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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第二章 セティヌスの少年剣士編
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第22話 互いの覚悟

 最悪の罪人。中央帝国が危険視している6人の罪人。捕まえようにもその高い実力によって逮捕は困難であり、ヴァヴァトス第七幹部の討伐された今、各国が一番警戒している存在だ。


 その中の1人。「洗脳」の罪がこのセティヌス全体に向けて脅迫文を送りつけたらしい。

 内容は「この都市を明け渡せ。さもなければ、メルヴィル街道に放った星座の夜鯨がこの都市を飲み込むことになる。」と言うものだった。


 事の顛末を聞き終わり、話は協力に応じてくれるのかどうか、と言う話へと移り変わっていた。


 「君たちに「洗脳」の討伐を手伝って欲しい。これはこの都市の総意だ。頼む…」

 

 ナバロウさんは立ち上がり、その場で深々と頭を下げた。

 この前あんな強敵と戦ったのに、今度は都市の命運がかかった戦い。そう簡単に頷けない申し出だ。

 でも、アスを早く仙船(せんせん)に連れていくべきなのはクミさんと僕が一番わかっている。

 それに、メルヴィル街道には星座の夜鯨が居座っている。結局僕達はこの申し出を断れない状況にある。これは最初から断れない申し出なのだ。


 「わかりました。協力しましょう」


 クミさんは当然のように協力を承諾した。断れないとは言え、特にマイナスなことは無い。

 ナバロウさん含め、僕たち以外の全員が感謝を示す。その様子からどれだけひっ迫した状況なのかが感じ取れた。

 協力関係が結ばれ、本題が解決したところでカモミール家の侍女らしき人が部屋に入って来た。


 「皆様、昼食がまだだと聞いております。こちらの方でご用意がございます。よろしければ…」

 「食べます!」


 ○ ○ ○


 僕は豪華な昼食を口いっぱいに含む。幸福感が口の中から身体中に広がる。カモミール家はこの都市では一番大きな家で、都市の代表を勤めているのだとか。そのお陰か、昼食一つとっても豪華で美味しい。なんだか、エデル村を出てから美味しいものしか食べてない気がする。

 それと、協力関係を結んだお礼としてお屋敷の一部を使わせてもらえる事になった。つまり、食事と宿舎が豪華になったという事だ!なんだか最近いい生活が続いて気がする…。まぁ、そんな事は気にしない。今は豪華な昼食に集中しよう!


 僕はご飯を食べながら皆んなへと目を向ける。クミさんとナバロウさんはなんだか険しい顔で何か話している。恐らく「洗脳」討伐の作戦か何かだろう。


 昼食を終え、僕たちはそれぞれの部屋へと案内され、ゆったりとした午後を過ごしていた。

 僕は特に疲れてもいなかったのでお屋敷の中を見て回る事にした。


 大きいのに細部まで手入れの行き届いた正面の庭。太陽の光に照らされ、キラキラ輝く噴水の水。どこをとっても美しいお屋敷だ。

 そんなお屋敷に見惚れながら歩いていると、中庭のテーブルで何かを書いているエルアナさんが居た。何を書いているのか気になって見つめていると、目が合ってしまう。

 エルアナさんは何事もなかったように書く手を動かし始める。ここで話しかけなかったら、なんか嫌な奴みたいに思われそうなので、一応話しかけに行く。


 「こ、こんにちは〜…なにを書いてらっしゃるんですか?」

 「手紙ですわ。でも、何を書けば良いのかわからないのです。もしよろしければ手伝っていただけませんか?」

 「え?は、はい」


 僕なんかが手伝える事はあるだろうか。

 そう思いながらも、僕はエルアナさんの前に座る。目の前には「ヒルマ・エキナセア殿へ」とだけ書かれた手紙が置かれていた。本当に何も書けていないらしい。


 「エルアナさんはこの方に何を伝えないんですか?」

 「私の…伝えたい事…ですか」

 「はい。それがわからないと書けないですよ」

 「……私は何を書けば良いのでしょうね…。この方は私と結婚を約束した方なのです」


 ヒルマ・エキナセア。恐らく貴族の方なのだろう。しかし、将来の旦那さんなら書くことも多いはず。


 「あの…そんな方なら尚更書けるものでは?」

 「……これは、私との婚約を破棄する手紙なのです」

 「….え?」

 「私はこれから「洗脳」の討伐へ出ます。最悪の罪人はそう簡単に倒せるものではありません。五体満足で帰って来れたら良い方でしょう。ですから、私との婚約をなかった事にするのです」

