第27話 大地は星空の海
大きな口の中には鋭く細かい牙が並んでいる。その口はこちらに向けて真っ直ぐ突っ込んでくる。笛のような大きな鳴き声が辺りに響き渡り、大地が、持っている魔法の杖が細かく振動する。
ボーガスさんとジンが隊列の先頭に立ち、ボーガスさんは盾を。ジンは斧を振り翳し同時に魔法を展開する。
「天壁不動っ!!」
「天壁不動!!」
二人の叫び声と共に魔法の壁が築き上げられ、「星座の夜鯨」の前に立ちはだかる。夜鯨は勢い良くぶつかり、激しい衝動音が全員の鼓膜に突き刺さる。地面が唸るような鳴き声と共に弾き返された「星座の夜鯨」はその巨体が宙に舞う。
その瞬間。
「魔法部隊!放てぇえ!!」
ナバロウさんの指示により、魔法使いは一斉に魔法を放つ。様々な魔法が巨体に傷を与えていく。夜鯨は唸り、巨体を捩らせる。僕達は確実なダメージを目の当たりにし、この隙を逃すまいと更に魔法を放つ。
しかし、その魔法はたった一回の咆哮でかき消される事になる。
「なっ!?」
「全員わしらの後ろに下がれぇ!」
魔法は夜鯨にかき消され、物凄い風圧が襲いかかる。
「くっ!噂通りの怪物ですね。魔法も掻き消すとは。私が斬撃で…」
「クミ様…私が奴を叩き伏せます…」
「え?」
ヴァロニスさんはそう言うと、地面が割れるほどの力で飛び上がり、夜鯨の所まで飛んでいくと剣を抜き、強烈な一撃を叩き込む。
「刀神流 王殺し!!!」
紅い斬撃が夜鯨の星空の肌を切り裂き、紫色の血が吹き出す。夜鯨は今まで以上に苦しそうな鳴き声を上げ、たった一撃で地面に落ちる。
刀神流の技の中でも熟練の剣士しか使うことのできない大技「王殺し」。改めてヴァロニスさんの実力を突きつけられる。あれで全盛期を過ぎたと言うのだから恐ろしい。
地面に落ちた夜鯨はぐったりと倒れている。ヴァロニスさんの一撃で気を失ったらしい。一斉に馬を走らせ、剣を抜き、鯨を狩ろうと剣士が駆ける。
先陣を切ったのはエルアナさんだった。魔法を使い、討伐隊の先頭へと踊りでる。
カモミール家直伝の魔法「瞬間行動魔法」。自身の5秒間の行動を脳内であらかじめ思い描き、その行動を高速で実行する魔法。脳内で思い描いた行動はどんなに無茶な行動だとしても実行されるので、実質瞬間移動や複数人を一気に切ることも可能だ。
夜鯨の元まで瞬時に移動したエルアナさんが技を叩き込む。
「白夜流!火鳥斬!」
火の斬撃が放たれ、エルアナさんは更に技を続ける。
「ノア!僕と一緒に後方援護して!ジンはみんなを守って、香薬とクミさんは直接攻撃!」
アニーナが素早く支持を出し、その通りに行動する。僕はアニーナと共に後方から魔法を放つ。
「二門!黒雲 を裂く雷!」
「僕は普通に弓を射る!」
激しい光を放つ雷とアニーナの弓が眠っている夜鯨に撃ち込まれる。それに続けてクミさんと香薬が連撃をきめる。
「水仙流 帝虎瀑布!」
「我流!二閃裂き!」
一斉攻撃を始めて10秒足らず。夜鯨は突如目を覚まし、大きく体を拗らせる。巨体を暴れさせる夜鯨に僕達は退避するしかない。ただ、ヴァロニスさんを除いて。
「刀神流 王殺し二連!」
ヴァロニスさんは他の騎士を置き去りにする実力で更に夜鯨を追い詰める。夜鯨の皮膚は傷だらけになり、星空とは言えないものになっていた。
「あと少し!クミさん!」
「ノア!援護射撃頼みます!」
クミさんは渾身の一撃を放つべく駆け出す。僕ももう一度魔法を放とうと詠唱を始める。このままなら、削り切れる。
