第33話 同じ歩幅で
僕とナバロウさん、クミさんとヴァロニスさんはエルアナさんの部屋の前へとやって来た。ナバロウさんがドアを何回かノックして声をかける。
「エルアナよ…。部屋に入ってもよいか?」
返事はない。ドアノブを捻り、部屋に入る。
「……」
部屋の中は散らかっており、カーテンすら開いていない。薄暗い部屋の真ん中のベットに、寝たきりのエルアナさんが空虚に天井を見つめていた。
エルアナさんは一命は取り留めたものの、両脚とその自信を失ってしまった。一週間経った今でもまともに会話すら成り立たない。
当然と言えば当然だろう。誇り高い剣士だったエルアナさんは、もう敵に立ち向かうどころかまともに立つことすら叶わない。
何度か話しかけたが、なんの反応もない。僕達は何も出来ず部屋から出て行った。
○ ○ ○
僕達はエルアナさんの状況について話し合う。彼女の傷は深い。僕達に何かできる事はないのか…。
「エルアナさんは…どうすればいいのでしょうか」
「私達に出来ることは少ないでしょう。ナバロウさん達はともかく、ノアや私達には…」
クミさんの言う事は正しい。部外者が出来ることは少ない。しかし、それでも何か力になりたいと言う気持ちの方が大きい。
やはり……この状況を打開できるのは……。
○ ○ ○
エルアナさんに唯一話が出来そうな相手。思いつく限り1人しかいない。
「なるほど…そこで私が…」
「はい。ヒルマさんならエルアナさんも反応するんじゃないかなって」
ヒルマさんは復旧作業の合間を縫って僕の話を応じてくれた。家柄もあってナバロウさんに変わって都市をまとめる立場にあるのだと言う。謂わゆる出世だ。
「彼女がそんな状態だったなんて…。わかりました!今すぐ会いに行きましょう!」
「ありがとうございます!ヒルマさんの"愛する人"ですもんね!」
「〜///!やめてくれないか…」
ヒルマさんの顔は赤くなり、照れながら頬を人差し指で掻いている。反応が面白く、そのままいじっていたら怒られた。
そうだった。僕、年下なんだ。
○ ○ ○
ヒルマさんはエルアナさんの部屋の前へやってくると、一呼吸置いてドアをノックする。もちろん、返事はない。もう一度ドアを叩き、声をかける。
「エルアナさん…私です。ヒルマです。…その…入っても良いですか?」
「………なんのようですか?」
「っ!?エルアナさん!あなたとお話がしたいんです!入っても良いですか!?」
ヒルマさんは壁に両手をつき、その先にいる彼女へ言葉以上のものを伝えようとする。
「………どうぞお好きに」
「………。では、入ります」
ヒルマさんがドアノブを捻り、部屋へと踏み込む。前と変わらず散らかった部屋、締め切られたカーテン。強いて変わっていた点は、エルアナさんが毛布を頭から被って顔を隠していることだった。
「エルアナさん…」
「なんのようですか?………私になど興味はないでしょう?」
「そんな訳がありません。来るのが遅くなってしまいましたが、お見舞いもかねてご挨拶に来ました。遅くなって申し訳ないです」
「……いえ、大丈夫ですよ。お忙しいですものね、ヒルマさんは。私と違い皆さんに慕われていますし」
言葉の節々から感じられるエルアナさんの嫌味な感じは、八つ当たりのように感じられた。ヒルマさんは態度を変えず話しかけ続ける。
「……改めて言います。エルアナ・カモミールさん私はあなたが好きです。もう一度私と結婚してくれませんか?」
「…………この私に…」
「え?」
「この私に!何ができると言うんですか!!!」
突然毛布を払い除け、飛び上がったかと思えば、声を荒あげ、険しい表情でヒルマさんを罵倒し始めた。全員が驚くなか、ヒルマさんは黙ってその尖った言葉を受け止める。
