ハインリヒ=ヴェルナー中将
「第5突撃艦隊艦隊長のハインリヒ=ヴェルナー中将がアクセスコンコースに到着したとのことです」
…なんて?
え、中将って艦隊率いる立場だよね?
大佐の俺よりも2つぐらい階級上だよな?
そんな人が何で俺のところに…
「ヴェルナー中将がどうしてここに?」
「考えられるものですと…面会でしょうか?しかしなんの連絡も入ってません」
「とりあえず要件を確認して必要なら艦内にお通ししろ」
「承知しました、守衛にそのように連絡します」
そのように指示を出した数分後、帰ってきた返答は全く予想していないものだった。
「総司令部への送迎?送迎の車は総司令部が出してくれるはずだったが…」
「それについてはヴェルナー中将から総司令部に代理で送迎を行うと連絡を入れていたようです」
「なぜそんなことを…とりあえず向かうとするか、せっかく上官が来てくれたんだ」
「承知しました、アクセスコンコースから合流しましょう」
立ち上がり、部屋の外へ出る。
これから向かう場所はこの体が教えてくれるおかげでなんとなくわかる。流石に慣れてきたな。
アクセスコンコース。
初めて聞く設備名だったが、近づくにつれてその性質は察しがついた。
通路周辺は他の区画より明らかに静かで、警備も厳重だ。
装飾は控えめだが無駄がなく、必要最低限の格式だけが保たれている。
ーー迎賓用、か。
将官クラスが立ち寄ることを想定した区画、というところだろう。
アクセスコンコースを通って艦の外に出ると複数の車両が列に並んでおり、護衛が多数配置されていた。
そして車列中央に位置する車の側に立っている1人の男が目に入った。
その男の右肩には3つの星と線が1本。この人が中将か。
中将の元へ歩いている間、自然と背筋が伸びる。
できる限り堂々と、だけど礼儀も忘れずに。
「クラスティオ帝国特別機動軍第8突撃艦隊 臨時艦隊長 ヘルマン=シュトルツ大佐であります!」
敬礼と共に自分の役職、名前、階級を述べる。
これであってるはず…
それを聞いたヴェルナー中将が応える。
「クラスティオ帝国特別機動軍第5突撃艦隊 艦隊長 ハインリヒ=ヴェルナー中将だ、よろしく頼む」
そう言いながら右手を差し出す。
…あっ握手か。
慌ててその手を握る。
「お会いできて光栄です。こちらこそよろしくお願いします」
「そんな硬くなるな、どうせ同じ立場になるんだからさ」
「同じ立場に…?」
「そりゃあそうだろ、初の指揮で半壊した艦隊を立て直して勝利に導いたんだぞ。まだ分からないが昇進しない方がおかしいだろ」
「は、はぁ…」
半壊、その言葉を聞いて胸が少しチクリと痛む。
500隻近く残っている状態で半壊、つまり元は1000隻いた艦隊がその半分近くまで減った。
俺が指揮して出した被害ではないが責任の重さを改めて感じる。
そうして話していると護衛の1人が近づいてきた。
「ヴェルナー中将、もうそろそろ出発しなければシュトルツ大佐の総司令官との面会に間に合いません」
「もうそんな時間か」
ヴェルナー中将は腕時計に目線を向けたかと思うと、
「んじゃもうそろそろ行くぞ、総司令官を待たせるわけには行かないしな」
ヴェルナー中将が車に目線を向けながら言った。
「君を時間通りに送り届けなければ俺は減給されてしまうからな」
「それは確かに困りますね、送迎よろしくお願いします」
護衛の案内とともに送迎車両に乗り込んだ。
護衛に促されるまま後部座席に乗り込むと、静かにドアが閉められた。
内装は落ち着いた色で統一され、装飾はほとんどない。
だが、シートの質感や空間の広さから、ただの送迎車ではないことがわかる。
少し遅れて反対側からヴェルナー中将が乗り込んできた。
「楽にして大丈夫だぞ、今はこの車内以外では誰にも見られていない」
それと同時にエンジンがかかり、外の景色が滑り出す。
「ヴェルナー中将、一つ質問してもよろしいですか?」
そう切り出すと、中将はシートに深く腰掛けたまま、こちらを見ずに口を動かした。
「構わんぞ、答えられる範囲ならなんでも答えよう」
冗談めいた口調だったが、視線は相変わらず変わらない。
俺は一瞬言葉を選び、先ほどからあった疑問を口にした。
「なぜ中将自ら送迎を?正直に申すと不自然です」
ヴェルナー中将は少しの沈黙の後に口を開いた。
「ま、そりゃあ気になるよな」
ヴェルナー中将はそう言うと、ようやくこちらに視線を向けた。
年齢は四十代後半といったところか。軍人らしい鋭さはあるが、どこか余裕が滲んでいる。
「お前に伝えたいことが2つあったからだ」
「2つ、ですか」
「そう、2つだ」
そう言いながらヴェルナー中将は指を2本立てる。
「まず1つ目、まず君の昇進はほぼ確実だ」
「確実?ですが先ほどはまだ分からないと…」
「このことはまだ公開されていない。だから人がいる場所では言えなかった」
「え、それではなぜ先ほど昇進の可能性があると話したのですか?」
「あれは話しやすくするためだ。階級差はそのうちなくなると考えれば話しやすくなるだろ」
…そういうもんなのか?
