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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第二章 セティヌスの少年剣士編
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第26話 星空を泳ぐ怪物

 翌日、僕はヴァロニスさんに稽古をつけてもらっていた。僕にできる事を考えた時に少しでも強くなる事だ。

 中庭に木刀同士がぶつかる音が響く。クミさんとの稽古が頭の中で蘇る。でも、あの時の稽古とはレベルが違う。僕は自分の成長を感じながらヴァロニスさんに叩きのめされる。


 「がはっ!?」

 「踏み込みの甘さが目立ちますね。決定打を打ち込む瞬間は自分が一番油断する瞬間です。最後の最後まで勝ちを確信しない事ですね」

 「は、はい……」


 分かってはいたけど、クミさんとは違う圧倒的な実力差を感じる。本当に途方もない剣技の差を痛感させられる。


 「少し休憩しましょうか」


 そう言うと、僕とヴァロニスさんはその場に座り込む。汗を服の裾で拭っていると、見かねたヴァロニスさんがタオルを用意してくれる。剣を握っている時はまさに剣を極めた猛者だけど、こうした些細な気遣いをしてくれる所は優しいお爺ちゃんみたいだ。

 そんなヴァロニスさんは僕に笑顔を見せながらも、どこか険しい顔をしている。昨日の会議…いや、「洗脳」との戦闘が終わってからずっと何か抱えている気がする。


 「ヴァロニスさん?どうしたんですか?」

 「?何がですか?」

 「その…昨日からなんか思い詰めたような顔をしているので…」

 「…わかってしまいますか。隠していたつもりだったのですが、君は人のことをよく見ていますね」

 「え!な、なんか…気持ち悪いですかね…?」

 「いえ、褒めているんですよ。人の些細なところに気がつける事は素晴らしい事ですよ」


 そんな言葉に僕は照れ臭くなり少し俯く。今どんな顔をしているのだろう。 

 そんな僕を見て少し笑った後、ヴァロニスさんは昨日のことをゆっくり話してくれた。


 「昨日、「洗脳」を守った2人の剣士がいたでしょう?ローブで顔までは分かりませんでしたが、私には剣技で2人がわかってしまいました。1人は、盲目でありながらも5000人の兵士を斬ったとされる剣士バルガン。もう1人は……中央帝国最強の女剣士。先代帝国宝剣のリュウ・アンストース。私の妻です」

 「なっ!?…まさか…」


 ヴァロニスさんの奥さん。確かに彼女は死んではいない。でも、彼女じゃない可能性はまだある。


 「ひ、人違いじゃ!」

 「ありませんよ。彼女の剣を私が見間違うはずがないでしょう。彼女なんですよ」

 「違いますよ!だって!だってそんな………」


 これまでずっと年もとれず、自我も失い、ただただ操り人形になって剣を振ることを強制されて…このままだと甥のステラデスさんに斬られる最後だなんて…………あまりに悲しすぎる。


 「そんなの…あまりにあなたが救われなさすぎるじゃないですか!今からでも抗議して「洗脳」の討伐隊に!」

 「最上位貴族に逆らってかい?そんな事出来るはずもない。それに…今の帝国宝剣に止められるのなら…」

 「本心じゃないでしょ!?せめて!あなたが止めてあげるべきです!」

 「………」


 ヴァロニスさんは何も言わずに木刀を強く握りしめた。

 こんなことがあって良いはずがない。でも、今の僕にはなす術がない。無力感が2人を途方もない暗い場所へと誘うような感覚だった。


 ○ ○ ○


 あっという間に1週間は過ぎた。

 日が差し込む夕暮れ。空は中庭で見たリュウキンカと同じ色をしている。綺麗な黄昏の下で僕達はメルヴィル街道を目指す。夜になると現れる「星座の夜鯨」の討伐へ向かう。僕は馬に乗って体と一緒に気持ちもゆらゆらと揺れ動いている。

 

