第31話 貴方へ送る言葉「愛してる」
ノア達が都市セティヌスに向かった頃。切り株の上では星座の夜鯨とクミ達が未だに激しい攻防を繰り広げていた。
「刀神流 王殺し!」
「水仙流 帝虎瀑布!」
2人の斬撃が夜鯨に向かって放たれる。しかし、その斬撃が巨体を切り裂く前に夜鯨は地面へと潜って回避する。
どれだけ攻撃しても、潜られては回復されてしまう。切り株の上では救助も望まない。逃げ場もない。厳しい状態が続いていた。
「このままじゃ勝ち目はありません。ある程度ダメージを与えても回復されます」
「つまり、一撃で仕留めること…が奴を沈める方法と言う訳だな」
ヴァロニスはそう言うと、剣を鞘へと納め構えをとる。
「私が最大火力の一撃を放つ。ただし、時間がかかるのと、私も老いた。確実に仕留められるかはわかりません」
「いや、それに賭けよう。ワシらじゃどの道奴を仕留められん。全力で護り切るからヴァロニス殿!頼むぞ!」
「ええ…!」
ヴァロニスを中心として全員が囲うように構える。どの方向から来ても対処出来るよう、全員が集中する。
静寂の中、凪のように水面が静まる。
次の瞬間。鳴き声と共に背後から夜鯨が飛び出す。
深淵のような口と鋭い牙は真っ直ぐ切り株の上に向かって落ちてくる。
「天壁不動!」
「刀神流 絶空」
夜鯨の噛みつきをボーナスの盾で防ぎ、その隙に高く飛び上がったクミは、高速の剣舞を放ち、星空のような肌を斬りつける。
「全員私の直線上から去れ!」
クミの斬撃さえも早くも回復し始めていた夜鯨は、巨体を唸らせ、地面へと潜ろうとしている。
その瞬間を剣極は逃さない。夜鯨もとてつもない殺気を感じ、噛みつこうと突進を始める。
「鯨よ…。これで鎮まれ!」
鞘から抜かれた剣は紅く禍々しいオーラを放つ。全員がその刀身を見るや否や、背筋が凍るような緊張感を感じとる。
すぐそこまで夜鯨の牙が迫ったその瞬間。振り上げられた紅き剣は音もなく振り落とされる。
「刀神流 神殺し(かみごろし)」
○ ○ ○
「本当に恐ろしいですね…。あの人あれで本当に老いてるんですかね?」
「さぁの…。ただ、ワシはあれを超える剣士を見た事がない」
クミとボーガスは切り株から変わり果てた地面を見下ろす。真っ直ぐに斬られた地面と縦に半分にされた鯨の死体。
ヴァロニスの放った一撃は、地面も鯨も全てを斬り裂いた。
刀神流の奥義「神殺し」。使える人間は世界に片手で数えられる程しかいない。剣を極めた者の本気をクミとボーガスはまじまじと感じ取っていた。
○ ○ ○
ヴァロニスは夜鯨を斬った後、すぐさま街へと向かった。
ナバロウとグリクス。エルアナとノアが心配が地面をより強く蹴る。………いや、理由は他にもある。こんな状況でも自分が走る理由はただ1人のため。
街が見え始めた所で、教会から爆発音が聞こえる。その音を頼りにヴァロニスは、周りの景色が認識出来ないほどのスピードで駆け抜けた。
教会の大聖堂。扉を蹴破り中に入ると中では2人の剣士が激しい剣技が繰り広げられていた。
1人は、中央帝国最強の剣士ステラデス・アンストース。もう1人は、先代中央帝国最強の剣士リュウ・アンストース。
2人の剣は高速でぶつかり合う。大聖堂の壁や床につけられた斬撃の跡がその激しさを物語る。崩れた落ちた天井の穴から月光が射し、2人の刀身を輝かせる。
「リュウ!!ステラデス!やめてくれ!」
「!?叔父様…!何故ここにッ」
ステラデスが一瞬気を取られた隙に、喉元を狙った正確な剣が彼の首を落とさんと振り抜かれる。それをヴァロニスが2人の間を割って入るように乱入して止める。
「ぐっ…!」
想像以上の斬撃に、ヴァロニスは吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられる。
「叔父様!ここは私にお任せを!」
「待ってくれ!リュウは…私の…」
