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魔王と勇者が死んだ後、俺が世界の主になる  作者: 我妻 ベルリ
第一章 ヘルエア島の少年編
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第18話 傷を治す

 銀世界のシルヴァトとの戦闘を終えてから一か月が経った。

 人類初の「永久(とこしえ)のエルダ」攻略に世界中から注目を浴びたが、既にその噂は小さくなり始めている。


 僕の傷はほとんど治り、自由に動ける様になっていた。まだ体には包帯が巻かれているが、その数も徐々に減り始めている。

 長い間をベットの上で過ごしていたため、少し歩き方がぎこちない。覚束(おぼつか)ない足取りで僕はある病室に向かう。ここ数日、毎日訪れている。

 病室の前に着き、小さな花束を左手に持ち替えて右手で扉を軽く叩く。

 返事はない。それでも僕はドアノブに手をかける。


 「………」


 静かな病室。アスは白いベットの上に眠る。

 僕は花束を花瓶に移し、窓を開ける。陽の光と優しい風が入り込み、籠った病室の空気を追い出す。カーテンがふわりと揺れ、僕はベットの側にある椅子に腰掛ける。


 アスはまだ目覚めてない。傷口は塞がっているが、完全に癒えている訳ではないらしい。

 シルヴァトに腹を貫かれ、一命は取り留めたものの、既に一ヶ月が経っている。

 つまり、この迷宮都市カルスにはアスを治せる医者、治療魔法使いは居ないと言うこと。

 アスは生きてはいるが、目を覚ますことはない。


 アスは静かに寝ている。青い髪が風で揺れる。

 まるでただ昼寝をしているだけに見える。でも、腹部に巻かれた包帯、腕に繋がれた注射針、薬液が流れる管を見ると昼寝なんて表現が間違いだと突きつけられる。

 僕は何をするでもなくアスを見つめていた。すると、不意に病室の扉が開き、心臓が少し跳ねる。


 「おや?ノア坊主じゃないか」

 「こんにちは、ボーガスさん。お見舞いに来てくれたんですか?」

 「ああ。わしが居ながらこの子に致命傷を開けさせてしまった。不甲斐ないばかりじゃ…」

 「そんな!あの戦いで僕達みたいな子供が生きて帰ってきた事が奇跡なんです。ボーガスが居なかった僕達も死んでますし、そんな風に考えないでください」

 「そう言って貰えるとありがたいのぉ…」


 ボーガスさんと改めてあの時の戦いを話した後、2人で病室を出る。

 アスに対して何も出来ない無力さを抱えて、僕は右手で扉を閉める。


 ○ ○ ○


 ボーガスさんと別れた後、僕は慎重に、静かに自分の泊まっている宿屋に向かう。

 表通りを避け、裏路地を通る。見つからない様に、追いつかれない様に歩く。

 なるべく足音も立たず、息を潜める。

 この通りを右に曲がれば…!