 「ノアくん?どうしたの?」

 「え?」


 僕のそんな姿を見て心配そうに声をかけてくれたのは香薬(かやく)だった。


 「なんだか元気がなさそうに見えて…。不安?」

 「いや、不安って言うか…。僕のことなんて気にしないで」

 「そうはいかねーだろ」


 話に入ってきたのは隣を並走していたジンだった。


 「なんだかノアらしくねーよ。まぁ俺たちは出会ってそんなに時間は経ってねーけどな」

 「そうだね。でも、少なくともここにいる皆んなで修羅場を潜り抜けて来たわけだし」


 アニーナも話に加わり、馬は横一列に並んだ。街道をまっすぐ進むだけ。多少のよそ見をしても馬は勝手に街道に沿って進む。馬に身を委ね、皆んなは僕を質問攻めにする。


 「で?なんでノアはそんなに元気がねーんだ?」

 「確かにここ最近様子がおかしかったね。どうしたんだい?」

 「私たちに話せないこと?私たちは仲間よ。話してみて欲しいな」


 3人から熱い視線が集められる。僕はその視線を我慢できなかった。


 「……わかりましたよ!わかりましたからそんな目で見ないでください!」


 折れる形で僕は気持ちの整理がついていないことをみんなに話した。エルアナさんの覚悟の話、ヴァロニスさんと帝国宝剣との関係と敵が奥さんであること。

 日は段々と傾き、空は徐々に夜に染まっている。

 僕が話終わり皆んなの顔を恐る恐る見ると、皆んなは優しい表情を浮かべながら言ってくれた。


 「考え過ぎだな」

 「考え過ぎだね」

 「考え過ぎだよ」

 「え?」


 皆んな同時に口にした言葉は全く同じ言葉だって。意図せず揃った事に少しだけ笑い、話題を元に戻す。


 「ノアはなんで戦うんだ?アスを助ける為じゃねーのか?それで十分だろ」

 「君がそんなことを悩む必要はないよ。僕はチャックマンの見れなかった世界を見に行きたい。それだけだよ」

 「私はノアくんと旅がしたいだけ。私だったら中央帝国のお偉いさんとか、皆んなの覚悟なんて気にしてられないかな。まぁそれがノアくんの良いところなんだけどね」

 「でも…」

 「確かに皆んなを思いやれるのは良い事だ。でもよ、自分が不安定なら自分の事だけで良いんじゃねえか?大した理由じゃなくても良いだろ」

 「そうそう。君はまだ子供なんだよ。そんなに思い悩む必要もないさ」

 「そうですかね……」


 僕は悩み過ぎだったのかな。僕は…アスを助けて、お兄ちゃんの仇を討つ。それだけで良いのかもしれない。もちろん、ヴァロニスさんやエルアナさんのことはどうでも良いわけじゃない。でも、悩みながら戦うより、吹っ切れてしまった方が戦えるかもしれない。


 「そうかもしれませんね。なんだか悩み過ぎだった気がしてきました」

 「ああ。それで良いんだよ!」

 「君の援護は私がするから安心して戦いなよ」

 「私はノアくんを全力で守るからね!それだけ!」

 「いや、戦ってくださいよ!」


 さっきの暗い雰囲気とは違い、4人で笑い合った。メルヴィル街道はすっかり日が暮れて夜が訪れていた。

 僕達の少し前でクミさんとボーガスさんは僕達の会話に聞き耳を立てていた。


 「心配は無用じゃったようじゃな」

 「ですね。子供だと侮るのはやめましょう」


 ここ最近のノアは様子がおかしかった。でも、こうして彼は立ち直ってみせた。私が思っている以上に彼は強い。初めて出会ったあの日とは見違えた。私は視線を前へと向けた。「星座の夜鯨」を討つ場所。メルヴィルの大木の切り株がまっさらな草原の真ん中にぽつりと立っていた。


 ○ ○ ○


 メルヴィルの大木の切り株の下で僕達は隊列を組み、討伐の準備を進める。この切り株は見つかった時には既に切り株状態で、誰がこんな大木を綺麗に切ったのかは今でもわかっていないらしい。


 姿を見えるようにする魔法の鏡を並べる。一度鏡に映し出されたものは例外なく視覚化出来るようになるらしい。鏡の中には星空が映し出されていた。角度を調整し、いつどこからでも襲われても対処出来るようにする。


 時計を見ると、予定した時間が着々と近づいている。全員に緊張感が走る。話し声も段々と数が減っていき、完全な静寂に落ち着く。五感に全力で集中し、奇襲に迎え撃つ為身構える。


 カチッカチッカチッ

 時計の針の音だけが聞こえていたその時。言葉にならない笛のような鳴き声が街道に響き渡った。

 鯨の鳴き声だ。


 「鯨が出たぞー!!!全員戦闘体制っ!!」


 ナバロウさんの叫び声に応えるように騎士は剣を抜き、魔法使いは杖を構え、僕達も構える。そして、全員が鏡を覗く。


 しかし、そこには綺麗な()()が映るだけで鯨の姿がない。鳴き声だけが響いている。

 全員が困惑する中、ヴァロニスさんとクミさん、ボーガスさんがほぼ同時に同じことを叫ぶ。


 「空だ!その星空が鯨だ!!!」


 僕は星空を仰ぎ見る。ただの星空。空には新月が……。

 おかしい。僕は先週、寝る前に夜空を眺めた。あの日は満月前の半端な月だったはず。今日は満月のはずだ。新月のはずがない。


 その新月がギョロリとした巨大な"目"だと理解するまでに僕は時間がかかった。


 星空が歪み、動いて初めて鯨の全体を認識する。五十メートルはある異形の怪物。空を泳ぐその巨体はまさに星空。魔物なのに美しく、壮大だ。


 「星座の夜鯨」。その名の通り、星空に浮かぶ星座の模様をした姿をしていた。月のような目、体は黒く、星のような斑点がまるで星空のように見える。形は、クミさんとの修行期間の時に見た図鑑に載っていた「マッコウ鯨」と同じ形をしていた。


 あれが「星座の夜鯨」。


 僕達に向かって巨大な星空は、大きな口を開けて真っ直ぐ突っ込んで来た。


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