第11話 暗殺人形
迷宮競走が始まってから既に2時間が経過していた。
薄暗い廊下を僕は歩き続ける。前には香薬皆華と言う、僕を殺そうとした冒険者。その後ろに僕とバンロさん。さらに後ろに5人の冒険者が続いていく。
ここは第22層だと案内人のお陰でわかった。迷宮の変動に巻き込まれながら、10層から22層まで落ちてしまったらしい。
クミさん達の場所も、安否もわからない。連絡も取れないし、僕はさっき命を狙われたばかり。
しかも、22層にもなると、襲ってくる魔物も罠もレベルが高い。
「ノアくんは援護射撃を!」
「わかりました!」
バンロさんが蜘蛛の魔物「アラクネー」に向かって走り出す。蜘蛛の胴体に、人間の上半身が合体した魔物。2mくらいある大きな魔物だ。
バンロさんの腰に刺さった二本の剣が抜かれ、アラクネーもバンロさんに警戒する。
その隙を狙って、僕は詠唱短縮した魔法を放つ。
「二門!火焔砲弾!三発!」
短縮したことによって弾数が増えた火の砲弾がアラクネーに炸裂する。
「ギャアアア!!!」
「バンロさん!頼みます!」
「おう!任せろ!」
バンロさんは地面を強く踏み込み、腕を交差させ、燃え上がるアラクネーに狙いを定める。
「刀神流!二狼牙!」
両手剣から繰り出される二つの斬撃は、アラクネーの胴体を切り裂く。
刀神流。魔力を一切使わない剣術。その人の力量に左右される為、長年の修行が必要になる。しかし、極めることができれば、魔力の少ない人でもこうして魔物を圧倒できる。
真っ二つに分断されたアラクネーは霧散した。倒せたことで、僕達は安堵する。
それにしても、一撃で仕留めたバンロさんは汗一つかいてない。ただのおじさんと言うわけでもなさそうだ。
少し進んだ所に小さな部屋があった。僕達は一旦ここで休憩することにした。
「お疲れ様ですバンロさん。刀神流の剣士なんですね」
「おう、お疲れ。まぁ多少使えるくらいだけどな。それにしても、ノアくんの方が凄いだろ!今何歳だよ?こんな小さい子が二門魔法を。それも詠唱短縮なんて…すげぇな」
「10歳です。僕の師匠が凄いんですよ」
クミさん達と離れて1時間半。僕は他の冒険者と距離を縮められている。ただ一つ問題があるとしたら…。
「ノアくん…あいつはどうする?」
「う〜ん。まだ信用できるわけじゃ無いですけど、あのままってわけにもいかないですよね?」
バンロさんが気にかけているのは香薬皆華だ。
僕を殺そうとした冒険者。武器を没収された彼女は、今は廊下の端で壁の一部ように突っ立っている。無気力なまま先頭を歩かせるのは、流石に危険な気もする。
「僕がちょっと話しかけてみますよ」
「え?大丈夫か?君を殺そうとしてたんだぞ?」
「もうそんなことしないと思いますよ。それに、このままで居るのも逆に危険ですからね」
僕は彼女に向かってゆっくりと歩き出す。彼女も僕に気がついてチラッと僕の事を見たけど、すぐに視線を外してしまう。
「あの〜…香薬皆華さん」
「…………なんだ」
「僕を殺そうとした理由……教えてくれませんか?」
「………君は怖くないの?」
「そうですね…だって、もう襲ってこないってわかってますから」
「気が変わるかもしれない…」
「そうなったら、今度は抵抗しますよ」
香薬さんは僕の事をもう一度見て、短くため息を吐き出す。そしてゆっくりと僕を襲った理由を話しだす。
「さっき騒いでいたサノスってやつがいたでしょ?あいつと同じパーティーなの。ギルド最強パーティー。なんでかわかる?」
「え?あのサノスって人が強いからじゃ…」
「それもあるわ。確かに強い。でも、本当の理由は…私よ」
「え?」
香薬さんは視線を落とし、言葉が詰まる。
「どう言う事ですか?」
「……私は暗殺者。他のパーティーのリーダーとか、厄介な相手を迷宮で襲ってウチのパーティーが一番になるようにしてたの。君の事もあいつが、次のターゲットにしたから襲った」
ギルドのトッププレイヤー、サノス・ビルヴァン。その裏で暗躍していたのは香薬さんで、彼のパーティーの実績の裏は、他のパーティーを襲っていたなんて………。彼が「死因はなんとでもなる」と言った言葉は、単なる脅しではなかったらしい。
僕は初めて人間の欲に対するドス黒い部分に触れた気がした。
「そうだったんですね………でも、なんで僕を殺さなかったんですか?命令されていたならなぜ…」
「そうだね…なんでだろう。………ここに落ちてきた時、君を真っ先に殺そうとしたよ。でも、気を失っている君を見たら…昔の私を思い出したんだ。戦争孤児だった………昔の私」
彼女の表情がどんどん暗くなっていく。昔の事を思い出しているのか、目線は明後日の方向を眺めている。
