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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第一章 ヘルエア島の少年編
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第20話 故郷に別れを

 1週間後。

 仙船(せんせん)に向けて旅立つ日が訪れた。

 柔らかい純白のベットから体を起こし、カーテンを開ける。優しい日差し流れ込み、僕ごと部屋を照らす。

 身だしなみを整えてから僕は一階にある食堂へと向かう。

 食堂には既にクミさんとボーガスさん、ジン、アニーナ。そして…香薬さんが居た。


 「おはようノアくん!よく眠れた?」

 「…なんで居るんですか?」

 「冷たい反応だね。でも!私は気にしないから!」

 「答えになってないですよ……」


 僕が席につくと待ってましたと言わんばかりにウエイターが朝食を運んでくる。

 パン、スクランブルエッグ、サラダに果物の盛り合わせ。豪華な朝食がテーブルに並べられる。


 「す、すごい豪華ですね?」

 「ええ。この街の皆さんが少しでも感謝したいと…。折角ですからいただいていきましょう」


 どうやら、今日旅立つ事を知って豪華にしてくれたらしい。

 メンバーが揃い、豪華な朝食が始まる。


 食べ始めて数分経った頃、徐にクミさんが口を開く。


 「食べながらで結構なので聞いてください」


 その言葉に、皆んなは食べる手はそのままに、視線だけをクミさんへと向ける。


 「私とノアは、重傷を負って眠っているアスを治療する為、アマルダ海上空に居ると思われる仙船 大千郷(だいせんきょう)に向かいます。ここに居る人達は、私達の旅についてきてくれると言う事で良いですか?」


 クミさんは改めてこれからの旅の目的と確認を行う。目指すものが違えば、旅先で決別…なんて事もあるかも知れない。

 穏やかな朝食に一瞬寒気が走る。しかし、その寒気はほんの一瞬で、すぐに穏やかさを取り戻す。


 「ワシとジンはクミについて行くと決まっている。ワシらはお前さんの仲間じゃ」

 「師匠の言う通りだ。俺もついて行く!」


 ボーガスさんとジンはクミさんに熱い視線を送る。それを受け取ったのか、クミさんも小さく頷いて返す。


 「僕もクミとノアについて行くよ。チャックマンが見れなかった景色を僕が代わりに見に行くんだ。僕は…冒険者だからね」


 アニーナもクミさんを一目見て、その後に僕にも視線を送る。目が合っただけだが、僕はアニーナの強い意図を汲み取った。


 「私はノアくんについて行く!ノ・ア・く・ん・に!ついて行く」


 香薬さんも…一応ついてきてくれるらしい…。

 とりあえず、全員の目的が一致したところで改めて、これからの旅路を祈って乾杯をした。

 これからはこのメンバーが仲間であり、家族のような関係になる。

 僕は、それがなんだか嬉しかった。


 皆んなで豪華な朝食に舌鼓を打った後、僕達は宿屋を後にした。

 

 宿屋を出た僕達は病院にアスを迎えに行く。

 用意しておいた馬車にアスを運び、馬車内にあるベッドに寝かせる。


 「アス…もうちょっと待っててね。僕達が絶対に起こしてあげるから…」

 

 届かない言葉をかけ、アスに優しく布団をかける。

 まるでまだ寝ている寝坊助のような寝顔。しかし、アスが起きる事はない。仙船で治療しなければ、アスの傷は癒せない。

 僕達は馬車に乗り込み、迷宮都市カルスを旅立った。


 ○ ○ ○


 馬車に揺られ、3時間ほど経った頃。僕達は海に架けられた大橋へと来ていた。


 ヘルエア島とアルカナ大陸を繋ぐ大橋。海峡の間には海を縄張りにする魔物が多く潜み、船で渡る事は不可能。その為、大陸に渡るにはこの大橋を渡ることになる。


 地図で何度か見ていたが、実際に見ると果てしなく続いているのではないかと思うほどの長さだ。その橋を商人や冒険者が渡り歩く。大きな馬車に荷物をこれでもかと積み、海の上を渡る。その光景は新鮮そのものだった。


