第39話 夢廻り〜ワカラナイ〜
見たことのある船内。覚えのある起こされ方。
クミさんは僕の顔色を見るや否や心配そうに声をかけてくれる。
まただ。また僕は悪夢を……いや、最悪の現実を繰り返している。
汗ばんだ体、鮮明に残る死ぬ前の激痛。頭の中ではずっと混乱と絶望感が渦巻いている。
上がった息を落ち着かせると、ようやく僕はクミさんの心配する声に応える。
○ ○ ○
その日は…僕が1回目に経験した仙船と同じ過ごし方。
夕源さんの元へ挨拶に行き、病院へ行く、その後繁華街へ向かう。
僕はまた同じ日を、まるで初めて経験したかのように演じて過ごす。
皆んなの繁華街を楽しむ姿を見ていると、余計にあの悲惨な光景を思い出し、吐き気がする。
屋台からする食べ物の匂い、綺麗に装飾された街並み。それが、血臭と焦げ臭に変わり、黒く焼けた瓦礫の山へと変わると考えると自然と足がすくむ。
怖い。また皆んなを失うことが怖い。
ぼーっと考えていると、香薬に突然腕を掴まれる。
「うわっ!?」
「ちょっと!ノア、ちゃんと前見て歩かないと」
「え?ああ、ごめん」
全く周りへ目を向けていなかった。辺りは人が大勢集まっていて、気付かぬうちに人の波に飲まれそうになる。
少し先から劇、『廻夢龍譚』がら聞こえてくる。
そうだ。この時間は一回目では劇を見ていた。
あの物語が本物なのか……。
「ノア?あの劇が気になるの?」
「お?なんだありゃ?」
「ずいぶん盛り上がっているね。せっかくだし観ていこう」
僕の視線に気づいたのか、香薬、ジンが目の前で行われている劇に興味を示し、アニーナの提案で劇を観ることにした。
僕はもう一度内容を確認する意味でも集中して物語を聞き、演者の動きを観察する。
しかし、特に得られるものは無く劇が終わり、人がまばらに散り始める。
ここまで何も変わってない。
このままじゃ、またアスが……。
「明日もみんなで屋台を回らない?」
「お!いいぜ〜今日だけじゃ回りきれないからな!」
「そうだね。僕も気になる店が何軒かあるし」
「じゃあジンとアニーナは別行動ね?ノアくん!明日一緒にいこ〜」
香薬の提案に全員が賛成する。ジン、アニーナ、香薬はそれぞれ行きたい場所を言っていく。その顔はまさに幸せそのもの。
都市セティヌスでは戦闘に巻き込まれていた為、こう言った何も考えることなく楽しむのが楽しい。
だから、僕が護らなきゃいけない。
○ ○ ○
1日目の夜。
辺りは寝静まり、月明かりが照らす深夜。
僕は結朝さんの病院へ忍び込んだ。
物音ひとつ聞こえない院内を、息を殺して廊下を這うようにして進む。
アスの魔物化は魔染病によるもの。
魔染病の発症は、魔物の血か魔力を体に大量に浴びることで起きる。
脳内では、森の中で出会ったトヒーイさんのことを思い出す。彼の息子も魔染病の犠牲者だ。
アスの魔物化の仕方はトヒーイさんの息子ロティさんの変化と似ていた。
確か、2回目の現実で白髪の青年と出会う前。アスには確か輸血がされていた。
あの血が…魔物の血だったら。
僕はその可能性を信じてアスの病室を目指す。
病室の扉をそーっと開けて侵入する。
中は真っ暗で、微かに窓から月明かりが差し込む程度の光だった。
アスのベットの横、管に繋がれた輸血パックが微かに月明かりに照らされている。
結朝さん、ごめんなさい!
僕は輸血パックを外す。管から血が滴り落ち、床を赤く染める。
この血さえ無ければ、きっとアスは魔物化しないはず!
僕はそう願い、そっとその場を立ち去ろうとする。
しかし、背後からの鋭い殺気でその足は止めることになる。
結朝さんではない。何人も人を殺して、それをなんとも思っていない、そんな人間ならざる者の鋭く、悪魔のような殺気。
僕が振り返るより前に、さっきの正体は僕に声をかける。
「クッククク。まさかこれ程早くバレてしまうとは。まぁどのみち君は邪魔になりますし…」
ぼそっと言い残すと、体に違和感が走る。暗闇の中で僕は何が起こってるのか理解できない。
ひとつ理解出来たことは、僕の違和感は鋭い痛みへと変わり、同時に生暖かい感覚が腹部から広がっていることだった。
手で腹部に触れると、温かくぬるっとした感触が伝わる。
血だ。
理解する頃には自力で立つことすらままならない。そのまま床に倒れ込む。
「すまないね、こちらとしても遊ぶ時間が無くてね。まぁ今回は君よりもこの子に興味があるから…」
その声は意識が遠のく僕の耳にしっかりとこびりついた。
「おやすみ…勇者の後釜くん」
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○
○
肩を揺すぶられて僕は目を覚ます。
また同じ景色。
僕は普通を演じてクミさんの心配を解く。外面は普通を演じつつも、内心は更に混乱を極めていた。
さっきのは誰だ?顔を見る前に殺されてしまった。白髪の青年…じゃない、声が違った。なら、僕は誰に殺されたんだ…?わからない、情報が少な過ぎる。
でも、わかったこともある。アスに輸血されている血。あれは、魔物の血だ。じゃなきゃ、僕は殺されてない。
あの血を仕掛けたのは僕を殺した謎の人。なら、その人がおそらく犯人。
今度は杖…いや、剣を持っていけば……!!!
