第8話 バカ野郎
目の前に現れた謎の魔法の壁と謎の男。突然現れた事に、この場にいる全員が驚きと困惑で動きが固まる。ガーゴイルも謎の男を警戒して襲ってこない。
長髪を束ねて後ろで三つ編みに結われた金髪。ラフな服装の下に隠された、鍛え抜かれた筋肉。左側頭部から首筋に描かれた龍の刺青。そして、彼の手に握られた、魔法の壁を作り出している巨大な斧。
彼はゆっくり振り向き、吠えるように叫ぶ。
「俺のことを信用できねぇだろうが、話は後だ!俺が壁を作る。その隙に魔法使いのガキと白髪の女は撃ち落とせ!下に降りて来たのを俺の盾に隠れながら撃退!いいか!?」
名も知らない彼を信用出来るかどうか。そんな事を考える暇も無く、ガーゴイルはこちらにもう一度攻撃を仕掛けて来ている。
僕とアニーナさんは弓と魔法で撃ち落とし、クミさんとアスは協力しながら斬り殺していく。
さっきよりも動き易い。それも全て金髪の彼のお陰だ。
強固な壁。その存在感と安心感は僕達の動きの幅を爆発的に広げる。彼は斧を地面に突き立て、呪文を詠唱して壁を生み出す。これだけで何体のガーゴイルが襲ってこようが、壁の前には無力だった。
彼のお陰でなんとかガーゴイルを討伐出来た。
僕とアスはその場に座り込み、クミさんとアニーナさんは何やら話し合っている。その2人にはまだ警戒心が消えていない。目の前に現れた男が信用出来るかどうか。その問題は解決していない。咄嗟に助けてくれたが、その代価に何か要求してくるかもしれない。2人は武器から手を離さない。
そんな2人を気にしながらも、金髪の男は僕達に向かって吠え始めた。
「バカ野郎ッ!!!」
『!!??』
その場にいた皆んなが目を丸くする。それもそのはず。見ず知らずの彼に言われた最初の一言は罵声だったのだから。
「ここはガーゴイルの巣だ!天井の割れ目が見えねぇのか!それにガキが来る場所じゃねぇんだよ!死にてぇのか!」
彼の言葉は止まらない。「動きがぎこちない。初心者のくせに」とか、「ここよりもあっちの道のほうが敵が少ない。そんな事も知らねーのか」とか。彼の説教は止まらない。
そんな彼を止めたのは、さっきまで息を潜めていたチャックマンさんだった。
「とりあえずっ!!一旦 迷宮から出ましょう。金髪ちゃんの事も知らないし、私達も出鼻を挫かれて、形成を立て直したい。そうでしょう?」
双方ゆっくりと頷き、出口へと歩き出す。
○ ○ ○
迷宮から出て来た後、僕達はとりあえず酒場へと向かった。
果物の盛り合わせと飲み物が揃った所で、話は本題はと入る。
「それで?金髪ちゃんは一体どこの誰なのかしら?助けてくれた事は感謝しているけど…あなたの立場は今、この果物の盛り合わせのパイナップルとおんなじよ?」
そう言うと、盛り合わせの一番上に盛られたパイナップルの一切れをフォークで刺し、口へと放り込む。
パイナップルは一番上に盛り付けられている為、不安定で今にも崩れそうだ。
金髪の彼は、そんなパイナップルに一瞬視線を移し、チャックマンさんに視線を戻す。
「俺はジン・ダークベル。俺の師匠を追ってダンジョンに潜ったんだ。そしたら、いかにも初心者みたいな動きをしてる奴らが襲われてたから、助けてやったんだ」
「………ダークベルさん。あなたの師匠って言うのは………………」
クミさんは静かに質問する。クミさんの目は彼では無く、魔法の斧に向けられていた。
「ジンでいい。…ああ、そうだよ。一目見てわかったぜクミ・ヴィバール。師匠の言ってた通りだな」
「えぇっと?クミさん?どう言う事ですか?」
僕の質問にジンが答えた。
「俺の師匠の名はボーガス・ダイヤス。元メシア騎士団の戦士だ」
「ええ!?」