 僕達の馬車は貴族が乗るような高級な馬車では無いが、それなりに良いものになっている。中は広く、アスを寝かせても皆んなが乗る余裕がある。

 馬車の窓から僕は大きな橋を眺める。

 ここを渡れば…僕は故郷と別れることになる。


 「ノア、持ち物検査があるので降りてくださ…ノア?大丈夫ですか?」


 橋を眺めてぼーっとしている僕を心配そうにクミさんは声をかける。


 「え?あ、ああ。はい今降ります」

 「…初めて知らない大地に行くことが不安ですか?」

 「い、いえ。不安……って言うよりは、よくわからない…ですかね。知らない大地に降り立つ感覚がわからないです」

 「そうですよね。知らなくて当然です。ヘルエア島どころか、エデル村すら出たことがなかったんですから。ここまで旅をしてみてどうでしたか?」

 

 馬車を降りると、僕の小さな体に潮風が吹きつける。僕は突然の強風に一瞬目を細める。ゆっくり目を開けると、太陽の光を反射して宝石のようにキラキラ輝いている海が目に飛び込んできた。空と海の境目は青く交わっている。


 「楽しかった……です。」


 勿論辛い事もあった。修行、親友との別れ、救えなかった人、犠牲になった冒険者……。

 でも、仲間と出会えた。美味しい食べ物も知れた。いろんな人を知った。何より、この美しい世界を知れた。

 クミさんと出会って約8ヶ月。既に僕は色んなものを知れている。そして、これからも知っていく。


 僕はクミさんの方に向き直る。白い髪が潮風に撫でられて海みたいに輝いて見える。


 この人と出逢ってなかったら…僕は未だにあの薄暗い小屋で1人寂しく暮らしていたのだろうか。


 「ここまでの旅は楽しかったです!」

 「ふふふっ…そうですか…。それはよかったです」

 

 そんな話をしていると、ジンが持ち物検査が終わったと叫びながら手を振る。僕とクミさんは手を振って返事し、馬車へと戻る。


 お兄ちゃん。行ってきます。


 そして、必ずお兄ちゃんの仇を取る。


 そう心の中で呟いてから僕は馬車へと乗り込んだ。


 流れる景色を眺めていると、僕はいつの間にか寝てしまっていた。


 ○ ○ ○


 ここはアルカナ大陸の北西部。雪が降り積もり、辺り一面の大地は凍てついく凍土で覆われている。

 草木が茂ることはなく、太陽すらまともに差し込まない極寒の大地。


 その地の名を「テーラ王国」と言う。


 テーラ王国王都に位置する第一軍事基地の会議室。元々教会の大聖堂だった場所を会議室に改造している為、天井が高く壁や天井に神の絵や偶像が飾られている。

 広い聖堂だったため会議室の空気は常に冷え切っている。

 会議室に集められたのは、テーラ王国が誇る最強の軍隊「サターナ軍」。その中でも魔物の血に適応し、「魔人」の力を手にした10人の軍人「直命実行官(じきめいじっこうかん)」。その全員に集合がかけられて居た。


 集合時間を過ぎてもなお、会議室の席に座っているのは6人だけだった。

 冷え切った空気を断ち切るかの如く、1人の実行官の呟きが天井の高い会議室に響く。


 「あのさぁ、オレが苦労して「銀世界のシルヴァト」を回収して来てやったのにさぁ〜!なんで全員集まってないわけ?オレを褒め称えるべきだろ?」


 机に脚を置いて太々しく呟くのは、第6直命実行官「皇帝」のロキ・リサエル・カリバー。独り言にしては些か声が大き過ぎるが、彼の言っていることは間違っていない。5年前からシルヴァトの死体を、女王は欲していた。その願いをようやく叶えたのが彼なのだ。