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○
○
肩を揺すぶられて僕は目を覚ます。
……………。
何も出来なかった。
そのまま夜まで過ごし、病院へ忍び込み、輸血を止めて待っていたんだ。
病室の中で剣を握り締め、その時を待っていた。油断していたわけでもなく、特殊な魔法を使われたわけでもなさそうだ。
正面から立ち向かい、相手の顔を見ることすら叶わず殺された……。
あまりに一瞬の事で理解が追いつかない。
「ノア?大丈夫ですか?」
「……はい!大丈夫です。ちょっと気持ち悪くなっちゃって」
「あら?申し訳ありません!我々の運航が荒かったでしょうか?」
僕の発言に、近くで見ていた海蘭さんがいらぬ誤解を招いてしまった。
僕は慌ててそれを否定する。
「あ、そんな事なかったです!ちょっと…そう!思ったより高かったので!怖くなっちゃって!」
「そうでしたか。少し休憩なさって行きますか?」
海蘭さんの提案を受け入れ、僕は少しだけ休むことにした。その間に僕はぐちゃぐちゃの頭を整理する。
その後、夕源さんの挨拶を終えて、僕達は病院の後は繁華街を回るのではなく、宿屋へ向かった。
宿屋は相変わらず豪華だ。僕はそのふかふかのベットへ体を預ける。そのまま、これから何をすべきなのか、改めて考えをまとめる。
「あれは……誰なんだ?と言うより、なぜアスを……」
見えない謎の人物。圧倒的実力の持ち主で、アスを何故か魔染病にかからせようとしている。
あいつには敵わない。倒すなら、クミさん達…夕源さんにも協力してもらいたい。
でも、それをどう伝える?僕が現実を何度も繰り返してると伝える?信じて貰えるのか?
僕は何度も考え、あーでもないこーでもない、と1人ぶつぶつと呟く声が一人部屋に響く。
その時、扉からノック音が聞こえてくる。寝そべっていた体を起こし、僕は扉に向かって返事を返す。
「ノア?皆んなで街を回るんだけど、体調は大丈夫そう?」
「うん。すぐ準備するよ」
僕はそう伝えてから準備に取り掛かる。
そして、多少の不安と決心を心にしまい込んで繁華街へと向かう。
○ ○ ○
繁華街を巡った日の夜。僕とクミさんはアスの病室へと来ていた。
繁華街を歩いている時に、夜にお見舞いに行こう、とクミさんを誘ったのだ。
正直に繰り返していることを話すと混乱させてしまうと思い、あくまでお見舞いという形でクミさんを連れて来た。
夜は危ないと言う理由で、結構無理やり剣も持って来ている。
更に、夕源さんにも海蘭さんを通じて、それとなくアスの護衛をして欲しいと頼んだ。
これで即死は無い。なんなら謎の人物を倒せるかも。
そう確信していると、扉を叩く音が聞こえる。夕源さんの護衛の人か………謎の人物か。
「はーい、今出まーー」
「クミさん、僕が出ます」
扉に近づくクミさんを呼び止め、僕は剣を片手に慎重に扉を開ける。
扉の先にはーー
「え?なんで…」
グサッ
僕は白髪から視線を下へ落とすと、お腹に刺さる剣が目に入る。
「え?な…にが……」
理解するより先に剣が抜かれ、腹部から大量の血が溢れ落ちる。
「ノア!!貴様は!?な、何故こんなことを!!!」
「あなた方が…あの"大罪の一族"の使いだったんですね。クミ様…お覚悟を!」
僕がハッキリ聞き取れたのはそこまでだった。それ以外は意識が遠のき、考えることができなくなっていた。
腹部に感じる鋭い痛みが消えていくように、僕の意識も消えていった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○
○
肩を揺すぶられ僕は目を覚ます。
「ノア?起きてください。来たがっていた仙船……ノア?ノア!?」
なんで。
なんでなんで。
なんでなんでなんでなんでなんで。
謎の人物じゃない。白髪の青年だった。なんで。
何度やってもダメ。何をしても誰に頼んでもいくらやっても。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
わからないわからないわからないわからないわからない。
わからない わからない
わからない わからない
わからない
わからない
わからない
わからない わ
か
わ ない
か わから
ら ない わ
な か
い ら ない
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ
………
……
…
もう
死にたくない。




