第2話 修行
次の日からクミさんとの修行が始まった。
ものすごく辛い修行。体づくり、特に剣術の修行は痛いし、疲れるし、もうやりたくない。そう思える程。
午前中は体を鍛える。午後はこの世界の事。色々な事を学ぶ。そんな日々が続く。
○ ○ ○
今日は、魔法を学んだ。魔法は呪文を詠唱し、魔力を使う事でを放つことが出来るらしい。
クミさんから、両腕ほどの大きさの木でできた杖を受け取る。ごつごつとしており、杖の先には綺麗な石が埋め込まれている。
魔法の杖。これで魔法を使うらしい。
「目を瞑って感じるんです。こう………なんか…感じる物があるでしょう?」
クミさんは物凄く教えるのが下手だ。本人曰く、剣術も感覚で身につけたから、教えることが難しいらしい。
クールで雪の精霊みたいな高貴な見た目なのに、中身は結構ズボラで適当な所がある。
そんな事を言っても変わらないので、言われた通りにしてみる。
目を瞑る。
真っ暗な中で何かを探ろうとする…が、何も感じない、と言うより何を感じればいいのかがわからない。
「クミさん。何を感じるんですか?その………そんな抽象的な事を言われても………」
「うっ……そうですよね。実際、私も魔法は得意じゃないんです。簡単な魔法しか出来ませんし、その魔法も感覚でやってるものですから………」
クミさんは眉間に皺を寄せてその場で考え込んでいる。クミさんなりにどう説明する方がいいのか、考えてくれているんだろう。
「あっ。そう言えば、ユリウスが魔法を使う時の感覚を教えてくれたことがあります」
ユリウス。兄と共にメシア騎士団に所属しており、国一の魔法使いと言われた人物。
そんな人の教えなら、口下手なクミさんよりも役立つかもしれない。
「魔力はそこら辺に転がっている。大地にも、石にも、空気にも。そして自分の中にも魔力は存在する。心臓の位置。炎のように燃える感覚を探して、その炎が体全体を伝って杖の先に集中させる感覚。そう言ってましたね」
説明を聞いてから、もう一度目を瞑る。
心臓の位置にある炎を探す。
イメージする。心臓が燃えるようなイメージ。
しかし、イメージした物ではない感覚が僕を襲った。
ゾッとするような感覚。全身の鳥肌が立ち、炎でない、もっと大きな物が感じられた。
炎じゃない。暗く、深く。まるで…海だ。海のような底知れないイメージ。魔力を感じようとすると、心臓からどこまでも続く海のような感覚がする。
その海から魔力を水ように、胸から腕、掌から杖の先に流していく。
そしてさっきクミさんに教わった簡単な呪文を唱える。
「恵みの雫。世の力。小さき力よ我の元に集まりそしてその力を放ちたまえ!魔法弾!」
目を開けると、杖の先からボール程の大きさをした光の玉が、凄い勢いで放たれた。
放たれた光玉は光線となり、真っ直ぐ飛んで行って向こうの丘にあったそこそこ大きな岩を跡形もなく粉砕した。
目の前で起きた出来事に、僕は固まってしまう。そして、クミさんの方を見ると、クミさんはもっと固まっていた。目を見開き、砕け散った岩をじっと眺めていた。
「ど、どうですか!クミさん!合格ですか?」
「………」
「ク、クミさん?どうしました?」
「わ、私の知っている魔法じゃない………」
「へ?」
ぼそっと独り言を漏らした後、僕の方に駆け寄り、両肩を掴んで凄い剣幕で僕に説明を求めて来た。
「あ、あれはなんです……?ほ、本当にマジックバレットですか…?私の教えた魔法じゃないでしょ?」
「えぇ?クミさんに教わった魔法ですけど…。こ、こんな魔法じゃないんですか?」
「わ、私がやっても小さな光玉を撃つだけなのに……。あれじゃあまるで大砲じゃないですか」
そう独り言を漏らすと、クミさんは肩を落とし、溜息を吐いた。自分よりも教え子の方が凄い事にショックを隠せないようだ。
どうやら、知らず知らずのうちに僕はやり過ぎてしまったようだ。
○ ○ ○
また別の日。今日はこの世界の基本的な知識についてクミさんから教わる。
クミさんは人間じゃないらしい。
と言うのも、クミさんはヴィバール族と言う特殊な一族で、人間よりも寿命が長く、身体能力が高いんだそう。剣術の修行が何故あんなに辛いのかが、わかった気がする。
他にも、白い髪や翡翠のような瞳もヴィバール族の特徴らしい。しかし、そんなヴィバール族もクミさんを含めて、この世に4人しか居ないらしい。
