およがせ
親ガチャという言葉を知ったとき、なるほどなと思った。
俺は親じゃなくて生まれた場所ガチャが失敗だったんだと思う。
生まれた村はドがふたつかみっつくらいは付く田舎で、車はあってもバスも電車もない。村の外の学校へ通うようになって、車の多さに驚いた。
自然がいっぱいすぎて、人間より野生動物を見る方が多い。カモシカだって珍しくもない。あいつらけっこうふてぶてしいよな。
でも、ドドド田舎なのはいい。空気も水も食い物も美味いし。
俺をうんざりさせているのは、親がカルトで、周りもカルト。当然、俺もカルトを強要される。仕方ないんだけどさ。
とはえいいえ、世間一般でいうカルト宗教とはちょっと違うのかもしれない。金銭の要求は一切ないから。それがどうしたって感じだけど。いっそ金銭の要求をされたほうがマシなのかも、と思うことがある。
内心はどうあれ崇め奉らないと生きていけないから、フリでも崇め奉しかない。これがとにかく疲れる。
それでもきちんと食べさせてもらえるし、多少のワガママも通るし、学校にだって行ける。
家族仲はいいし、ご近所さんとの関係も良好。親は家業を継ぐならそれでいいらしく、勉強しろとかうるさく言われない。
でも女子にモテる要素は多いほうがいいので、勉強に運動にと日々精を出している。
進路は家業を継ぐために農業高校に行くのが決まっていて、できれば大学へも進みたいと思っている。そしてその間に俺は嫁さんを探さなきゃいけないのだ。
親はなにも言わないが、たぶん農家を継いでも嫁さんがいなければぜったいにお見合いさせられる。知らん人と。だって嫁と帰ってこれなかった近所の兄ちゃんたちがそうだった。今では子沢山の子煩悩をやってる。うーん、子孫繁栄。とてもご利益があるが、運命の相手には巡り会わせてくれないので、自分で探さなきゃいけない。会えるといいな、俺の運命に。ちなみに近所の姉ちゃんたちは婿を連れて帰ってくるか、もしくは帰ってこないことが多い。
そんな俺は学生をやってる間くらい都会に行ってみたいという願いを胸に村外の寮付き農業高校受験を目指している。
だからこうしてかわいいカッコしてバスと電車を乗り継いで、駅近の大きな本屋に参考書を探しに来たってワケ。
なんでかわいいカッコしてるのかって?
親にそうしろって言われたから。街へ行くなら、ついでにって。もうそろそろ時期だからって。そーだよ、理由はもちろんカルトだよ。俺の外見が中性的なばっかりに。
ああやだやだ。本当に嫌になる。
でもまあ、俺がやらないと他にお鉢が回っちゃうからね。しょうがないね。女子にこれはキツイでしょ。
最近は治安の悪い地域も増えてるからね。そこへ行けばすぐ終わるから、だいじょうぶだいじょうぶ。
こわくないこわくない。こわくない。
ほら、治安の悪いところを歩けばすぐに声をかけられた。
いいぞ、ツイてる。声をかけられずに引きずりこまれることだってあるからな。声をかけてくる奴相手なら、服が汚れなくて済むし、ケガもしなくてすむ。
怖がってるフリして、人気のないほうへ小走りでかけこめば、ほら追ってきた。あわれだなあ。
ああ、本当に運がいい。人数が多いなんて、一回で済むじゃないか。しばらくこんなことしなくて済むじゃないか。
歯の根を鳴らして、体を震わせている俺を笑って見ているやつらは、よかった、日本人じゃない。いやよくはないけど、でも同じ日本人じゃなければ、少しは罪悪感が薄れそうだ。そうであってくれ。
ああ震えが止まらない。こいつら俺が自分たちより力がなさそうだと思ってるんだろうな。実際そうだろうけどさ。背も低いしさ。かわいいカッコしてるから絶世の美少女に見えてるんだろうさ。にげればいいのに。
まず、一番うしろにいた奴から食われた。いつだって静かに静かに食べる方だから、まず気付かれないんだ。今まで気付いた奴はいなかったもの。残りは三人。
ニヤニヤ笑って近付いてくる奴らは残り二人になったことにやっぱり気付かない。ほら、もう残りはおまえだけになっちゃった。こうなる前に、気付けばよかったのに。にげればよかったのに。
おれにこえなんかかけなきゃよかったのに。
目の前にいた最後の一人が消えて、俺はなんとか息をした。何回やっても慣れない。慣れっこない。
誰もいなくなった小道を抜けて、帰り道を駆け足でたどりながら、俺は自分に言い聞かせる。俺のせいじゃない、俺に害意を抱いたあいつらが悪い。俺はなにもしてない、あいつらを食べたのはあの方だ。
ああいやだ、本当にいやだ。
あの方の腹を満たせば村は五穀豊穣と子孫繁栄が約束される。
だから仕方ない、仕方ないんだ、俺のせいじゃない。だってこうしなきゃ村の中から選ばなくちゃいけなくなる、俺のせいじゃ――
いたい、たぶん引っ張られた、引きずられた、なんで、暗い場所、今日二回目、にげて、だめ、いやだ、たすけて、
『もちろん助けるとも』
あの方の腹は満ち満ちたらしく、家に帰ったら親に労われた。ひと月はもつだろうってさ。
引きずられて汚れた服は洗濯する気も起きなくて焼いて捨てた。
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