第35話 新天地 仙船へ
都市セティヌスを出発して2日。僕達は、アマルダ海沿岸の砂浜へと来ていた。クミさんの話では、合言葉のような呪文を口にする事で、使者が迎えに来るのだとか。
少し離れた場所でクミさんが呪文を唱えはじめる。それを見守りながら僕達は野営の準備を始めた。
「ボーガスさんとクミさんは仙船に行ったことがあるだろ?どんな所なんだい?」
アニーナさんはテントを固定するペグを打ち込みながら反対側にいるボーガスさんに語りかける。
「そーじゃの…ワシらが行った時は、魔王討伐の協力を仰いだ時じゃったかの。街は発展していてここが船だと言うことを忘れるほどじゃ。仙人の他に狐族なんかの多種族も混じっておったな」
「へ〜獣人もいるのかい?」
「それだけじゃありませんよ。世界に三種存在する龍の末裔である龍族も居ますよ」
詠唱を終えたクミさんが話はと合流する。仙船には複数の種族が住んでいるらしい。
他の種族が同じ場所で暮らすことは基本的には無い。種族間での争いが起きやすいからだ。大抵はそれぞれの領土があり、そこで暮らしている。外交こそあれど、同じ場所で共に暮らす事は珍しい。
「ああ、魔物に村を襲われ、行く宛の無い種族を保護しておったな。それだけ仙人達は余裕があると言うことじゃ」
仙人は思っていたよりも親しみやすいのかもしれない。アスを治してもらうのも、意外とすんなり受け入れてくれるかも。
僕の中で少しばかり雲が晴れるような安心感に包まれた。
テントを建て終わり、野営の準備があらかた終わったその時。
「ん?今、何か聞こえませんでした?」
「どうしたの?ノアくん」
「香薬も聞こえたかった?悲鳴みたいな…」
耳を澄まし、森の方へ集中力を注ぐ。微かに音が聞こえる。それは徐々に大きくなり、近づいてくる。そして、はっきりと聞こえた。
「誰か!助けてくれ〜!!」
「っ!皆んな!」
僕達は武器を取り、森へと飛び込む。
声を頼りに林を抜けると、少し開けた場所で魔物に襲われている人を見つけた。
僕達を遥かに上回る大きさの大蛇。ぎょろりとした目に黒く固そうな鱗。その巨体を唸らせ、今にも旅人らしき人に噛みつこうとしていた。
「アニーナ!サポートを!」
「了解!ノア!」
アニーナの矢が大蛇に向かって放たれる。しかし、その固い鱗に弾かれてしまう。
アニーナの矢に反応し、僕達の存在に気がついた大蛇は、こちらに突進を始める。ボーガスさんとジンが盾と斧を構え、魔法の壁「天壁不動」を展開する。
それに続き、香薬が剣を抜いて切り掛かる。そして、それよりも速くクミさんが技を出そうと高く飛び上がっていた。
たが、その場の誰よりも速く動き、大蛇を一刀両断していたのは、ノアだった。
「擬似白夜流!雷光一閃!」
雷のような光が辺りを包み込んだかと思えば、激しい轟音と共に大蛇は両断されていた。
その一瞬の出来事に、クミ達は目を奪われていた。技そのものにも驚いていたが、ノアの成長に一番驚きを感じていた。「銀世界のシルヴァト」との戦いよりも確実に強くなっている。
セティヌスでの半年間にヴァロニスに剣を習っていたこともあり、ノアの剣術は、団級から軍級へと向上していた。
「ノア…お前また強くなったな」
「え?そうかな?」
ジンの言葉に僕以外の全員が頷く。自分が強くなっただと言う事実が嬉しくもあり、なんだか少し恥ずかしい。
「それに背も伸びたんじゃないか?僕よりも小さくなかったかい?」
「そうかな?あ、でもアニーナより少し大きいかも」
アニーナさんが僕の頭に手を置き、自分の身長と比べている。確かに目線が少し高くなったような。
「まぁノアは成長期ですからね」
「そうじゃの…子供の成長はあっという間じゃからの…」
そんな話をしていると、旅人が目を覚ました。
「助けていただきありがとうございます!本当に危ない所でした!是非お名前を…!」
「えぇっと……僕はノア・ファトリィブです」
「え?あなた様が?」
「え?」
○ ○ ○
旅人だと思っていた人は、手紙を配達する郵便局の人だった。
兄からの手紙はエデル村にある僕の家へと届いていた。しかし、僕は旅に出ていたので、僕を探してここまで届けに来てくれたと言う事だった。
僕もあれから一年経ったことをすっかり忘れていた。この一年で「銀世界のシルヴァト」を討伐し、最悪の罪人「洗脳」を倒した。濃すぎる日々ですっかり自分が誕生日だったのを忘れていたのだ。
