第28話 狂劇
グリクスさんから告げられた都市の状況は更に僕らを追い詰めることになる。
「なぜそんな状況になっておるのだ!帝国騎士団は何をしておる!」
「都市に「洗脳」が連れてきた魔物の群れが予想以上の数と戦力で、戦況は芳しくありません。大型の魔物も複数おり、帝国騎士団だけという点も市民から不安の声が上がっています。少数でいいのでお戻り下さい」
「くっ…!どうすれば……」
都市の状況は僕達の不安を掻き立てる。
恐らくこれが「洗脳」の作戦。戦力を「星座の夜鯨」に裂かせて帝国騎士団だけになった都市を占拠するつもりなのだ。帝国騎士団は強いとはいえ、この都市に来た騎士の数は少ない。
「もしかしたら…騎士の一部も洗脳されているかもしれませんね。旦那様だけでもお戻りになられた方が…」
ヴァロニスさんの判断は正しい。でも。
「ここからわしが離れれば、ここの士気に関わる。それに…最上位貴族の命令を無視は…」
「お父様!いつまで弱音を吐かれるのです!」
弱気になっていたナバロウさんを叱りつけるようにエルアナさんが叫ぶ。その声は全員に聞こえるほどだった。
「ここで戻らなければ私達の都市が奪われます!躊躇している場合ではありません!ここはヴァロニスさんに任せて戻るべきです!私も戻ります!」
「…旦那様。私もお嬢様と同じ意見です。この場は「剣極」にお任せ下さい」
「ナバロウさん。私のノアも連れて行ってください。彼なら…必ず助けになりますよ。ね?」
「……!はい!必ずお役に立ちます!」
「……わかった。エルアナとノアはわしと一緒に都市へと戻る。この場はヴァロニスに任せる。頼んだぞ」
「はい。鯨は私が狩りますゆえどうかご心配なさらず」
ナバロウさんは僕とエルアナさんと共に都市に戻る事を決断した。
「ノア。私はあなたの事をよく知っています。大丈夫ですよ」
「はい。わかってます!行ってきます!」
クミさんは無茶を言っているわけじゃない。信頼なんだ。僕はそれをしっかりと実感した。
しかし、一つ疑問が残る。
「でも、どうやって都市まで行くんですか?僕達は切り株を降りられないし、グリクスさんみたいに空を飛べないし…」
「あら、何を言っていらっしゃいますの?空を飛ぶんですよ?」
「……ん?」
「よし!ヴァロニス!頼む!」
「はい!行ってらっしゃいませ!」
そう言うと、ヴァロニスさんは剣を鞘へと収め、鞘の状態で剣を振りかぶる。
「ん?え?な、何を…」
「エルアナ、ノア。しっかりわしに掴まれよ」
「はい!お父様失礼します!」
「え?え?え?」
僕は理解できないままナバロウさんの服をぎゅっと握る。
次の瞬間、ヴァロニスさんは剣を振りかぶり、その剣からは物凄い風が巻き起こる。その風によって僕とナバロウさん、エルアナさんとグリクスさんは星空の大海の範囲の外まで吹き飛ばされる。
「うわあああああぁぁぁぁぁ…………」
ノアの叫び声が遠のき、やがて姿見えなくなる。
ジン、香薬、アニーナ、ボーガスは口を開けたまま呆然とする。
「ね、ねぇクミさん?私のノアくんは…あれ大丈夫よね?」
「………たぶん」
○ ○ ○
「し、死ぬかと思いました……」
「何を言ってますの?あの程度で死ぬわけないでしょう」
平然と言っているエルアナさんも、クミさんとヴァロニスさんと同じ人種なんだろうな。恐怖とか感じないタイプ。僕の周りそんな人ばっかりじゃない?
