第21話 あなた、ぶった斬りますわよ!
ヘルエア島を抜け、僕たちを乗せた馬車はアルカナ大陸へと降り立っていた。
景色は海から草原へと移り変わっていた。寝てしまった僕はいたから草原に変わったのかわからない。
更に4時間ほど馬車は街道を真っ直ぐ駆け抜ける。すると、地平線から建築物が顔を出す。まず見えたのは教会の大聖堂らしき建物。それから都市を囲むように建てられている壁が都市の姿を隠す。
大都市セティヌス。
複数の村が合併して出来た大きな都市。この都市を抜けた先にアマルダ海に続く街道がある。つまり、仙船に向かうためにはこの都市を避けては通れない。
窓から顔を出すと、草と土のなんとも言えない匂いが風といっしょに顔を吹き付ける。そして、大きな門が姿を現す。なんとも大きく、厳重な門だ。軍人のような人が何人も見張っている。それに、僕達と同じような馬車が何台も止まり、列をなしている。何かあったのだろうか。
僕達の馬車も列の後ろに並び、門の検査を待つ。しかし、列は一向に動き出す気配がない。僕達は馬車の中でみんなと話しながら過ごしていた。何気なく会話が始まり、盛り上がり、そして落ち着いて静かになる。また誰かが話し始め、盛り上がり、終わりを迎える。そんな居心地の良い会話をいくら繰り広げても列は動かなかった。
結局、僕達がセティヌスに入れたのはそれから5時間ほど経った頃だった。
○ ○ ○
「な、長ぇ〜…。入るだけでなんであんなに時間がかかんだよ……」
僕達は門の警備を抜け、宿屋のロビーでくつろいでいた。ロビーのソファは僕の体と疲れを沈める。目を閉じて、ふぅーっと息を天井に向けて吐く。
疲労困憊の中、愚痴が溢れたのはジンだった。しかし、僕達も全く同じ意見だ。なっっっがい!とにかく長かった。
とにかく警備が厳重すぎる。王国ですらこんなに厳重な警備はしないだろう。それこそ「銀世界のシルヴァト」レベルの魔物でも襲撃に来ないと不自然だ。
街中を馬車で通る時も、この都市の住人は何かに怯えたような目をしている。外から来る人に、警戒の目を向けている。
人々が…いや、この都市全体が何かに怯えている。
「とりあえず、この都市で食糧や物資を揃えてアマルダ海へと向かいましょう。アスの治療が最優先ですからね」
「そうですね。アマルダ海までは海を沿った街道を行くんですよね?えっと…名前なんて言ったんでしたっけ?」
僕は天井を見上げながらクミさんへ問いかけた。視線には見慣れない天井が映っている。ぐったりとソファに腰掛けていた。
当然、僕の問いに答えるのはクミさんであり、クミさんの声が聞こえてくるはずだ。
しかし、実際に聞こえてきたのは違う女性の声だった。
「メルヴィル街道ですわ。でも、そこを通るのは無理になってしまいましたわ」
聞きなれない声に驚き、僕は姿勢を改める。体を起こした先には、お嬢様風の女性と執事のような老人が立っていた。
「あなた達ね。お父様が探していた元メシア騎士団のお二人は」
水色の髪をしたお嬢様のような女性は、お嬢様らしからぬ服装だった。髪と同じ色のジャケットに白いシャツと黒のピタッとしたスラックス。胸元には宿屋の照明を反射して光る宝石の埋め込まれたペンダントが目に入る。
男性のような服装。アニーナに似た服装だ。
老人の方は、執事を絵に描いたら、そうなるだろうなっと言う服装をしている。灰色のベストにスラックス。肩に白いコートをかけており、丸眼鏡がより一層大人っぽさを演出している。
突然の事に僕達は驚きを隠せない。クミさんとボーガスさんは老人の顔を見て驚いたような顔をしている。顔見知りだろうか。
状況が読めず、僕はお嬢様に話しかける。
「あ、あの…どちら様で…」
「貴方には話しかけていませんわ。ぶった斬りますわよ」
「ぶっ!ぶった斬る!?酷い!」
突然の暴言とお嬢様からそんな汚い言葉が飛び出るなんてっと言う2つの驚きを隠せない。
状況を見かねた執事らしき老人が会話を遮る。
「失礼致しました。こちらはカモミール家次期当主であられるエルアナ・カモミールお嬢様です。私はカモミール家に執事として仕えさせてもらっています。ヴァロニス・アンストースと申します。クミ・ヴィバール様、ボーガス・ダイヤス様。お久しぶりでございます」
ヴァロニスさんは華麗に挨拶した後、僕達に深々と美しい礼をしてみせる。
やはり、クミさんとボーガスさんは知り合いだったらしい。それよりも、アンストースという名前…。
それと、メルヴィル街道は通れないとはどういう事なのか。気になる部分が多すぎる。
「あなた方にお話がございますの。私のお屋敷に…」
「お待ち下さいお嬢様。もう日も沈みました。それにクミ様御一行も長旅でお疲れの様子です。明日のお昼頃にお迎えにあがります。宜しいでしょうか?」
