0話 ここで、終わり
「こんには、ノア。」
ここはアルカナ大陸。僕らはみんな魔法使えて、さまざまな民族と暮らす世界。この世界の生き物、石、空気中にすら魔法が存在する世界。
その大陸で、魔族と人間の戦争が起きた。魔王は世界を滅ぼそうと魔神を呼び起こし、勇者たちは魔神と魔王に抗った。
天と地の戦いは、ある勇者が魔王と魔神を自らの命を捨てた攻撃によって殺し、この世から魔族は消え去った。
こうして戦いは終わり、勇者の尊い犠牲によってこの世界に平和が訪れた。
これから話す物語は、嘘でも作り話でもない。勇者とある親友の物語だ。
とても長くて、世界を変えてしまう様な冒険譚。
さあ、話そう。ノアの物語を………
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創世950年。アルカナ大陸。
勇者マリス・ゴールド(本名 マリス・ファトリィブ)によって魔王は撃ち倒され、世界に平和が訪れた。
それから5年後。
エデル村と言う小さな村に1人の少年が居た。
彼の名前はノア・ファトリィブ。10歳の少年は、勇者であり、そして実の兄であるマリス・ファトリィブから手紙を受け取った。生前、彼が残した手紙だ。毎年誕生日になると送られてくる様になっている。
5年前。兄は、手のひらサイズの勲章になって帰って来た。
母は病死。父は僕らを置いて何処かに消えてしまった。唯一の家族だった兄は、剣の才能があって、勇者になって魔王を倒しにいった。そしたら、勲章になっちゃった。
長年、世界を恐怖で包んでいたあの、魔王と相討ち。皆んなは兄を讃えた。平和に歓喜した。外でお祭りまでしていた。僕は、誰もいない家の中で1人寂しく兄を追悼した。
街には兄の銅像が建った。立派な銅像。制服を着ていて、凛々しい顔の兄。でも、居ない。
僕は小さい頃から弱虫で、兄の陰に隠れていた。頼れる存在は兄だけだった。寂しがり屋で何も出来ない。
そんな僕がこの五年間生きて来られたのには理由がある。それは手紙だ。兄は生前手紙を残してくれていた。僕が寂しまずに済むように毎年誕生日に送られて来る。この手紙が心の支えになっていた。1人じゃない。そんなふうに言ってくれている気がした。
でも、10歳の誕生日。今年の手紙は去年とは違っていた。
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ノアへ
10歳の誕生日おめでとう。
俺がいなくなってからもう五年も経つんだな。お前も立派に成長している頃だろう。
だからこそ、お前に話しておきたい。魔王との戦いの真実を。
俺は明日、魔王を倒しに行く。第一次魔王滅却戦争もこれで終わりだ。これまで苦楽を共にした仲間も一緒だ。俺がお前の次に信頼している人達だ。
でも、そんな仲間の中に裏切り者がいる。魔王と繋がっている人物がいる。誰かはわからないが確実に居る。
魔王との戦いに乗じて俺を殺しに来る筈だ。そうならないように俺も戦う。でも、もし。もしも、俺が死んだ時は………お前に裏切り者を見つけ出して欲しい。魔王が居なくなっても裏切り者も倒さなきゃ本当の平和はやって来ない。
こんな事を頼んでしまって悪いと思ってる。でも、お前にしか出来ない事なんだ。こんな兄を許してくれ。
この下に住所を書いておく。村の外れで静かに暮らしてる奴がいる。そいつは俺の仲間で、信頼できる。そいつは裏切り者じゃない。その人に頼ってくれ。
こんな事を急に飲み込めない事はわかってる。でも、お前は俺の光なんだ。頼んだぞ。
住所 エデル村ー約束の丘ー07番
家主 クミ・ヴィバール
マリスより
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兄からの手紙に困惑する。内容が理解できない。
兄は……魔王と相討ちになった。そう言われた。でも、違った?誰かに殺された?仲間に裏切られて死んだ?その全てが信じられない。何もわからない。
僕が5歳の時。兄は中央帝国と言う国のある騎士団に入隊するように言われた。メシア騎士団。それは魔王を倒す為に作られ、精鋭だけを集めた騎士団だった。そこの団長に兄が選ばれた。実質的な勇者である。
寂しかったけど、兄が世界を救ってくれる。兄はこの世界の救世主だ。そう思えば心の寂しさは小さくなった。だから、兄を送り出した。
そんな兄が残した手紙は、僕の知る兄じゃない気がした。
兄を知りたい。兄がどうしてこんな手紙を残したのか、この「クミ・ヴィバール」とはどんな人なのか。兄は、どんな旅をしたのか。
小さく、古びた家を飛び出した。エデル村から少し離れた所にある約束の丘にヴィバールさんの家があるらしい。兄の手紙を握り締め、走って向かう。空は果てしなく広く、青い。辺りには草が生い茂り、ぽつんぽつんと家が建っている。エデル村は大きな村じゃない。村長の家の周り以外は、皆んな畑に囲まれた家だ。
視線の先に小さな家が見えて来た。約束の丘。大きな木が一本だけ立っている何もない丘。その近くに僕の家みたいな小屋が立っていた。壁は石のレンガを使っているが、所々ひび割れている。木でできた屋根も苔むしていて、ボロボロだった。人が暮らしている雰囲気は感じない。それでも勇気を振り絞ってドアをノックする。
「こ、こんにちは!ノア・ファトリィブと言います!クミ・ヴィバールさんいらっしゃいますか〜?!」
返事は無い。もう一度ノックしてみるが、反応は無かった。やはり人は住んでいないんじゃ無いか。そもそも、死んだ兄がなんでここに住んでいるとわかるんだろう。未来のことなんてわかるはずがない。兄の勝手な予想だったのかもしれない。そう思って、くるりと体を180度回転させて来た道を戻った。
その時。ガチャ…ギギギ。小屋の扉が開く音がした。
「ん〜?誰が何の用〜?」
頭をぼりぼりと掻きながら、ボロボロの服を着た女性が出て来た。
背が高く、白髪の腰まである長い髪。もう日が真上まで昇っているのに、少しぼさっとしていて寝癖が目立つ。肌も真っ白で雪のようだった。目は緑色でエメラルドのような瞳をしていた。
そんな瞳は僕の顔をじっと見つめる。見下された僕は言葉を詰まらせながらも、もう一度名乗る。
「こ、こここっ!こんにちは!の、ノア・ファトリィブでっでで、です!」
「えぇっと………はい。こんにちは、ノア」
「あのっ!その………ええっと………」
僕の悪い癖だ。人を前にすると喋れなくなる。言葉が出て来なくなり、頭が真っ白になる。どうにか話そうとしてさらに混乱する。
1人で慌てふためく僕をじっとヴィバールさんは見つめている。圧を感じて、今にも泣きそうになってきた。
「その……落ち着いてください。私に用があって来たのですよね?あなたが手に持っている手紙。私の手紙ですか?それともあなたの?」
そうだ。手紙だ。ようやく頭の中で相手に伝えるべき言葉が出て来た。ぎこちない言葉で必死に伝える。
「こっ!これ…僕の兄の手紙なんです」
「はぁ…」
「あ、兄がここに住んでるクミ・ヴィバールって人を頼れって」
「……ん?何であなたのお兄さんが私を頼れと?私はこの村に来てから誰とも関わっていませんけど」
「あ!そ、その〜僕の兄はマリス・ファトリィブです。勇者マリス・ゴールドとして5年前に魔王と戦いーー」
「ええ!?マリスの弟!?!?」