ヴァロニスが喉まで出かけた言葉を渋る。今、漏れかけた言葉は、目の前の現実から目を逸らした言葉だ。受け入れ難い現実。剣士として。婚約者として、これからしなきゃいけない現実に背を向けたヴァロニスは自己嫌悪と罪悪感に襲われる。
その時、大聖堂の扉から鋭い殺気をその場の全員が感じとる。
「何をしているステラデス。リュウ・アンストースを斬れ」
「…!?クレアデス!待ってくれ!私が…!」
「……。かつて剣極の名をもらった剣士とは思えんな。貴様が剣を振るえなければ、何が残るのだ?軟弱千万とはこのことか……。もうよい。誰も手出しすら出ないぞ。私がやる」
クレアデスは腰から鋭く、鈍く輝く剣を抜く。殺気にその場が包まれ、息が凍るような重圧がのしかかる。
操られたリュウの剣は常に強者へと向く。
「リュウ!」
その叫び声は虚しくも2人には届かない。
2人は姿を消したかと思えば、激しくぶつかり合う。その衝撃が建物全体を揺らし、地面はひび割れる。大聖堂には剣が空気を切る音と、技がぶつかり合う衝突音が響き渡る。
「刀神流 破突」
クレアデスの放つ突き技が地面、壁諸共突き破り、直線上の全てのものを消し飛ばす。間一髪で交わしたリュウは空中で技を繰り出そうとする。
しかし、クレアデスはそれを待っていたかのように次の攻撃を空中へ放つ。
「さらば……。刀神流 絶空!」
リュウ諸共、周囲を一瞬で粉微塵にする。
土煙が立ち込め、クレアデスは静かに剣を納める。
「ステラデス。周囲の操り人形は私に任せろ。お前は最悪の罪人を…」
「クレアデス!」
「っ!?」
完璧に斬ったと思ったリュウは、ヴァロニスによって助けられていた。
元妻とは言え、敵を助けたヴァロニスにクレアデスは剣先を向ける。
「もうそいつはお前の知るリュウでは無い!せめて剣士としての責務は果たせ!」
「………」
自身の行為の愚かさは重々承知している。しかし、今まさに自分が抱きかかえている妻は…操り人形であったとしても妻なのだ。
「ならば……せめて一言だけ…」
ヴァロニスは自分の腕の中で眠っているリュウに最後の言葉をかける。
「君に……言えなかった…。言うのを避けていた言葉だけ…。君を…心の底から…愛してる」
当然、愛の言葉が彼女に届く事はない。最愛の人に今、言葉を投げかけてももう遅い。
彼女の頬に数滴の滴が落ちる。
「……。ステラデス」
「…」
「何をしている。帝国宝剣として斬ることも、リュウへの弔いであろうが」
「…はい」
ステラデスはゆっくりと鞘に手を伸ばし、ヴァロニスの元へ歩み寄る。
「叔父様。どいてください」
ステラデスの呼びかけにもヴァロニスは反応しない。
現実を受け入れられない。
もしかしたら…。そんな子供じみた考えがヴァロニスの頭を駆け回る。
その時。
「……やっと。その言葉が聞けました……」
「…………え?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。動くはずのない彼女が、自分の腕の中でそっと目を開く。
「待ってましたよ…。その言葉を。ずっ………と…待ってました」
「な、何故……。リ、リュウ…なのか?」
最悪の罪人ドロ・ディレティロの魔法。「洗脳」の狂操曲を解除する唯一の方法。
それは、その人物が生前に一番言って欲しかった言葉をかける事。
偶然か必然か。ヴァロニスのかけた言葉がリュウの洗脳を解放する結果になった。
「ほ、本当にリュウなのか…!?君は…あの!」
「ええ…あなたのリュウ・アンストースですよ」
目の前に起きた奇跡にステラデスとクレアデスは驚きと動揺で動けなくなる。
「馬鹿な…リュウ?魔法が打ち破れだと言うのか…」
大聖堂に差し込んだ月光は、2人の奇跡を優しく包み込む。光の中で2人は強く抱きしめ合う。
「もう一度…君にちゃんと伝えたかったんだ…」
「ええ。私も…ずっと待っていました…」
「君を」
「あなたを」
『愛してる』