「あなたに何がわかるんです!?剣士としての道を絶たれ!戦場を駆けるどころか、普段の生活すら!立つことすら出来ない!こんな芋虫同然の私と結婚?同情なんていらないんです!!はぁ…はぁ…私は!!………あなたと共に歩くことすら…………」
その顔は怒りから、涙へと変わっていた。
ヒルマさんは、彼女の言葉を全て受け止めた後、ゆっくりと歩み寄り、ベットの横で膝をつく。エルアナさんの左手を取り、事前に用意していたのであろう指輪を目の前に差し出す。
「エルアナさん。私は怒っています。私は、同情で結婚を申し込む男ではありません。確かにあなたは歩けない。なら、私が足になります。何処にでも連れて行くことを約束します。あなたが泣くなら私も泣きます。あなたが笑えば私も笑います。共に同じ時間を歩いてくれませんか?」
ぽつり。
毛布の上に滴が落ち、滴は染み込んでその部分だけ色が変わる。
エルアナさんは泣きながら左手を差し出し、ヒルマさんが薬指に指輪をはめる。
「……こんなっ……私と…結婚してくださいますか?」
「はい。勿論です」
2人は静かに抱き合う。カーテンの隙間から光が差し込み、2人のことを優しく照らしていた。
○ ○ ○
エルアナさんはようやく本来の自分を取り戻し、元気を取り戻した。僕はヒルマさんを部屋へ残して一階のダイニングに来ていた。クミさん達と仙船への旅の日程を決めようとしたのだが………。
「え?当分はメルヴィル街道が使えない?」
旅立つのはまだまだ先らしい。
「ええ。星座の夜鯨の死体が横たわっていますし、ヴァロニスさんの一撃で大地がめちゃくちゃなので進めないんですよ」
ちらっとヴァロニスさんの方を見ると、さりげなーく目を逸らしている。まるで「やりすぎました」とでも言いたげな顔をしている。
「あ、な、た?皆さんにご迷惑をお掛けしたの?」
「い、いや〜そう言うわけじゃ………」
隣にいたリュウさんがヴァロニスさんを詰めはじめる。当時の姿のままのリュウさんに詰められる年老いたヴァロニスさんの2人の姿はなんとも不思議な光景だ。あの「剣極」とまで言われた剣豪も、奥さんには敵わないらしい。
「ウチのヴァロちゃんがすみません!」
「お、おい!」
『ヴァロちゃん?』
全員の声が揃い、顔を見合わせ笑う。こんな幸せな時間が訪れるなんて思っても見なかった。
「ゴホン!話を戻すが!夜鯨の死体が完全に消えるまでには時間がかかる。その間どうする?」
「どうすると言われましても…メルヴィル街道を通らなきゃ仙船には行けませんからね。大人しくここに止まりますよ」
クミさんは全員を代表して意見をまとめる。アスを治すのはだいぶ先になってしまいそうだ。だけど、焦っても仕方ない。僕は僕にしか出来ない事をするんだ。
○ ○ ○
「洗脳」の襲撃事件から半年が過ぎた。長いようであっという間の日々が過ぎ、僕達は今…。
「ヒルマさん!エルアナさん!ご結婚おめでとうございまーす!」
ヒルマさんとエルアナさんの結婚式へと来ていた。
あれから2人は正式に婚約し、僕達にも祝って欲しいと言う事で豪華絢爛な結婚式へと招待されたのだった。
車椅子に乗った姿ではあるが、エルアナさんはウェディングドレスに身を包み、とても綺麗だ。誓いのキスの場面では、ヒルマさんが跪き、エルアナさんに誓いのキスをするところで、ナバロウさんが大泣きしていた。正直うるさかった…。
披露宴での新郎新婦入場。ドアが開き、ヒルマさんに押されながらエルアナさんは満遍の笑みで入場する。
突然、ヒルマさんは車椅子を押す手を止め、エルアナさんをお嬢様抱っこして会場を歩き始めた。
「ちょ!?な、なにしてるんですか!!??」
「言ったでしょ?君の足になるって。同じ歩幅で歩んでいこう」
「もう…………………ばかっ」
黄色い歓声の中、彼女の薬指にはめられた指輪よりも輝く、彼女の笑顔がそこにはあった。




