第16話 たった一撃
目の前に現れた魔法の壁。ジンが使う「天壁不動」と言う魔法と全く同じ壁が、シルヴァトの魔法を防ぐ。
そして、私はその声に聴き覚えがあった。
5年前、一緒に旅をした戦友の声。酒で喉が焼けた声。この声は…。
「遅くなったのぉ…ジン!」
「し、師匠!?なんでここに!」
「ボ、ボーガス!?あなた…なんで!」
目の前に現れたのは、ボーガス・ダイヤス。
私と共に旅をして、何度も修羅場を潜り抜けたあのボーガス・ダイヤス。
今回、迷宮に潜る事になった理由であるボーガス・ダイヤス。
それがさらっと現れた。
「さっきの大変動で閉じ込められてしまってのう。道は絶たれるは、罠は作動するは、魔物は押し寄せるはで大変だったんじゃよ〜。ぜーんぶ!ぶっ潰して壁をぶち抜いて来たわい!」
「はぁ…貴方って人は5年前から変わりませんね〜…。でも、最高です」
「おう!」
魔法の壁の向こうから、激しい殺気が辺りの空気を沈ませる。更に鉄の温度が上がり、部屋の中の温度が上がる。
「ボーガス・ダイヤス……次から次へと…。まぁ良い。ここで終わらそう」
「皆さん気を取り直して行きますよ!ボーガスが壁が消えた後、一気に叩き込みます!」
ボーガスの壁が消えた瞬間、クミとフリンケルが走り、アスがその後ろを追いかける。更に後ろからアニーナが弓矢を、サノスが銃を放つ。
「頭下げやがれ!鉄を吹き飛ばす!」
サノスの魔法銃が熱鉄に向かって二、三発撃ち込む。魔力で作られた弾丸が着弾と同時に破裂し、鉄が飛ばされる。
その隙を青い稲妻が駆け抜ける。
「白夜流!蒼き稲妻の轟!」
フリンケルは剣に青い雷を纏い、音を置き去りにする剣をシルヴァトに向かって放つ。
閃光を放つ一撃は鉄に防がれ、逆に熱鉄がフリンケルに向かって伸びる。
「くっ…!」
「たかが人間の騎士風情が…焼け死ね」
「フリンケル!刀神流 旋風刃!」
風の斬撃が伸びた鉄を切り裂き、シルヴァトに斬撃が降り注ぐ。シルヴァトはもう一度鉄で攻撃を仕掛けるも、それは叶わない。
「チッ!小賢しい!!」
「チャックマンの報いだ!お前は許さない!シルヴァト!!」
アニーナの矢がシルヴァトの肩に撃ち込まれる。矢尻には魔法がかけられており、刺さった瞬間にその箇所から炎が吹き始める。
それに続いてアスが剣を振り下ろす。
「水仙流!流水一閃!」
アスの剣は確実に傷を与えるが、浅い。
「小童が……」
「アスっ!」
シルヴァトの義手が剣に姿を変え、アスの首を捉える。紙一重でクミが防ぐも、2人諸共後方に吹き飛ばされてしまう。
フリンケルが連撃を仕掛けるも、更に勢いよく噴き出す熱鉄が周囲一体を飲み込む。
「くっ…!暑すぎる…。これじゃ近づけません」
「貴様ら…私もここまで感情が荒ぶったのは久しぶりよ。ここで全員骨も残らず焼き殺してくれる。八門 断罪・極刑の鋼鉄剣」
義手から伸びた剣が光りを放ち、剣は鉄が纏う。
これまで感じたことのない魔力の高まりに、クミとボーガスは危機感を隠せない。
「どうするんじゃクミ。あやつ5年前より強くないか?」
「ええ。五年前が本気じゃなかったらしいですよ」
「ふんっ。ふざけたこと抜かしおって!わしらがどんだけお前の片腕を落とすのに苦労したか!」
「師匠!どうするだよ!」
「どうするもなにもぶっ潰すしかないじゃろ!」
「はぁ〜、あなたは…。そんな事ができたらとっくに潰してますよ!クソジジイ」