僕達は吹き飛ばされたあと、グリクスさんが用意していた馬に乗り、都市へと向かっていた。
風のように街道を戻っていくと、都市セティヌスが見えてきた。所々から煙が上がり、その上空には数十匹の鳥型の魔物が旋回している。その光景を目の当たりにした僕達は更にスピードを上げる。
○ ○ ○
都市の中に入ると、街中に魔物が溢れていた。僕達で魔物の群れを片づけつつ、大聖堂へと向かった。そこに「洗脳」がいると考えたからだ。
大聖堂まであと少しの時点でナバロウさんが足を止めた。
「ナバロウさん?どうし」
「姿を見せろ。いや、洗脳を解けと言うた方が良いかの?」
そう。戦闘が始まる時はいつも無音だ。かけっこみたいに合図があるわけじゃない。いつも既に始まっているものなのだ。
「へぇ〜?なんでわかったんです?」
視界の端から現れたのは、「洗脳」ドロ・ディレティロだった。
相変わらず不的な笑みを浮かべたままゆったりとこちらに歩み寄り、立ち止まって名乗り始める。
「改めまして、最悪の罪人が一人「洗脳」の罪ドロ・ディレティロと申します。本日は私の狂劇に足をお運びいただき、ありがとうございます」
「フッ。訳のわからん事を口走らないと死ぬのか?」
「いえいえ、お客様にはきちんと名乗らなければ失礼でしょう?さて、話を戻しましょう。なぜわかったんです?」
「簡単なことよ。お主殺気がダダ漏れじゃからなぁ。あんなに殺気を放っていれば、羽虫も逃げ出すわい」
「成程…今度からは気を付けましょう」
「洗脳」は笑いながらもドス黒い殺気を放っている。
しかし、こっちは3人で相手は1人。優位に立っているのはこっちだ。
「まさか…優位に立てているとか…考えてませんか?」
「なんじゃ?違うのか?」
「ええ。私の洗脳はお分かりの通り、魔物にも効果を発揮します。私がこの日のためにどれだけ準備したとお思いで?」
「ッ!?下がれ!」
ナバロウさんの声に合わせて僕たちが後ろに飛んだ瞬間、ものすごい勢いで何者かが飛んでくる。地面を割り、粉塵の中から現れたのは人形の魔物だった。筋骨隆々とした肉体と首が二つあるその魔物はゆっくりとこちらに振り返る。
「私の用意した魔物プルザルくんでーす!私の探した中で最高傑作ですよ!」
「ほ〜う?それが最高傑作か…」
目の前には最悪の罪人と恐ろしい魔物。それを目の当たりにしてもナバロウさんは恐るどころか…。
「お主らちょいと自意識過剰じゃな」
「ッ!?成程……」
「ガハッ!!」
ナバロウさんは素早く動き…いや、瞬間移動の様に一瞬でプルザルを斬り、「洗脳」の前に立ち塞がる。速すぎると言うか最早見えない。
「それが瞬間行動魔法ですか」
「ああ。目にするのは初めてか?そんな風にぼーっとしておったら…死ぬぞ?」
「洗脳」が攻撃しようとするも、その背後をとって蹴りを打ち込む。
「チッ…!」
「わしの魔法は瞬間移動魔法。自身の5秒間の行動をあらかじめ思い描いて、その行動を高速で実行する魔法。弱点は…そうじゃな、戦闘中に考えなきゃいけんことと、一度使用すると1秒間の魔力切れが起こることじゃな」
「何をペラペラと……まさか!?」
ナバロウさんは唐突に自身の魔法を話し始めた。相手に自分の手の内を明かすなんて不利になるに決まってる。
「あれは何をしてるんですか?」
「あなたは知らないのですか?あれは魔法契約の一種「決闘の申し込み」ですよ」
決闘の申し込み。魔法契約の一種で自身の魔法の内容を相手に話す事で自身の魔力を向上させる古来より続く魔法。自身の魔法を話し、相手の返答次第で効力が変化する。
この魔法は二通りの結果をもたらす。一つは、相手も魔法の内容を話した場合。この場合魔力の向上は無い。しかし、相手の手の内を知ることで戦況を公平にすることができる。
もう一つは、相手が話さなかった場合。相手が魔法を話さない。又は自身の話を遮って魔法を使用した瞬間、自身の魔力量の底上げ、魔法の効力拡大が自身に付与される。この効果は相手と自身の実力が離れていれば離れているほど強くなる。
この魔法は話し始めた瞬間に強制的に相手に答えを求めるもので、相手が格上の戦闘の時に格下の者が有利に戦闘を仕掛けるために開発された魔法である。一対一である場合のみ、相手が自身より上の場合のみと言う弱点はある。これは、弱者が下剋上を申し込む魔法なのだ。
ナバロウさんは決闘の申し込みを済ませている。「洗脳」の返答は……。
「そんなもので私に勝てるとでも?」
そう言うと、懐から魔法の杖を取り出す。
「それが答えじゃな!?」
ナバロウさんと「洗脳」は構え合う。僕も杖を構え、戦闘体制に入る。