クミさん以外の全員は驚きを隠せず、大声をあげてしまう。周りの客から一斉に視線を浴びる。
ボーガス・ダイヤス。兄と同じメシア騎士団の戦士。大陸一の力持ちで特殊な盾を使っていた。
そんな伝説的な戦士が永久のエルダに?疑問が疑問を呼ぶ状態。僕達はさらに混乱する。
「詳しく話して貰えますか?」
「ああ。俺もそのつもりだったしな」
そう言うと、ジンは酒を一口だけ飲み、話し始める。
「俺は戦争で家族を失った。そんな俺を拾って育ててくれたのが師匠だった。12歳で家族を失って、拾われて、そこから師匠と一緒に旅をして来た」
って事は…ジンは17歳か。僕とアスと同じ様に第一次 魔族滅却戦争で大切なものを失っている。
「この街に来た時に、迷宮の変動がパターン化したって聞いた師匠が凄い驚いた反応をしたんだ。「ありえん。何か変わってしまう原因があるはずだ」ってな」
クミさんと同じだ。5年前から変わったらしいけど、僕達もその深刻さを理解できない。
「それで、師匠は俺を残して1人で迷宮に潜ったんだ。俺も反対したけど、危険だって言われてたし…師匠の凄さは俺が一番理解してたからそのまま行かせちまった。でも、1週間…2週間経っても帰ってこない。だから、俺は後を追って潜ったんだ。ここ数日潜り続けたが、手がかりゼロ。そんな時にお前達と出会った…って感じだ」
ジンは口の渇きを潤す様に酒を一気に飲み干す。
彼の人生、そして迷宮への目的が知れた所で、アニーナさんが酒を飲みながらクミさんへと質問をする。
「………さっきの話からして、あなたもメシア騎士団なんですか?」
「え?…ええ、はい。元メシア騎士団の剣士。クミ・ヴィバールです」
「ぶっ!」
アニーナさんは酒を吹き出し、咳き込む。僕はアニーナさんを宥めながら疑問をぶつける。
「名前は知ってたんじゃ?」
「…ゲホッ。クミという名前しか登録されてなかったし、まさかそんなお方だと、僕達が思わないじゃないか!ゲホッゲホッ」
「あら、アニーナちゃんと違って私はわかってたわよ?さっきも咄嗟にどう動くのか見てたけど、あれは本物ね」
ここでチャックマンさんが、なぜガーゴイルに襲われた時に息を潜めていたのかが明らかになった。クミさんの正体を炙り出すための行動だったらしい。
「は〜?君だけ見抜いていたって言うのか!?じゃあなんで僕に教えてくれなかったんだ!」
「気づいてると思って〜。アニーナちゃんの勘の悪さを侮ってたかしら?ごめんなさ〜い」
「クソオカマ野郎が!僕を馬鹿にしやがって!」
酔いもあるのか、アニーナさんが段々ヒートアップして行く。
それをなんとか止めながら、話は移り変わる。
「それで?どうするのよ。私達は目的もバラバラ。迷宮に潜るの?このままおさらば?」
チャックマンさんの言葉に、皆んなが静かになる。自分のすべき事を考えている。
僕達の目的は、ただの修行。アニーナさん達は小遣い稼ぎ。ジンはボーガスさんを探す事。皆んな潜る目的はあっても、バラバラだ。
そんな中、クミさんが口を開く。
「私は……ボーガスを探しに行きたいです。いえ、探しに行くべきです」
クミさんの以外な提案。その理由をこの場にいる全員が知りたがる。
「理由はボーガスと同じです。私も迷宮の変化に違和感があるんです」
「師匠と同じ?」
「ええ。私の知る限り、数百年も変化しなかった迷宮が突然変化するのはおかしい。普通はあり得ません」
「クミちゃん、それは魔王が討伐されたから…」
「いいえ。魔王が生まれる前からあった永久のエルダが、魔王の命と繋がっているはずがない。……迷宮が変化するほどの何か…いや、誰かがいる。そう考えるべきです」
クミさんの表情はどんどん暗くなっていく。