「なんじゃと〜?ワシがクソジジイならお主は何なんじゃ!300歳のクソババアじゃ!」
「いい加減してください!ほら!来ますよ!」
クミとボーガスの口論を遮るように、アスがシルヴァトの方を指さす。高温の鉄が無数の雫となって降り注ぐ。
「天壁不動!」
「チッ…これを防ぐか…!」
「まぁ、やるしかないですよ」
シルヴァトの攻撃も容易く防ぎきる。先程の戦闘とは別物のようだ。
鉄壁の魔法壁、それだけじゃなく元メシア騎士団の2人がいる事が絶対的な安心感を抱かせていた。
「……私が一撃を叩き込みます。隙を作るの…お願いできますか?」
「5年前と同じじゃな?通じるのか?」
「信用できませんか?」
ボーガスだけじゃなく、他の全員にも問いかける。クミの目には決意と覚悟が燃え滾っていた。
確実に仕留められる。そう訴えかけていた。
「よし!乗った!ワシが護ってやる!一撃に賭けるんじゃ!」
「香薬さんはノアをお願いします!」
「わかった。できる限りの応急処置と命の補償をする」
「ふ〜……。行きます!」
クミの声を合図に一斉に駆け出す。
噴水のように湧き上がった熱鉄の波をジンとボーガスの壁が波を止める。
『天壁不動!!』
「クソ騎士!俺に合わせて斬り込めぇ!」
「指図するな!わかっている!」
発砲音が数発鳴り響き、鉄を貫きシルヴァトごと撃ち抜く。
「龍の発砲!」
更に魔力で強化された一発が、シルヴァトの体を撃ち抜く。
傷から血が飛び散り、シルヴァトの体制が崩れる。そこにフリンケルが飛び込み、バンロも続けて剣を振るう。
「白夜流 雷を纏う戦姫!」
「刀神流 二狼牙!」
「がはっ!」
立て続けに体を切り刻まれ、シルヴァトは膝から崩れ落ちる。その隙をクミは逃さない。
「水仙流 帝虎瀑布!」
「……っ!?クミ!避けろぉ!!」
渾身の一撃が振りかぶられた瞬間、ジンが吠えるように忠告する。
地面から熱鉄がまるで火山のように噴き出し、クミを飲み込みかける。ジンの咄嗟の判断でクミは壁に護られた。
「っ…。ありがとうございます」
「いや、これが俺の役割だしな」
「流石にうまく行きませんね…」
目の前で生き物のように蠢き、噴き出し、温度を上げる熱鉄。傷だらけになってもシルヴァトに致命傷を与えられていない。魔族は…腕が捥げようが、どれだけ撃ち抜かれようが、決定打を与えなければ倒れない。5年前も与えることのできなかった一撃を叩き込む。それしか方法が無い。
「もう一度………」
「あ、あの!オレ達も何かできませんか!?」
そう声を上げたのは、ノアと一緒に迷宮に潜り、先程まで後ろに下がっていた冒険者だった。
「あなたは…」
「オレはタリオ!さっきそのガキと一緒に潜ってきたんだ。この子はあんなに戦っておいて、大人のオレがここで指咥えて見てんのは違げぇ!」
ノアと一緒にここまで来た冒険者や騎士が協力を申し出て、それにつられるように続々と「自分も」と名乗りをあげた。
「君達の申し出は嬉しいが、先程言ったように君達は…」
「おい騎士。使えなくても盾くらいにはなるだろ」
「サノス…!貴様、人の命を!」
「そんな事言って勝てる奴か?今目の前にいるのは化け物だ。ボーガスってジジイの壁で今なんとかなってるが、戦況は変わんねぇ。こいつらを犠牲にしてでも決定打を与える。それしかねぇだろ」
サノスの言葉は残酷…しかし、現状を分析した判断でもあった。