ふとクミさんの年齢が気になり、勇気を振り絞って聞いてみた。
「あの……寿命が長いって事は、クミさんって何歳なんですか?」
「ノア。女性に年齢を聞くのは失礼ですよ?まぁ、私は気にしませんけど」
「す、すみません」
「私以外の人には気をつけてくださいね。年齢……そうですね………確か310歳だったと思います」
「さ、310!?」
思わず声を出してしまう。
人間じゃありえない数字。本当に人間じゃないらしい。
「誕生日、と言うものを忘れてしまったので正確にはわかりませんが、多分そのくらいだったと思いますよ?」
「え?誕生日が無いんですか?」
「ええ。忘れてしまいました。ほら、そんな事より集中してください。授業の続きですよ」
机の上に広げられた本をとんとんっとクミさんがつつく。
本には、アルカナ大陸全土の民族が記されていた。
この世界には様々な民族が暮らしているらしい。「人間」「獣人」「魔族」「エルフ」その四種族が大陸の殆どらしい。その他の種族は居るものの、数は圧倒的に少ないらしい。そんな種族は小さな村を築いて暮らしているらしい。
「ノアは人間と私以外の種族とは出会った事がありませんでしたね。旅に出たら自然といろんな種族の人と出会います。新しい出会いは素晴らしいものです」
「へぇー色んな人と話してみたいです!」
そんな僕の発言に、クミさんは最初優しく微笑んだが、その顔はすぐに曇ってしまった。
「ですが、そんな出会いによって苦しむこともあります。その事を忘れないでくださいね」
世界を救う為に旅をして来たクミさんの言葉には、僕の想像を絶する体験をして来た。そう感じた。
○ ○ ○
今日は、一番嫌いな剣術の修行。
何が嫌かって、筋肉をつけるための特訓でもなければ、木に向かっての打ち込み稽古でも無い。
それは、木刀を使ったクミさんとの一対一の試合だ。もちろん、他の修行も辛い。けど、これは次元が違う。
痛い。怖い。辛い。
実戦の恐ろしさを知っているクミさんだからこそ、その試合は実戦の様な緊張感と圧がある。
因みに、この世界では魔法を使った攻撃よりも剣を使う様な体術攻撃の方が強いとされている。
理由は簡単。魔法には、魔力コントロール→呪文詠唱→攻撃。の順番に対して、体術は、近づく→殴ったり、剣で斬るで攻撃できてしまうからだ。
要は、相手にダメージを与える手順の違い。魔法は強力で、自由度が高い。が、扱いが難しく攻撃までにどうしても時間がかかる。クミさんの様に洗練された剣士、それに近しい体術を身につけた者と対峙した時にどうしても速さで負けてしまう。
その為、クミさんは僕に剣術を教えておきたいらしいが……。
「ぐえっ!」
「そうじゃない。何度言ったらわかるんですか。あの場面は受け流してカウンターです」
「そ、そんなこと言っても…速すぎて出来ませんよ」
「実戦で言い訳は出来ませんよ。失敗したら、死。そこで終わりです」
その言葉には重みがある。数々の修羅場を潜って来たクミさんだから言えること。
「…はい」
「にしても、ノアは運動能力が低いですね」
「なっ!?」
こうもきっぱり言われるとさすがにちょっとキツイ…。
「瞬発的な動きが特に苦手なようですね。実際の戦闘は一瞬です。刹那の動きで1秒先の自分の生死を分けます」
「はい…それはわかってるんですけど…」
「確かに、まだ修行を始めたばかりですから、これから成長すれば良い部分もあります。ですが、先天性の能力差は埋まることはありません。例えば、私…ヴィバール族と人間は生まれながらに運動能力に大きな差があります」
それがヴィバール族と人間の違い。ほかにも、種族ごとに生まれ持ったものは違う。そう言った相手には絶対的な差が出来てしまう。
「ですが、絶対勝てない…と言う訳ではありません。これからノアには『水仙流剣術』を身につけてもらいます」
「水仙流?」
この世界の三大剣術流派「白夜流」「水仙流」「刀神流」。
この水仙流は、相手の攻撃を受け流し、カウンターを与える事を目的とした剣術。
この流派は、運動能力を必要としない。相手の攻撃を受け流して戦う。僕にぴったりな戦い方だ。
「私も完璧に水仙流が使える訳ではありませんが、そこら辺の人間よりかは私の方が使いこなせるでしょう。もっと厳しくなりますけど…大丈夫ですよね?」
「…!はいっ!やります!」
クミさんとの修行はまだ始まったばかりだ。