つまり、迷宮は誰かによって変化させられているという事。そんな人物が存在するのかどうかはさておき、そうなるとボーガスさんが危ない事になる。
「し、師匠は?」
「ええ。流石の私も心配です。…私はここにいるメンバーでダンジョンレースに出たいと考えています。ボーガスの事ですから最深部まだ潜っているはず。最深部まで潜るには、レースに参加するのが一番早いと思います」
「え?」
複数の冒険者が一斉に潜る迷宮競走は、確かに最深部まで潜る時には大勢の冒険者が居た方が潜りやすい。
それでも、僕とアスは思わず声を上げる。理由は簡単。実力不足、足手纏いだ。アニーナさん、チャックマンさん、ジンとクミさん。僕達2人との実力差は明らか。
「クミさん、僕達はこの迷宮に修行出来てるんですよね?僕達にはレースに参加できるほどの実力はありません」
アスの言っている事は間違いじゃ無い。僕も半年間修行はしている。でも、それは生き延びれる最低限の実力。アスに関しては護身術程度の剣術のみ。他の冒険者とは雲泥の差だ。
しかし、クミさんはアスの言葉を理解した上で話す。
「レース開始まであと1週間ほどあった筈。その1週間で、あなた達に基礎を叩き込みます。不安なのはわかりますが、私の目的は人探し。レースの最前線で争う冒険者達の一歩後ろを行けば、敵も罠もある程度回避して行けるでしょう」
「冒険者の後ろを行って、僕達はボーガスさんを探す。財宝に夢中になってる奴らに邪魔される心配もないって事か」
アニーナさんは顎に手を当てながら考え込む。
「この場に居る全員が協力すれば、特に難しい訳でもないと思います。……どうですか?」
「私は賛成よ。小遣い稼ぎのつもりだったけど、これだけ面白くなって来たなら、この波に乗らないとっ♡アニーナちゃんはどお?」
「…そうだね。僕も賛成だよ。やらない理由がない」
「俺は言うまでもねぇ。師匠を見つけられればそれで良い」
「ノアとアスは?あなた達には無理を承知で言っています。自分の思った事を話して下さい」
僕とアスは一瞬目を合わせた。
お互いの目には固く決まった覚悟が映し出されていた。
『やります!!』
僕達の揃った返事にクミさんはゆっくりと頷いた。
「それじゃあ今から私達はチーム。何があっても裏切らず、助け合うの。ほら、皆んな飲み物を持って」
「飲み物ですか?」
僕の質問にチャックマンさんは「知らないの?」と聞いてくる。飲み物を酌み交わす事は、結束や団結の意味があるんだとか。仲間を迎える時にするらしい。エデル村でずっと1人だったので、こう言った風習は知らなかった。
「それじゃあ…私達は破れぬ結束を誓い、皆んなの無事と明るい未来を信じて…カンパーイ♡」
初めて人達とこうして近い距離で話し合い、誓い合った。僕は人見知りのはずだが…気づけば、そんなものは忘れていた。
酒場の少し離れた席。ノア達の座る窓側の席とは対照的に、店の奥の薄暗いテーブル席である冒険者達がノア達を見つめている。まるで、狼が獲物の兎を狩るために観察する様に
「おい、アイツらの顔覚えとけ」
「……珍しいね、あんな奴らを気にするなんて。あんなガキがいるグループなんて気にする必要無いでしょ」
長身の男と黒髪の女が、周りにかからない様に静かに話す。
長身の男は何杯目かも分からない酒をグッと一気に飲み干す。
「アイツぁ化けるぜ?俺の鋭い勘だ。……鋭い俺の勘♪ 撃っちまう俺のgun♪ 風穴開けるBANBANBAN♪」
「また変な歌作らないで。あと、歌わないで」
「るせぇっ。これは俺の生命活動だ!ラップがmylife!とにかく、アイツらを見とけ。………いつでも殺せる様にな」
競走は既に始まっている。獲物を狩る狼の存在を知らぬまま、ノア達は迷宮競走の準備を始める。