手紙を受け取り、郵便局の人を見送った後、僕は早速手紙の封を開ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ノアへ
お誕生日おめでとう。
もし、去年の手紙を見て、本当に旅に出てくれているのなら。俺はお前に感謝したい。こんな兄の為に辛い思いをさせたと思う。すまない。
でも、悪い事だけじゃ無いと思う。
お前には仲間も出来たんじゃないか?少なくともクミがついてるからな。他にも頼りなる奴はいる。
俺の我儘だとはわかってる。それでも…お前に頼みたい。頼む。
最後に。もし、旅の途中で仙船に行く事になっても絶対に行くな。
恐らく、今の仙船は危険だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
改めて兄の優しさに触れると同時に、全員が最後の一行に驚き、不安を募らせる。
「今の仙船は危険だ。」これがどう言う意味なのか。
今まさに行こうとしているこのタイミングで?あまりに出来すぎているような…。
「なぁ…?そもそもこの手紙は本当にお前の兄さん…勇者のマリス・ゴールドが書いたものなのか?」
一番最初に疑問に触れたのは、ジンだった。それは、全員が感じた違和感であり疑問。
「はい。前の手紙も同じ字でした。間違い無いです。これは兄の書いた手紙です」
「そうか…なら……」
ジンは一度唾を飲み込んでから話し始める。違和感の核心をつく話題へと。
「じゃあ、なんで死んだ筈の勇者マリスはこんなことが書けるんだ?まるで未来を見ているとしか思えない」
そう。
まるで今一緒に旅をしているかのような書き方だ。未来を見ているとしか思えない。
前の手紙もそうだった。何故こんな事にも気が付かなかったのか。
どうして、兄は戦後のクミさんの居場所を正確に知っていたのか。自分が死んだ後の事などわかるはずがない。現に、クミさんはボーガスさんや他の元メシア騎士団の居場所を知らなかった。
当然だ。知るはずがない。なんでこんな事が可能なのか…。
そもそも、本当に兄は……死んでいるのか。
「確かに…私達も彼の力の全貌を知りませんよね?」
「そうじゃのぉ…。本気を出すような相手は居なかったし、出したとすれば魔王じゃろうが…ワシらはみておらん。まさか…未来が見えていたのか…?」
考えれば考えるほどわからなくなる。
去年の手紙から、ただの誕生日を祝う手紙ではなくなっている。なにか、もっと奥深くに別の思惑があるかのような…。そんな違和感を感じる。
でも、これだけは確かだ。
「でも、どれだけ危険だとしても、アスを治す為には仙船へ行かなきゃ。手紙よりも僕は今居るアスの目を覚まさせたい」
僕の言葉に全員が頷いてくれた。目的は同じなようだ。どれだけ危険だと言われようと、兄の言葉であってもこれは変えられない。
たとえ、この決断が間違っていたとしても。
○ ○ ○
…………ノア。
止めてもお前は行くんだな。それもお前の選択だ。
でも、気をつけろよ。仙船は危険だ。何度も危機が訪れ、そして止まる。それを忘れるな。
俺はお前の中にいる。ずっと見ているからな
○ ○ ○
僕はさざなみの音で目が覚める。
一定のリズムで訪れる波の音が心を自然と落ち着かせる。
皆んなはまだ寝ている。僕は、起こさないようにそーっとテントを出る。
テントを出ると、上がりたての朝日と白い砂浜。そして、景色を見つめているクミさんが朝日に包まれている。
「おはようございます」
「ああ、ノア。おはよう」
クミさんの白い髪は潮風になびき、2人を撫でるように吹き抜ける。何も話さず、ただ目の前の景色を楽しむ。
ふと、思い出したかのように昨夜見た兄の夢を話す。
話を聞いたクミさんは、少し考え込み昔のことを話し始める。
「彼は、旅をした当初から間違いを起こしませんでした。如何なる選択が訪れようとも、必ず正しい選択をしていた。今にして思えば、それも何かの魔法だったのかもしれません」
「魔法?」
「ええ、今回の手紙のように何かしらの方法で未来を知り、対策していたのかもしれません。まぁ…あくまで想像ですけどね。どちらにせよ、彼はずっと君のことを案じていたんじゃないですか?」
その言葉を聞いて少し安心した。
そうだ。兄はずっと僕の為を思ってくれている。そこは変わらないのだ。
「そうですね。それに、何があってもみんな居ますしね!」