「家族も失い、ぞんざいに扱われて、奴隷として各地を旅してようやくここに流れ着いた。一人で生きていけなくて、何も出来なかった私を買ってくれたのがサノスだった」
「そう…だったんですね……。…僕も戦争で家族を失いました。5年間ずっと一人で…無気力にないもしない日々を過ごしてました。その気持ち…ほんの少しだけわかると思います…」
「そう。………貴方も大変だったのね」
二人に沈黙が流れる。僕も彼女の隣に移動し、壁に同じように寄りかかる。彼女は何も言わなかった。
「おーい!ノアくん、そろそろ出発しよう」
「はーい!」
「…また私が先頭を行こう」
香薬さんが静かに歩き始める。僕は腕を掴んでそれを静止する。
「?なんだ?」
「これ、待っててください。この先はもっと強力な魔物が出ますから」
僕は香薬さんに両手剣を返す。
「え!?お、おい!返していいのかよ!」
「僕は大丈夫だと判断しました。もう襲ってくる意思は無さそうですし」
「………君は変わってるな」
そう呟いた後、彼女は両手剣を腰に左右に一本づつ帯刀する。
○ ○ ○
僕達は31層に降りてきた。
やはり、一層降りるたびに魔物が強くなってきている。最下層まで辿り着けるのか不安になってくる。
薄暗い廊下を歩いていると、前に人影が見えた。
僕達はすぐに武器を手に取り構える。
「おい!誰だ!」
バンロさんの声に反応するように、人影はゆっくりこちらに歩き出す。暗闇から徐々に姿をあらわにする。
「ツギ…ワ…オマエ…タチ」
「!?話した!?」
「チッ。知能がある魔物か…強いな」
クミさんに教えてもらった事がある。魔物は魔力によって知能レベルも変わるとか。喋れる魔物は、それだけ魔力も多く、強い魔物らしい。
人形の魔物。「ドール」と名乗る魔物は、腕が4本あり、その手にはそれぞれ剣や斧などの武器が握られている。
「ノアくん。援護頼む」
「気をつけてくださいねバンロさん。これまでの魔物と違いますよ」
「ああ。任せろ」
バンロさんは両手剣を抜き、ゆっくり前に歩き出す。ただ歩いているだけなのに全く隙がない。それどころか、味方にも伝わる殺気が溢れ出ている。
「おい、人形野郎。喋れるなら「失せろ」って言葉…わかるよな?」
「オマエ…ガサイショ。………コロス」
「なんだよ喋れねぇーじゃん。じゃあ………やってやるよ」
静かに呟いた後、バンロさんの姿が消える。
ドールが目で追うよりも速く、バンロさんはドールの背後に立つ。
「刀神流!旋風刃!」
「ギギッ」
バンロさんの斬撃がドールに当たる。が、少し態勢を崩すだけで、大したダメージが入らない。
「ギッガ!キリマス!」
「バンロさん伏せて!二門!水激の矢!四発!」
水の矢が4発飛んでいく。しかし、ドールの片手剣に斬り落とされる。他の冒険者も攻撃を繰り出すが、全て塞がれてしまう。
全員で戦っても互角。有効打を与えられずにいた。
「刀神流!白閃乱舞!」
「ガッガァア!」
バンロさんの無数の斬撃に反応し、ドールも無数の斬撃を繰り出す。最初は互角だが、腕の数の違いは大きい。徐々に押され始めた。
僕が魔法を撃ち込むも、それにすら反応してくる。打つ手がない。
「くっ!どうすれば…」
この場にこの魔物を倒せる人は………。
僕は奥にいる1人の女性に目を向ける。
私は…何をやっているんだろう。戦争が始まって、家族を失った。戦争孤児になって奴隷商人に捕まって、長い間商品として運ばれ続けた。5年をかけて大陸を横断して、流れ着いたのは迷宮都市カルスだった。
ずっと商品として売られて…何の為に生きてるのかわからなかった。
そんな時にサノスが買ってくれた。サノスは悪い奴だけど、私に1人での生き方を教えてくれた。人を殺すことになっても…私は構わなかった。
でも、今回初めて仕事を失敗した。子供を殺せなかった。今の私は何をすべき?何の為に?
そんな疑問が私の中でずっと渦巻く。目の前で戦う皆んなの後ろで体が動かなかった。
1人の子供が私を見るまでは。
同じく家族を失った4歳下の子供は最前線で戦っている…。
私は何をしてるんだ。
「私は………」
地面を強く蹴って、他の冒険者の間を抜けてドールの背後を取る。
「ナッ!?オマエワ?」
「知らなくていいよ」
両手剣を抜き、ドールの首と体を分断する。
「ガッ………」
「覚える前に死んでるから」
ドールの首が僕の足元に転がってくる。
僕達が苦戦した魔物を一撃で仕留めた。音もなく近寄り、一瞬で。
彼女を見ると、どこか清々しい顔をしていた。
「ガキに影響されるなんて……私も子供だな…」
少し微笑んだ香薬さんは静かに剣を納める。