既にチャックマンと言う犠牲者が出ている以上、この場に居る全員で帰ると言う目標は叶わない。しかし、これ以上犠牲を出すべきでもない。
クミ達が判断に困っていると、ボーガスの壁が打ち砕かれ、ガラスの割れたような音が響く。
「なっ!?おい!クミ!シルヴァトの奴、威力を増してきたぞ!」
「考えている暇はありません!私達だけでシルヴァトを討ちます!」
クミが剣を振りかぶり、駆け出す。しかし、それより速くシルヴァトは攻撃を繰り出していた。
「終わりだ…クミ・ヴィバール」
義手の剣が振り下ろされ、熱鉄の斬撃が無数に放たれる。周囲一体を溶かし、切り裂きながら燃え上がる熱鉄が容赦なくクミやその後ろの全員に降り注ぐ。
「ボーガス!ジン!」
「わかっとる!」
盾と斧が光を放ち、魔法の壁が現れる…が、すぐに溶かされボロボロと崩れ始める。
「くっ!クミ!長くは持たない!やれぇぇ!」
クミは斬撃を避けながら駆け抜ける。熱鉄の波と雨のような斬撃が襲いかかり、肩や脚、額を切り裂き、傷口を焼く。
「ぐっ…はぁあああ!」
「危ない!」
死角から飛んできた熱鉄の雫がクミに放たれる。それを庇うようにタリオが飛び出し、着弾する。
「がっはあああ!あぁづい!………っ!いけぇええ!」
肉が焼け、焦げる匂い。目の前で苦しみながらも必死にクミに行けと叫ぶタリオの姿。
そう。これは命のやり取り。半端な覚悟で命は守れない。
サノスとフリンケルが更に攻撃を加える。シルヴァトを守るように伸びた熱鉄を吹き飛ばし、隙が生まれる。シルヴァトが熱鉄をクミに放とうと、左腕をかざす。
しかし、その左腕は次の瞬間には地面に転がっていた。
「危ないっ!!」
アスが咄嗟に飛び込み、シルヴァトの腕を斬り落としていた。
シルヴァトは義手の剣でアスを串刺しにする。
目の前で血が飛び散り、肉が焦げる音と匂い。アスの体が放り投げられ、地面に転がったアスは動かない。一瞬の出来事に、クミはこれまで見せたことのない怒りを見せる。
「シルヴァトォ!!!」
「死ね!クミ・ヴィバール!」
クミの剣とシルヴァトの剣がぶつかり合い、激しい衝撃波が辺りに響き渡る。
激しく火花が散り、2本の剣が鎬を削り合う。
けたたましい金属音を放った後、クミの剣が弾かれる。
「なっ!?」
「終わりだ…これで!」
とどめを刺そうと剣を振り上げる。が、その剣に一本の矢が突き刺さる。
「お前を逃すわけないだろ…シルヴァト」
アニーナは涙を流しながら弓を引いていた。一緒に冒険してきた相棒を殺された弓矢はシルヴァトの動きを止める。
「一門 魔法弾」
懐から杖を抜き、魔法はシルヴァトの心臓を貫く。血が吹き出し、静かに後ろに倒れた。辺り一体にばら撒かれた銀は熱を失い、徐々に消えていく。
「ガハッ…ゴホッゴホ……。私は…敗けたのか…」
「ええ。基礎魔法に…しかも一撃で」
「ふふ……それは…滑稽だな………。ああ…これが…死か…」
静かに天井を見つめるシルヴァトにクミは杖を向ける。
血溜まりがクミの顔を映す。安堵…それに悔しさが混じった顔。ようやく終わった5年間の戦い。やっと目の前の魔物に引導をわたせる。
「人間が最も恐れる恐怖の根源…死。案外………心地の良いものなのだな…………」
「……………。お前は最後まで死を…恐怖を知ることはなかったんだな」
クミは5年間の戦いにピリオドを撃った。