エルアナさんとは違い、やはり大人らしい対応でヴァロニスさんは予定を決めている。
とても優秀そうな執事。でも、僕はそんな姿の中に恐ろしい何かを感じ取っていた。いや、多分香薬やアニーナ、ジンも感じ取っているはずだ。
ただの年老いた執事じゃない。この底知れない威圧感はなんなんだろうか。ただ話しているだけなのに全く隙がない。相手は剣なんか持っていないのに、今斬りかかろうものなら体を真っ二つにされそうだ。
そんな妄想をしてしまうほど、目の前の執事はこの場で…いや、僕が見てきた相手の中で群を抜いた強さを持っている。そう直感させた。
明日のお昼に会いにくると言い残し2人は去っていった。まるで嵐のように突然現れ、突然罵倒され、突然去っていた2人。もう何が何だか。僕の疲れはより一層強まった気がした。
○ ○ ○
昨日の約束通り、12時ぴったりに姿を現したのは執事のヴァロニスさん。宿屋の前にいかにも貴族が乗りそうな豪華絢爛な馬車が乗り付けられている。心なしか馬の毛並みも艶やかだ。
それと見慣れない金髪で顎髭の生えた青年だった。
「皆様お迎えに上がりました。お屋敷で旦那様とお嬢様がお待ちです。どうぞ馬車へお乗りくださいませ」
ヴァロニスさんは昨日同様に美しい礼を披露する。その後ろから見慣れない青年が前に出て自己紹介をする。
「あなた方がクミ様御一行ですか!ボクはエルアナお嬢様の護衛をしているグリクス・アルバスです。どうぞお見知り置きを」
グリクスさんはヴァロニスさんと同様華麗な礼を披露し、僕達に友好的な姿勢を示す。お宅のお嬢様とは大きな違いだ。いや、お嬢様だからぶった斬るのかもしれない。
僕は若干の不安を抱えて馬車に乗り込んだ。
馬車の中は揺れが少なく、ソファもふっかふかで宿屋よりも居心地が良く感じた。
そんな馬車を堪能していると、いつの間にかカモミール邸に着いていた。
左右対称の美しい庭。広大な敷地にそびえ立つ立派な屋敷。思っていたよりもちゃんとしたお家らしい。
馬車を降りて屋敷の中へと招かれるがまま僕達はカモミール邸へと入って行く。
絵画や豪華な花瓶が連なる廊下の先。大きな扉が開かれ、椅子に座っていたのは昨日ぶった斬られそうになったエルアナお嬢さんと風格のある白髪の当主だった。
「おお…来てくれたかクミ・ヴィバール。わしはカモミール家現当主ナバロウ・カモミールだ。まぁ座ってくれ」
そう言われ僕達は長机を挟んで座る。扉が閉められ、部屋には重い沈黙が訪れる。
ヴァロニスさんとグリクスさんが席についた所でナバロウさんが低い声で話し出す。
「まず、突然の呼び出しに応じてくれて感謝する。君達の活躍は聞いている。迷宮都市ヴァステロで最後の大魔族「銀世界のシルヴァト」の討伐。やはり元メシア騎士団の名は伊達ではないと言うことだろう」
ナバロウさんはクミさんとボーガスさんに目線を送った後、一度目を瞑ってピンと立てられた口髭を人差し指と親指で整えながら話し出す。
「さて…そんな君たちにわしから…いや、この都市から頼み事がある」
ナバロウさんは立ち上がり、僕達に熱い視線を送りながら頼み事を口にする。
「この都市を救ってはくれないだろうか」
『っ!?』
僕はその言葉に驚いたと同時に納得した。昨日から感じていた違和感。何かに怯えている市民、厳重すぎる警備。その答えはこの都に迫っている脅威だった。
この場の空気が変わったところで、クミさんが詳細を聞くために口を開く。
「詳しくお聞かせ願えますか?」
「ああ、勿論だ。……諸君はメルヴィル街道に行きたいらしいな」
「え、ええ。アマルダ海へ行くためにはメルヴィル街道は避けては通れないので…」
「現在。メルヴィル街道へ行くことは出来ない。…メルヴィル街道に「星座の夜鯨」が居座っているからだ」
「星座の夜鯨ですか……。なぜそんな所に?」
クミさんは「星座の夜鯨」という単語に聞き覚えはあるらしい。けど、僕にとっては何もわからない。鯨?普通の街道に?海じゃなくて?
僕の反応を見たのか、ヴァロニスさんが補足を優しく教えてくれる。
「「星座の夜鯨」は巨大な魔物です。普段はアマルダ海に生息し、人間と出会うことは殆どありません。しかし……2週間前から街道に現れ、旅人や行商人を襲っているのです」
「な、なんで急に現れたんですか?」
僕の問いにヴァロニスさんは口をつぐむ。何か言えない理由があるのだろうか。いや、言いたくないのか。
ヴァロニスさんの代わりにナバロウさんが話を続ける。
「それが君達に協力を求めた理由だ。…………この都市は…最悪の罪人洗脳の罪に脅されているのだ」
僕達の道を塞いだのは底知れない恐怖だった。この頃の僕はまたなんとかなる。そんな事を考えていた。




