第14話 私って強いの♡
チャックマンの一言。その言葉に込められた覚悟に僕達は気がついてしまう。
「死ぬ気………ですか?」
「………」
そう静かに問いただすクミさんに、チャックマンは背を向ける。
顔を見なくても理解できてしまう覚悟。僕は咄嗟にその覚悟を拒絶してしまう。
「な、なんで…。チャックマン!そんな…」
「ごめんなさいね…ノアちゃん」
それだけ伝えたチャックマンは…何かを詠唱し始める。
「我は契約を破り捨てる。如何なる罰も甘んじてこの身に受け入れよう。残りの者の安寧を祈ってここに契約を破り捨てん」
「!?これは……?」
チャックマンの詠唱が終わった後、体が回復し始める。正確には水銀の毒は感じるが、体に不思議と魔力が湧き、痛みが引く。
詠唱の内容からしてなんらかの契約破棄。魔法で結ばれた契約は、簡単に破棄できるものじゃない。大概の契約は、破れば自身に不利が働くからだ。魔力没収、運動能力の低下。場合によっては体の部位の欠損、寿命の没収、即死まであり得る。
とにかくチャックマンは何かしらの罰を受け入れた事になる。この場を…僕達を救い出す為の自己犠牲に他ならない。
「何をしたんですか!チャックマン!」
「…実はね。私…あなた達と契約を結んでたのよ。酒場で乾杯したのを覚えてるかしら?乾杯の挨拶に、詠唱を混ぜ込んで契約を結んだの。互いの安全を誓い合う契約をね」
酒場で乾杯……。確か1週間前にジンと出会って、皆んなで一緒に迷宮に潜る事を決めた日。
今思えば…確かに不思議な挨拶だった。あの時から契約を密かに結ばされていた…と言う事になる。
「「命綱」。誰かが命の危機に陥っても、皆んなの力を分け与えて命を保てる契約。私が迷宮に潜っても、ノアちゃんと離れても平気だったのは、この契約のお陰で簡単には死なないってわかってたからなのよ」
契約の説明を終えると、チャックマンはゆっくり振り返る。その顔は…寂しさと申し訳なさが入り混じったような顔だった。
横たわったままの僕達を見つめた後…静かに説明の続きをする。
「そして…契約を破棄すると、私には罰が。あなた達には褒賞が与えられるの。私は魔力没収に一時的な身体の麻痺。あなた達には魔力と傷の回復。この場であなた達を回復させる事が必要不可欠だと判断した。だからやったのよ」
「そんな…それじゃあまるで!」
「生け贄…かしら?それで良いのよ。あなた達があの銀野郎を倒して、英雄になるの。でも、その英雄のメンバーに私は要らないわ」
チャックマンの覚悟。自分を犠牲にしてでも、僕達を治す。それを止めたくても、この体はまだ水銀に蝕まれている。
僕は叫ぶように言葉で止めようとする。声は震え、聞こえてくる僕の声は、なぜか自分が泣きそうになっている事に気がつく。
「じゃあせめて!ここから逃げれば…!」
「ノアちゃん……仲間見捨てて、明日から胸張って生きてけんのかぁ!!」
チャックマンの野太い声が迷宮に響き渡る。この人の覚悟は止められない。いや、これ以上止めることは…チャックマンへの侮辱になってしまう。
「じゃあねノアちゃん。アニーナちゃんも………こんな私と一緒に冒険してくれて、ありがとう。楽しかったわ!」
最後の言葉を口にした後、チャックマンはまた振り向き、シルヴァトと対面する。
丁度鎖の拘束が崩壊し、シルヴァトがチャックマンを見つめる。
「人間はやはり理解できん。私を恐れず、自ら犠牲になって勝てもしない私に立ち向かう。愚かで無意味な死だな。お前のような男の自己犠牲を何度も見て来たが、お前らの死になんの価値もない」
「あら?あなたに2つ、間違いを教えてあげるわ。一つ。私の犠牲でノアちゃん達が助かる。あなたを殺すのは後ろにいるこの子達よ。侮られちゃ困るわ…」
チャックマンは上着を脱ぎ捨て、上裸になる。ピンクの上着を脱ぎ捨てた事で、鍛え上げられた肉体が露わになる。
「そして一つ。…………私は立派なオンナよぉお!」
…………ん?
