り返った先には総司令部入口受付付近に立っているシャルロット補佐官がいた。
いやなんでいるんだよ…
「シュトルツ大佐は総司令部にくるのは初めてだと思いまして、案内役も兼ねてついて参りました」
「いや、なんで君の方が早くついてるの…確か俺の方が早く基地を出発したよね?」
「はい、なので車両を借りて近道して参りました」
なぜかシャルロット補佐官はドヤ顔で話している。
「確かに俺は初めてだったかもな」
「ならば良かったです。私が案内いたしましょう」
「受付はあちらです。一緒に向かいましょう」
そう言ってシャルロット補佐官は俺のななめ後ろに立つ。
受付は…あそこか。
総司令部の入口の手前に窓口のようなものがある。
そこに向けて歩き始める。
「シャルロット補佐官、なぜ今は大佐呼びをしているんだ?先ほどまで艦隊長と呼んでいたではないか」
「あれは戦闘時であったため、役職を分かりやすくするために艦隊長と呼んでおりました」
シャルロット補佐官は総司令部を見上げながら言う。
「しかしここは総司令部です。ここでは正式な階級で呼ぶのが礼儀です」
「たとえ昇格が確定だとしても階級は絶対です」
「…確かにその通りだな」
受付に到着すると、事務員に話しかけられた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?し所属と役職の後に名前と階級をお教えください」
「特別機動軍第8突撃艦隊所属のヘルマン=シュトルツ大佐だ。現在は艦隊長の代理を行なっている。本日は総司令官との面会にきた」
それを聞いた事務員はタッチパネルを操作し始める。
「はい、ヘルマン=シュトルツ大佐ですね。面会は15時からとなっております」
「場所は4階の総司令官執務室です」
「こちらの通行許可証をどうぞ」
それらの説明を聞き、入場許可証と面会許可証を受け取る。
「お待たせいたしました。こちらです」
受付を終えたシャルロット補佐官と合流し、再び執務室へと向けて歩き始める。
通行許可証を駅の改札のようなゲートにタッチすると、軽い電子音と共にゲートが開いた。
ゲートの先は先ほどまでとは全く違う空間になっていた。
天井の高い大ホール、行き交う軍服姿の人たち、様々な場所に立つ衛兵たち。
目に入る者全てに圧倒されると同時に、興奮のようなものを覚える。
「そういえばシャルロット補佐官、君は確か過去にこの総司令部に来たことがあるようだな」
「はい、その通りです」
「それでは総司令官がどのような人物かわかるか?」
後ろからの声が途絶える。
…もしかしてめちゃくちゃ厳しい人なのか?
「私は総司令官と直接会話したことがないのですが、私が以前補佐官を担当していた方から聞いた話では戦術に長けており、そのカリスマ性は群を抜いており、戦場での様子はまるで『数ある星の中で一際大きく光を放つ巨星』のようだとのことです」
「とても偉大な方ってことか」
ふーむ…大して分からなかったな。
何か面会時に役立つと思ったんだけどなぁ…
「そのように伺っております。しかし…」
「しかし?」
「はい。総司令官はとても変わった方と聞いております」
「変わった方?」
「総司令官は人を見る基準に第1に面白いかどうか、第2に帝国の利となることができるのかどうかを共にしているそうです」
ん?おかしいな、絶対に判断基準に入れるべきでないものがあるぞ。
しかもなぜか1番最優先の基準じゃないかこれ?
違和感に困惑している俺を気にせず、シャルロット補佐官は続ける。
「そのため、報告書の内容よりも、その場での機転や相手の持つ思想を好むのだとか。…あ、それと気に入らない相手には相手の目を見てコーヒーをぶっかけるとの噂もあります」
……?
今なんて言った?
「コーヒーを?ぶっかける?相手の目を見て?」
「はい、ぶっかけます。コーヒーを、相手の目を見ながら」
…ふぅ。
俺は天を仰ぎ、深くため息をついた。
そして歩く足を止めて振り返る。
「シャルロット補佐官、なぜそれを先に言ってくれなかったんだ。心の準備ってものがあるだろ」
シャルロット補佐官は笑顔のまま答える。
「問題ありません。大佐ならコーヒーの1杯や2杯浴びようがなんの問題もありません」
「…え?問題ないってどういう…」
「大佐ならば問題ありません」
「いやだからなんの根拠があっ…」
「私は大佐を信頼しています。なので大佐が心配する必要はありません」
「あっハイ」
我ながら情けない返事だった。
シャルロット補佐官は満足げに一度頷き、再び歩き出す。
俺もそれと合わせて歩き始める。
大ホールの中央を通り抜け、奥にある専用エレベーターへと向かう。
一般職員とは明らかに違う動線が組まれていた。
専用エレベーターに近づくほど周囲の喧騒が遠ざかっていく。
「ここから上に行けます」
シャルロット補佐官が説明すると同時にエレベーターのドアが開いた。
中へ入り、ドアが閉まった瞬間、世界が遮断された。
静かだ。異常なほどにだ。
空気が重く、息がしづらい。
意識しなければ息が止まってしまうほどだ。
エレベーター内部には上昇を示す振動だけが伝わる。
階数を示すパネルが1、2、3と上がっていく。
そしてついに4階に到着した。
ーーチン。
明るい音とは裏腹に、開いたドアの先はより一層重苦しい空気を放っていた。
廊下は一直線で奥に大きな扉とその手前にある扉の2つ以外何もない。
一番奥の扉には2人の衛兵のようなものも見える。
「それじゃあ行こうかシャルロット補佐官」
改めて深呼吸し、軍服を正しつつ足を踏み出す。
「はい」
彼女はそれだけ口にし、後についてくる。
扉の前に立っている衛兵の1人に面会証を見せると、敬礼を返される。
「ヘルマン=シュトルツ大佐、お待ちしておりました。どうぞご入室ください」
2人の衛兵が扉の前から横にずれ、扉の前が開ける。
「シュトルツ大佐、私は待機室で待っております」
「そうか、終わったら出迎え頼むぞ」
「お任せください、行ってらっしゃいませ」
もう戻ることはできない。
せっかくのSF世界の最高司令官との面会なんだ。
楽しむつもりで行かせてもらおうじゃないか。
ならば俺はできることを最大限やるだけだ。
…コン、コン
震える体を押さえつつ、ノックする。
「入れ」
扉の奥から聞こえたその声に応じ、扉を開ける。
さぁ、俺の運命を決める面会の始まりだ。