いまいち理解できていない俺をおいてヴェルナー中将は続ける。
「それともう1つの理由は君に1つ言っておきたいことがあったからだ」
「というと…?」
「君の前任、つまりは今回の戦闘で戦死した前第8突撃艦隊艦隊長 セルゲイ=ラークレンは優秀な人物だった」
「彼の指揮は良くも悪くも教本通りで堅実な戦い方をしていた」
「だが、今回の戦で彼は敵の策にかかり、戦死した。特別機動軍の中でも精鋭の部類に入る1000隻を率いているにも関わらずだ」
自分の唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「もちろん彼が無能だったわけではない」
「彼は敵のどんな動きにも基本の戦闘方式の中から最適解を導き出し、対処してきた」
「これにより、彼は20年生き残ればベテランと言われる前線で200年近く勝利を収め続けた」
ヴェルナー中将は小さくため息をつきそのまま続ける。
「だが、それが仇になった」
「彼は勝ちすぎたのだ」
勝ちすぎた?勝つのはいいことじゃ…
「おそらくセルゲイ中将は連邦にマークされたのだろう」
「前からそのような兆候はあった」
相変わらず視線を変えることはない。
「軍は兵士がどれだけ優秀でも指揮官がいなければただの的だ」
「そのことは連邦もよく理解している」
「だからセルゲイ中将を狙った」
俺は黙って続きを待つ。
「セルゲイ中将は今回の戦闘で自分を対策した戦い方を連邦がしてきていると分かっていた」
「だが彼はそんな時でも戦い方を変えなかった」
「いつも通りに連邦の攻撃をいなし、防御の薄い層を見抜き、攻撃を仕掛ける」
「本当はそれで勝てるはずだった…勝てるはずだったんだ」
「セルゲイ率いる君たち第8突撃艦隊が連邦艦隊に近づいたタイミングで連邦はセルゲイ中将のいた突撃陣形前衛を抉り取り、これを殲滅した」
思わず視線を落とす。
俺にセルゲイ中将に関する記憶はない。
だが俺の体は悔しさを感じていた。俺の前の体の持ち主であるヘルマン=シュトルツが悔しがっているのが分かる。
「彼が判断を誤ったわけではない」
「戦場の変化に置いていかれたのだ」
ヴェルナー中将は相変わらずどこか遠くを見ているが、その瞳にはどこか悲しみを帯びていた。
「すまない、話が逸れてしまったな」
「セルゲイ中将は稀に見る英雄だった。私も彼に何度も助けられた」
「そして君は彼が率いてきた第8突撃艦隊の新たな艦隊長となろうとしている」
「君が彼の戦術を引き継ぐのは自由だ」
「だが、これだけは覚えておけ」
ヴェルナー中将がこちらを向いて俺の肩を掴み、凄まじい目力で目を合わせてくる。
「戦場では常に変化を止めるな」
「戦場では足を止めたものから脱落していく」
「英雄だろうがマヌケだろうが関係ない」
「足を止めるな、シュトルツ大佐」
ヴェルナー中将の言葉が、車内に重く残った。
エンジン音と路面を滑る振動だけが続き、しばらく口を開かなかった。
俺は窓の外へと視線を向ける。
遠ざかる基地、行き交う輸送車両、規則正しく並ぶ警備灯ーー
全てが新鮮なはずだが、それを楽しむ気持ちにはなれなかった。
足を止めるな、か。
頭の中でその言葉を反芻する。
話を聞く限りセルゲイ中将は素晴らしい指揮官だったのだろう。
そんな英雄でも変わることができなければ簡単に死ぬ。
そんな現実が胸を強く締め付ける。
俺はこの世界で生きていけるのか?
たくさんの命が俺の命令1つで失われる。
俺にできるのか?
「……ま、あまり深く考えすぎるな」
不意にヴェルナー中将がそう言った。
先ほどの鋭さは影を潜め、どこか肩の力が抜けた声だった。
「君はもうセルゲイ中将とは違う戦場に立っている」
「違う戦場、ですか」
「そうだ。時代も、敵も、部下もな。…そして君自身も」
そう言ってヴェルナー中将は、軽く肩をすくめる。
「過去を知るのは大事だが、縛られる必要はない」
「君は君のやり方でやればいい。それに生き残ったという事実は人を率いる覚悟というのを自然と持たせる」
その言葉に、胸の奥に溜まっていた重さがほんの僅かだけ和らいだ。
しばらくして、車内の空気が微妙に変わった。
速度が落ち、進行方向の景色が開けていくのがわかった。
巨大な建造物が前方に現れる。
「あれが総司令部だ」
総司令部に到着し、車を降りる。
その瞬間、背後から声が飛んだ。
「ヘルマン=シュトルツ大佐!」
その声に反応し、振り返る。
ヴェルナー中将は背筋を正し、はっきりと敬礼した。
「無事な昇進を祈る!」
一瞬遅れて、俺も敬礼を返す。
「ありがとうございます」
それで終わりかと思った、その時だった。
「シュトルツ大佐、コーヒーは好きかね?」
唐突な問いに、思わず瞬きをする。
「はい、大好物であります」
「ならば、もし昇進できたら――私が直々にコーヒーを淹れてやろう」
「光栄です。その時を楽しみにしています」
最後にもう一度敬礼を交わし、ヴェルナー中将は車へと戻っていった。
残された俺は、総司令部の建物を見上げる。
ここから先は、もう後戻りできない。
そう直感しながら、俺は扉へと足を踏み出した。