 「ノアくん?なんでそんなコソコソして宿屋に帰るの?」

 「ひっ!?香薬(かやく)さん……こ、こんにちは…あはは…」


 バレた。

 待っていたと言わんばかりに角で僕と鉢合わせた香薬さんは、笑顔だ。僕はこんなに嬉しそうじゃない笑顔を見るのは初めてかもしれない。


 「はい、こんにちは。で?なんでコソコソしてたの?」


 汗が滝の様に溢れ出す。

 あれ?寒いのに汗が止まらない。


 「えぇっと…この行き方の方が近道なんです!」

 「表の大通りなら真っ直ぐ行って曲がるだけです。わざわざ入り組んだ裏路地に入って来た方が近道…ですか」


 僕に逃げ道はないみたいだ…。


 「誰から逃げてたんですか?…もしかして、私?」

 「い、いえ!そ、そんな事は……えへへ」

 「なら!私と一緒に帰り」

 「待ちな。そこを退け香薬」


 突然背後から吠える様な声が聞こえる。

 振り返ると、サノスさんが居た。怖い顔をしてると思ったけど、今の僕には勇者の様に見えた。


 「…何か用?」

 「おめぇにじゃねぇよ。そこのノアとか言うガキに用があんだよ」

 「え?僕?」


 不意に僕の名前が出てきたので変な声が漏れる。


 「はっ、こんなガキに助けられるとはなぁ…。俺も堕ちたもんだぜ。まぁ香薬もこのガキに()()()()っぽいがな」


 その言葉に反応する様に香薬さんの顔が赤くなる。

 話の内容を理解できていない僕をサノスさんは笑う。


 「まぁいい。ちょっと(ツラ)貸せよ」

 「え?」




 そして連れてこられたのは、ギルドの横にある酒場。ちょうど一ヶ月前にここでアニーナと…チャックマンと出会った。

 頼んだ飲み物が届き、サノスさんと香薬さん僕。と言う不思議なメンバーでテーブルを囲む。

 サノスさんは樽ジョッキを持ち上げ、半分くらいを一気に流し込む。

 だん!と雑にジョッキをテーブルに叩きつけると、ようやく話し始めた。


 「はぁ〜…で?お前はなにもんなんだ?」

 「え?」

 「『え?』じゃねぇよ。あんな動きができるガキはいねぇ。何か特殊な訓練か、誰かに体を乗っ取られたくらいしか考えられねぇ。シルヴァトを追い込んだ力はどこで身につけた。いや、どっから来たんだ?」


 恐らく僕が気を失ってからの話。

 皆んなが言っていた。急に立ち上がり、シルヴァトを圧倒し始めたって。

 でも、僕にそんな記憶はないし、技術もない。


 「他の人にも言ってますけど、僕はそんな記憶はないし、技術もありません」

 「なら、誰に乗っ取られた」

 「乗っ取られた…のかもしれませんね」

 