 しかし、帰ってきた声は彼の望むものではなかった。


 「口を慎みたまえロキ」

 「…はぁ〜?」


 態度の大きいロキを注意したのは、第9直命実行官「執事」のロズハルト・ケープ。直命実行官の中では最年長であり、女王に一番長く尽くして来た人物。

 還暦を過ぎた老兵だが、その実力は底知れないものがある。


 「確かに女王陛下の願いの一つを叶えたのは貴様だ。しかし、謙虚に振る舞ってこその実行官ではないのか」

 「ふんっ。アンタのクソ騎士道は古臭いんだよ。何が謙虚だよ」


 ロキはロズハルトに向かって吐き捨てるように侮辱を投げかける。会議室に鋭い緊張が走る。

 静まる会議室にもう1人の実行官が静かに口を開いた。

 

 「ロキ。ロズハルトへの侮辱を撤回したまえ。君の功績を加味しても、今の発言は失礼に値する」

 「次は君かい?アルレーノ…。師匠の侮辱は許せないって?」


 静かな怒りを含んだ態度を見せたのは第4直命実行官「侍女」のアルレーノ・タルカポネ。彼女はロズハルトに戦闘技術を学んでいたため、ロキは「師匠」と言う表現をした。


 会議室の空気は更に冷え込む。互いに睨み合う中、会議室の扉が開かれる。

 

 その瞬間、実行官全員が口を閉じて姿勢を改める。

 ロキですら頑なに下さなかった脚を下ろし、座り直す。


 部屋に遅れて入って来たのは第1直命実行官「医師」だった。

 10人の実行官の頂点であり謎多き人物。いや、人間なのかどうかも怪しいほどだ。名前は愚か性別、素顔、いつから軍に所属しているのかもわからない。


 見た目は肌の露出を許さない厚着。コートの上から更に外套を羽織っている。顔はペストマスクで覆われており、シルクハットを深く被っている。全身黒ずくめの何か。

 わかっているのは「医師」と言う称号を持っている事と、女王からの絶対的な信頼を受けていると言うことのみ。

 

 「まだ全員集まっていないぞ「医師」。それともこれで全員か?」


 奥の席に座る初老の男が「医師」に問いかける。男は第3直命実行官「領主」のバーク・エクマティアス。

 彼の問いかけに「医師」は歩きながら答える。


 「これで全員だ。「騎士」と「勇者」は中央帝国に潜伏中。「教祖」は仙船へと向かった。何やらやりたいことがあるらしい」

 「やっぱり「教祖」様は自由な方ですね〜。ロキちゃんとおんなじくら〜い」

 「オレとあんなサイコ詐欺師を一緒にしないでくれよ慈愛(じう)ちゃん。あいつの方がいかれてるさ」


 泡衣慈雨(あわいじう)は第7直命実行官代理の「舞妓」。彼女は魔人の力を有してはいない。第7実行官の座は「銀世界のシルヴァト」の力と決められていた為、彼女の存在はその埋め合わせだった。


 「遅れたが、これから定例会議を行う。まず、「皇帝」の功績により「銀世界のシルヴァト」の死体が手に入った。女王陛下も大変喜ばれていた」

 「それは良かったです。で?」

 

 ロキは「医師」に目で訴えるようにする。まるで「わかっているだろ?」と言っているように。


 「わかっている。君の望んでいたものは用意しよう」

 「まっ、オレはこれで満足かな」

 「これで終わり…と言うわけじゃないんだろ?「医師」。彼の説明がまだだ」


 アルレーノがそう言うと、その場の全員の視線が1人の男に集められる。会議室の下座に静かに座る男。

 

 「ああ。彼は第10直命実行官だ」

 「ほう…彼が…?見るからに軍人は愚か戦闘経験すら無さそうですが?」


 新たな直命実行官。本来なら魔王直属の部下「ヴァルヴァトス第七幹部」の7体になぞらえて直命実行官も7人の筈だった。

 しかし、テーラ王国の勢力拡大に合わせて10人にまで増員されたのだ。

 そして、彼が最後の直命実行官。

 サターナ軍に兵役してから2ヶ月で実行官にまでのし上がった怪物。

 元は、森の中に住む 父親 だった男。


 「お前に第10直命実行官「神父」の称号を授ける。トヒーイ。女王陛下に忠誠を」


 優しい「父親」は世界を敵に回す「神父」へと堕ちていた。


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