と、思った瞬間。夜鯨は突然宙を泳ぎ出し、口から魔法を吐き出す。星の様に輝いている液状の魔法。それが何かはわからない。毒なのか苦し紛れの魔法なのか。そもそも攻撃なのかすらわからない。ただ、その魔法は地面に広がっている。まるで地面が星の海になっていく様だ。
その情景を見て、クミさんとボーガスさんはまた何かに気がつき、声を上げる。
「これは……。全員切り株の上に上がってください!この魔法から離れて!」
「ク、クミさん?これは…」
「説明は後!早く切り株の上に!」
事態は一刻を争うようで焦りが見える。僕は理由もわからず大木の切り株へと登る。
気がついた時には、辺り一面に夜鯨の魔法が広がっていて大地はまるで星の海へと姿を変えていた。
夜鯨は宙高く舞ったかと思えば、そのまま急降下して頭から地面へと潜っていった。その巨体は地面に広がった魔法の中に消え、切り株に上がった皆んなから困惑の声が上がる。
「これは…!?」
「星空の大海。あの液状の魔法は夜鯨の創り出した異空間へと繋がっていて、奇襲してきたり、引き摺り込んだりして来ますよ」
「つまりこの場は夜鯨の狩場になったと言うことかい?」
「……ええ。潜られてはまともに攻撃出来ません。辺り一体が大海へと変化したと考えてもらって良いでしょう」
クミさんの説明が本当なら、この状況はまずい。切り株の周囲は既に星空の大海に覆われている。つまり、夜鯨はいつ、どこからでもこちらに攻撃を仕掛けられる状況にある。こちらは逃げ場を失い、攻撃手段は限られている。このままじゃ…。
「全員中心に集まって全方向注意!円形に陣形をとってどこから来ても反撃できる様にしろ!」
こんな中でもナバロウさんは冷静に状況を分析し、的確な指示を出す。僕達はすぐさま陣形を組み、構える。
夜鯨が攻撃を仕掛けてきた瞬間がこちらの攻撃チャンス。全員が息を潜めその時を待つ。
その時。飛沫をあげてその巨体が現れる。
「10時の方向!魔法部隊!撃てぇ!」
ナバロウさんの声に合わせ、魔法を浴びせる。夜鯨は唸り声を上げて苦しむ。
しかし、先程つけた傷は既に癒えてしまっている。このままでは傷を与える度に潜られ、回復される。耐久戦になればこちらが圧倒的に不利。状況は悪すぎる。
「ナバロウ様〜!!!」
どこからともなく声が聞こえてくる。しかし、辺りは夜鯨の狩場。声なんて聞こえるはずか…。
「ナバロウ様!」
「え?!グリクスさん!?」
声の主人は空を飛ぶグリクスさんだった。背中に赤い翼が生えた姿で僕は目を疑った。
「な、なんだそれ!?それも魔法か?」
驚くジンにグリクスさんは少し笑いながら答える。
「ジンくん違うよ。僕は獣人と人間のハーフ亜人だ。鷹の血を持っている僕は飛べるのさ」
「グリクス。どうしてここにいる。お前は都市の警備を任せたはずだが?」
その言葉を聞いた後、グリクスさんの表情が曇る。
「ナバロウ様…状況は上空から把握しております。それを承知で申し上げます。都市にお戻り下さい!」
「!?それは…どういう……」
「都市セティヌスは「洗脳」により壊滅的な被害を受けています!市民は帝国騎士団と帝国宝剣に守られていますが、それも時間の問題…。無理を言っているのはわかっております。しかし、このままでは都市は…陥落いたします!」
空から届いた報告は、僕達の状況を更に最悪へと引き摺り込む。