僕達も一瞬思考が停止する。なんか…触れちゃいけない気がする。
シルヴァトも……なんか難しい顔をしている。
「確かに…女の見た目はしてはいるが…………はぁ、やはり人間は理解できん。……まぁしかし、その覚悟は褒めてやろう。今なら取り消しても許すぞ?」
シルヴァトは薄く笑う。チャックマンは構え、応えるように笑う。
「ンフフ…♡かかってこいよぉ!!」
○ ○ ○
オレは…生まれた時から冒険に興味を持っていた。
アイデン王国の普通の家の生まれ。裕福でも無いが、貧困でも無い。両親は…普通の親だ。姉も居たが、とても頼りになる強くて、男の子のような姉だった。そんな家族に不満も無いし、オレも大好きだった。
アイデン王国は城壁に囲まれていて、オレはずっと外の世界に出たいと考えていた。
いつも姉に童話を読んでもらっていた。外の世界の勇者の話。色んな国があり、色んな種族がいて、色んな物で溢れる世界。姉と一緒にそんな世界を妄想していた。
姉とオレの夢は冒険者だった。何度も読み返した勇者の冒険譚。見たこともない草花が載った図鑑。何百年も攻略されてない恐ろしい迷宮記録。その全てがオレ達の好奇心を湧き立てた。
姉は先に冒険者になった。国を出て、世界中を冒険するんだ。そう言い残して旅に出た。
その直後だった………戦争が始まったのは。
その前から何度も紛争はあったけど…本格的に人族と魔族が軍を率いた戦争は初めてだった。
駆け出しの冒険者だった姉は、世界を巡ることなく帰国して来た。
女は戦力にならない。だから、姉は故郷で静かに暮らす事を選んだ。親の決めた男性と結婚し、家庭を築こうとした。
オレは…夢を諦めた姉が見ていられなかったし、嫌いだった。
だから、オレは…私になった。
私が女になって勇敢な冒険者になってみせる。そうすれば、姉が…女が強い事を示せるから。そうだと信じたかったから。
20年ほど経った後、勇者マリス・ゴールドによって魔王が討たれ、20年間続いた戦争が終わった。
私もすっかりおじさんになっちゃった。
姉は立派な母親になって、穏やかな人妻に落ち着いていた。けど、私は冒険者を続けた。あの時追い求めていた外の世界を自分で冒険して、本に書かれた事を見たいから。姉にも話したかったから。
私の事を皆んなが白い目でみる。そりゃそうだ。女の格好をした男を誰が相手する。これからも1人だと思ってた。
けど…。
「ねぇ、変なおっさん。私と一緒にあの魔物討伐クエスト受けてくれない?」
アニーナちゃんは私を誘ってくれた。あの時、すっごく嬉しかったのよ?見た目を気にせず仲間になってくれた事がね。
戦争が終わって5年間は、色んなところを冒険した。アニーナちゃんと2人で色んな場所に行って、戦って。私に妹ができた感覚だった。なんだか、姉の気持ちを理解できた気がした。
そんなこんなで辿り着いたのが、永久のエルダ。本で見た未攻略迷宮。そこで、私はノアちゃん、クミちゃん、アスちゃん、ジンちゃんに出会えた。
この1週間は本当に楽しかった。これぞ冒険者って感じがしてね。
ここで終わっても………良いと思えた。
○ ○ ○
はぁ…はぁ…はぁ…。
何分稼げた?ノアちゃん達が回復するまで…あと5分はあるか?
手足が痺れて、うまく動かない。やっぱり契約破棄の罰はキツイわね。
「おりゃああ!」
「もう終わりか?」
目の前の顔面めがけて右拳を叩き込む。しかし、それを躱され、逆にカウンターを喰らう。
水銀の弾丸が数発撃たれる。
なんとかそれを気合いで耐え抜く。
「ぐふっ!…まだまだぁあ!」
私の魔法は自身と仲間にバフをかけるだけの魔法。戦闘に関しては、肉弾戦しか無い。
普通に考えれば、魔族最強とのタイマンなんて馬鹿げてる。
それでも。
それでも……。
「…はぁ…はぁ…ゲホッ!ゲホゲホッ!…はぁ…」
「終わりだな。お前の足掻きもここまでだ」
もう…手も足も動かせない。ここまでかしら。でも……。
「最後に言い残す事はあるか?それくらいは聞いてやろう」
「…はぁ…ンフフ♡私は冒険者よ。各地を冒険して、最後をこの迷宮で終えるなんて………光栄ッ!!!」
チャックマンの声は響き渡り、シルヴァトを睨みつける。
シルヴァトは剣を振り上げ、微笑みながら冒険者に最後の質問をする。
「貴様…名をなんと言う」
「…チャックマン・ハート♡」
「無駄な死だが…覚えておこう」
ありがとう皆んな。アニーナちゃん。そして……お姉ちゃん。
チャックマンは床に倒れ込む。体からは血が流れ、その場に血溜まりができている。
皆んなが回復するまで…残り3分。
「二門!黒雲 を裂く雷!」
ノアは至近距離かつ、最大火力の魔法をシルヴァトに叩き込む。
動けるまで回復するのにあと3分は必要な筈。しかし、ノアだけがシルヴァトに仇を取るために動き出した。
数メートルほど吹き飛ばされたシルヴァトは、驚きよりもノアへの興味が勝っていた。
先程まで自分を恐れ、怯えていた子供が。チャックマン・ハートの死によって恐怖を克服し、勝負を挑んで来た。
「やはり…人間は理解出来んなぁ!?」
「シルヴァトォ!!」
ノアの全てを賭けた、3分間の戦いの火蓋は切って落とされた。