 僕は半分ふざけて言葉を返す。


 「真面目に答えやがれ」

 「真面目ですよ。とりあえず今は乗っ取られてもないですし、僕は戦力になりませんよ」

 「……そうか」


 嘘じゃないと理解したのか、あっさりと引き下がる。

 サノスさんはポケットから一本の紙煙草とマッチを取り出し、火をつけて煙を吸い込む。

 吐き出した煙がこちらに流れる。それを防ぐように香薬さんの左手が僕の鼻と口を押さえる。


 「ちょっと。ノアくんに煙吸わせないで。貴方みたいに狂ってほしくないから」

 「あぁ?なら息止めてな。まぁ…これで吸うのも最後だ」

 「え?やめるの?」


 驚くような反応にサノスは静かに「ああ」と答える。

 香薬さんの手の隙間から煙が香る。普通の匂いじゃない。これは…。


 「臭いです」

 「!ノアくんごめんね?吸っちゃった?」

 「ちょっと吸ったくらいじゃどうにもならねぇよ。まぁ長年吸ったらその限りじゃねぇけどな。これはなぁ魔楽(まらく)草の紙煙草だ」

 「魔楽草?」

 「薬物よ。吸ったら気が楽になる。副作用が凄いけどね。冒険者で吸ってる人も多いわ。一瞬でも現実を忘れられるからね」


 薬物。クミさんもこれだけはやるなって言っていた。一度やると依存してしまい、身を滅ぼすとか。

 つまり、このサノスと言う人は魔楽草の副作用がありながらも、ギルドのトッププレイヤーになったと言うこと…。


 「長年吸ってたがな…これが最後の一本だ」

 「それは…なんでですか?」

 「……てめぇを見たからだよ。こんなガキに負けてるようじゃ生きてるのが恥ずかしくなっちまった」


 ちょっと失礼な気もするけど、サノスさんなりにこの戦いを経て何かを得たらしい。


 「俺は鍛え直すために旅をする。またどこかで会うかもなガキ。そんときゃ俺に撃たれねぇようにしろよ?」

 「望むところですよ。僕も強くなってますから!」


 僕の事を鼻で笑った後、残りの酒をあおって煙草の火を押し消す。


 「それと…香薬をよろしく頼む」

 「え?サノス、それはどう言う…」

 「このガキと一緒に旅すんだろ?お前を育てたのは1人で生きていけるようにしたかったからだ。自由に生きな」


 そう言い残すと、机に小銭をジャラジャラと雑に置き、サノスは席を立つ。


 「じゃあなガキ♪お互いの旅♪行けば見つかる自分の才♪昨日の敵は今日の友♪次会う時は酒飲もう♪」


 変な歌?を歌った後、サノスは酒場を去って行った。


 「ええっと?今のは?」

 「ふふっ。彼なりの別れの挨拶だよ。………ありがとう…サノス」


 ○ ○ ○


 次の日、僕はバンロさんとフリンケルさんにお別れを言うためにギルドの前に来ていた。


 「いや〜帝国騎士様に途中まで送ってもらえるなんて!安心した旅が出来そうだ!なんて感謝したら良いか!」

 「いえ、私達がお礼をしたいだけなのでお気になさらないでください。バンロ・アンストース様。まさかアンストース家のお方とは知らず…」

 「いいんだよ!それに………家名は嫌いなんだ…あんたならわかるだろ?バンロで良いよ」

 「……承知いたしました」


 フリンケルさんはバンロさんに頭を下げている。側から見れば不思議な光景だ。帝国騎士団の団長が冒険者に頭を下げることなんて…。

 そんな事を考えていると、バンロさんが僕の事を見つけて、僕の名前を叫ぶ。


 「ん?お〜!ノアくんじゃないか!いや、ノアさんか?」

 「おや、これはノア・ファトリィブ様ではありませんか。どうしてこちらに?」

 「お別れを言いに来たんですよ。フリンケルさんとバンロさんに!」

 「おいおい!嬉しい事言ってくれるじゃねぇかよ〜!………改めてありがとうな。ノアくん」


 バンロさんはそう言うと、静かに手を差し出し握手を求める。

 それに応えるように僕もその手を握り返す。


 「君が居なきゃ今頃皆んな死んでた。本当にありがとう」

 「いえ、皆んなが居たから勝てたんです。だから、誰がじゃなくて皆んなで倒したんだ。僕はそう思います」

 「ははっ!本当に10歳かよ!」


 3人は笑い合う。僕は改めて生きている実感を感じた。


 「では、そろそろ行きましょうか。私からも改めてお礼を。ありがとうノア・ファトリィブ様。お兄様のよう…いや、お兄様以上の勇者に貴方はなれますよ」

 「…はい!ありがとうございます!」


 バンロさんとフリンケルさんが乗った馬車は街を出て、小さくなっていく。

 腕が千切れんばかりに手を振ってから僕は今日もアスのお見舞いに向かう。


 ○ ○ ○


 昨日と同じ病室の前。扉の前で花束を持ち替え、ドアノブに手をかける。

 今日の病室にはクミさんとボーガスさんが先にお見舞いに来ていた。


 「おお!ノア坊主!毎日えらいのぉ」

 「いえ、アスの目が覚めるまでやるって決めたんです。目が覚めるまで続けますよ」

 「……ノア。アスが目を覚ますことはありません」

 「………へ?」


 クミさんの言葉が部屋に、体の中で反響する。

 目覚めることが……ない?

 最悪な妄想が頭の中で生まれ、それを僕の我儘が殺す。


 「クミ!その言い方は誤解を生む!まったく……。ノア聞いておくれ。確かにこのままじゃアスは目覚めん。じゃが、方法がないわけじゃないんじゃ」

 「……本当ですか?」


 ボーガスさんは僕の両肩に手を置き、丁寧に説明してくれる。

 僕の考えた最悪は無いらしい。それだけで胸を撫で下ろすことができた。


 「ああ。ある場所に連れて行けばアスの傷も治せる」


 その場所は?

 僕がそう聞こうとした瞬間、クミさんがその答えを教えてくれる。


 「仙船(せんせん) 大千郷(だいせんきょう)。仙人が暮らす空を飛ぶ船です」


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