「…ふふっ。そうですね」
緊張の糸が切れたように2人で笑い合う。
そろそろ皆んなが起きる頃だ。テントに戻ろうとしたその時。
辺りが静まりかえる。風も、波の音も無い。
2人が警戒した瞬間。自分達が既に背後を取られている事に気がつく。
『!?』
クミさんと僕はその存在に気がつくと、振り返ると同時に瞬時に距離を取る。
そこに立っていたのは、海の上に立つ女性。
青い髪から生えた角と見慣れない服。その背後には豪華な舟が宙に停泊している。
その女性は僕達に一礼し、口を開く。
「お迎えに上がりました。クミ様」
朝日と共に現れた彼女は、辺りを異様な雰囲気へと変化させる。不思議と波の音は聞こえず、風も凪いでいる。
彼女がお辞儀をして初めてクミさんは警戒を解いた。
彼女こそが、クミさんが詠唱して呼び出した仙船へと導く使者なのだろう。
見た目は人間だが、青髪からは2本の角が生えており、雰囲気と言うか…魔力とは違う"何か"が感じ取れる。
「そうですか。あなたが…」
「はい。クミ様のお呼び出しでお迎えに上がりました。仙船大千郷の空游旅団団長をしております雲・海蘭と申します」
彼女…海蘭さんは、仙船から僕達を迎えに来た使者らしい。
僕とクミさんはテントへ戻り、皆んなを起こした後準備を始める。
○ ○ ○
「うぉ〜!!本当に浮いてるぞ!?」
「これが仙人の力…?本で読んだけど、僕も初めて見たよ…」
ジンとアニーナは宙に浮かぶ舟に驚きっぱなしだ。
それもそうだろう。本来、仙船は半分伝説のような存在であり、仙人や仙船の姿を見るの事ができるのは限られた人間のみ。ましてや、乗船出来る人間はほぼ居ないだろう。
「では、この空舟にお乗りください」
海蘭さんは舟へと僕達を招き入れる。背後のあれは空舟と言うらしい。
中は、まさに豪華絢爛。細部まで作り込まれた装飾や、見るからに柔らかそうな椅子。ふかふかの大きなベッドまである。馬車よりも過ごしやすそうだ。
馬車や必要のなさそうな荷物は置いて行き、アスをベッドへ寝かせた後、僕達は仙船への出発する準備を終える。
「それでは皆様。我らの郷、仙船大千郷へとお連れ致します。ご準備はよろしいですか?」
「ええ。お願いします」
海蘭さんは運転手らしき人へ指で指示を出す。すると、静かに舟は動き出し、徐々に地上から遠ざかって行く。やがて、僕達が乗ってきた馬車は見えなくなり、広大な海とすぐ横にある雲が目の前に広がる。
遙か上空を飛んでいる現実に、不思議な感覚を覚える。
「皆様。この度は仙船に来てくださり、ありがとうございます。それで、簡単にですが今回仙船へ乗船する目的をお聞かせ頂けないでしょうか?」
恐らく、こんな簡単に仙船に行く事ができるのは、クミさんやボーガスさんが居るからだろう。
一度訪れた事がある人。更にそれが元メシア騎士団の2人とあれば、警戒されることなく乗船出来ると言うわけだ。
「ええ、では私が。今回仙船へ訪れたのは…」
クミさんは今回の目的を話す。アスの治療の為に訪れた事。治療に力を貸してほしい事。
クミさんの話を聞いた海蘭さんは少し考えた後、笑顔で話し始める。
「私は以前、クミ様とボーガス様が仙船へ訪れた際に、一度見かけた事がございます。当時、仙船は魔王の配下の襲撃を受けていました。それを守ってくださったのはお二方です。私の立場では、即決する事ができません。しかし、船長へと掛け合ってみましょう。最大限の協力をお約束します」
そう言うと、深く頭を下げる。
こう言う場面を見ると、改めて2人が世界的な英雄であることを再認識させられる。
その後は、海蘭さんのおもてなしを堪能し快適な空の旅を過ごした。
○ ○ ○
雲を突き抜けた瞬間、僕達の目の前に現れたのは宙を泳ぐ巨大な船だった。
巨大な船と言ってもその全長は測る事ができず、ただただ大きい船の側面と、甲板…というか、そこには街が広がっていた。僕が知る限り一番栄えた街。
華やかな見た目に、高く伸びた建物の数々。まさに国が空を飛んでいるようだ。
「す、凄い…!これが……!」
「ええ、仙船大千郷ですよ」
本で読んだけどここまでとは。僕は自然と心が踊った。
その筈なのに。
僕は驚き疲れたのか、急に睡魔が襲ってきた。瞼が重さを増して行く。
どうせすぐ着くんだ。ほんのちょっとだけ寝よう……かな………。
ここから僕の長い終わりは始まった。