 「そ、そんな事しなくても!帰って来れたら?もし帰って来れたら、一緒になるんじゃ…」

 「なぜ退路を用意するのです?」


 エルアナさんの目線が手紙から僕の目に移る。僕の奥まで貫くような強い視線に僕は思わず顔が引き攣る。


 「討伐に参加するのはこの都市の騎士だけではなく、元騎士の方や民間人の方もいます。その方々にも家族が、愛すべき人がいます。その方達は死ぬ覚悟をお持ちです。そんな中で私だけ帰る場所を用意しておくのは…卑怯ではないですか?」

 「それは………」


 エルアナさんの言っている事は最もだ。覚悟を決めた決戦なのだ。それが戦いなのだ。

 僕は死ぬような思いをした。「銀世界のシルヴァト」。あの戦いは本当に奇跡だったのだ。こうして僕が生きていられるのも。旅ができているのも。仲間がまだいるのも奇跡なんだ。

 これから起ころうとしている戦いに、不安と恐怖が僕の足を掴んだ。


 ○ ○ ○


 結局僕はなんの手伝いもできず、エルアナさんは手紙を書き終えてしまった。あの手紙をヒルマさんに渡してしまって良いのだろうか。止めるつもりは全くない。それは覚悟を決めた騎士に対して失礼だ。それでも……。

 僕はどこか腑に落ちない気持ちになりながら、セティヌスをぷらぷらと歩いていた。特に何か用事がある訳ではない。ただ、この都市を見ておきたかった。


 アクセサリーを売る店、その店の前で立ち止まる1人の女性。その隣で一緒に立ち止まる男性。女性がアクセサリーを少し眺めた後、そのまま歩き出そうとする。それを男性が引き止め、店員に代金を渡してアクセサリーを買う。そのアクセサリーを女性へとプレゼントする。

 女性のぱぁっと晴れる顔。その顔を見て照れながらも嬉しがる男性の顔。そんな微笑ましい2人の顔を見ていると、エルアナさんとヒルマさんのことを思い出す。

 心の奥にしまおうとしたモヤモヤが再び顔を覗かせる。


 複雑な気持ちでぼーっとアクセサリー店を眺めていると、突然体に衝撃が走る。

 体が後ろによろめき、倒れそうになる。が、倒れる前に手を引かれ、倒れる前に体が支えられる。


 「あ、ありがとうございます」

 「いいや、謝るのはこちらの方さ。ついよそ見をしてしまってぶつかってしまった。怪我はないかい?」


 僕を支えてくれたのは金髪の静かめな青年だった。年齢は僕より少し歳上、16歳くらいだろうか。

 彼は謝罪した後に、自らの名を名乗り始めた。


 「私の名前はヒルマ・エキナセア。何かお詫びさせてくれないか?」

 「え?ヒルマさん?」

 「?」


 ○ ○ ○


 「そうか。君は彼女と「洗脳」の討伐に向かうんだね…。君…何歳?」

 「10歳です。でも、1人じゃないですから」

 「それでも凄いさ。僕は……討伐隊には行けないよ」


 ヒルマさんにどうしてもお詫びをさせて欲しいと言われ、僕はヒルマさんと喫茶店に来ていた。ケーキとミルクティーを奢ってもらった。


 ヒルマさんに簡単な自己紹介と討伐隊の話をした。ヒルマさんはなんだか複雑な顔をしていた。僕は我慢できず、ついに口に出してしまう。


 「あ、あの!エルアナさんとの婚約…」

 「彼女は破棄したい。かな?」

 「……知ってたんですか?」

 「そうだろうなと思ったんだ。彼女は騎士道を重んじる。彼女が覚悟を決めたのなら私はそれを見届けるまでさ」

 「な、なんで…」


 僕が言う前にヒルマさんは手で僕の発言を止める。


 「覚悟…さ。彼女の覚悟を見届ける。信じて待つのが私の覚悟さ。たとえ彼女と結ばれなくても、彼女が生きているならそれで良いのさ」

 「…それで良いんですか!?お互いに思い合ってるんじゃないんですか?なら…!」

 「君もわかってるんじゃないか?」


 その言葉に僕の言葉は出て来なくなる。


 「これは覚悟を決めた同士の話なんだ。君も覚悟を決めて戦うんだろ?私は……戦いに行けない軟弱者なんだ。男の癖して怖いんだ。彼女の勇敢さにはいつも惚れ惚れするよ。私にできる事は…それを止めない事さ」


 僕は何も言えなかった。互いに覚悟を決めている。それに、これは2人の問題だ。部外者がいくら言おうが2人が決める事なんだ。


 僕はティーカップに口をつける。ミルクでまろやかになった苦味。ミルクティーには僕の複雑な顔が映し出されていた。


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