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歌姫  作者: きいち
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 唐突だが魔術というものは式である。美しいシンメトリーの魔法陣に、魔力を集める祝詞は長ければ長いほど指向性を示しやすく力を込め易い。なので殊更長い手法で大掛かりな成果を好む魔術師をその長い祝詞の間の無防備さの皮肉を込めて歌姫と呼ぶ。


 その中でカイトは些か異質であった。長い呪文に合理性を見いだせなかったからである。それは本格的な儀式の時には長ったらしくも言葉を編みきちんと呪法を踏むが、基本は歌姫に有るまじき詠唱の省略。最も今まで得意属性の優位性もあり、不毛の大地に光をもたらすのにそれ程の力を必要としなかったからである。


 兎に角、吐き気を抑えて屋敷の人間に頼みこみ、座れるところを求めて休ませてもらっていたらまさか床が抜けるとは思わなかった。このティーカップともこれでお別れと思いながら重力に従い落下する。空を飛ぶことが出来る訳もなく空中いっぱいにもがくように手を伸ばして魔力を込め。


「──光よ」


 温室に巻きついている蔦を一気に伸ばすと、テス諸共絡めとってそのまま落下した瓦礫の上に着地する。テスが宙ずりになっているのはご愛嬌。足元にマーリンがいることには気づいていない。ちょっと伸ばしすぎて魔物のように見えるから後でちゃんと剪定をして欲しい。成長は促せても時を戻すことなんて自分には出来ないから。


 何はともあれ顔を上げると憤怒を纏った領主が此方をみている。一体何があってこうなったのか、カイトには理解が出来ない。幸か不幸か、領主の宝物である体もすっかりと瓦礫の下に埋まってしまったので、カイトには知る由もない。


「……あれ?招かれざるって感じ?」

「そこをどけぇ!!」


 唾を吐く勢いで怒鳴られた挙句、床が抜けて踏んだり蹴ったりである。とっとと戻りたく思えども階段は領主の背に隠れておりとても登りやすいとは思えない。どうやら視線を辿るとそこに生える腕。腕が生えるとは言葉に支障があるが、緻密な作りに人の腕かと思えば木製だ。掘り起こすことなく自ら這い出てくる姿に驚くと共に、現れた顔に驚く。先程見た女の顔だ。


「……なぁにあれ。」


 いつの間にか隣に寄ってきたテスが、顰めっ面で奇妙なものをどう解釈しようかと息を吐く。瓦礫の中から、人の腕のようなものが足掻く姿を見るのはどうにも良い気分はしない。地面を段々と叩きながら少しずつ姿を現す様はグロテスクであり、目が離せない。


 腕が這い出でることを阻止しようと、圧縮した魔力を飛ばしてくる領主にひょいひょいと手馴れた動作で気軽に避けていく。伊達に3年も旅に慣れていない。大きく部屋の縁をなぞるように移動すると、ところどころ肉片や古い血の痕がみてとれる。きっともう1人ここに居た。もうひとり居たと思って部屋を見渡すと、存外形跡が見て取れる。鉗子に鋸、血に錆びたブリキのバケツ。分厚い辞書に魔法を補完する為のちぎれた魔法陣。3年前の儀式が頭を過りまさかと頭を振った。己がやったのは死者蘇生ではない。


 兎にも角にも冷静さを欠いて、今にも領主と顔は可愛い少女の人形。死者蘇生をしようとして失敗したであろう男と、供物になりかけの女。

事情は知らないがカイトの中で凡そを理解すると、天秤は一気に振り切った。可愛いは正義、女の子は正義なので。きっと彼女が悪でも己は悪になびいただろう。


 なので蔦を操り一気に引き上げると、避けた服の下から所々覗く人体ではない木目。


「え……?」


 マーリンはこの世界に呼ばれて、自分の為に優しくした初めての人間に目を瞬かせる。こんな体を剥き出しにしても親切にしてくる人間がいるなんて思わなかった。

 キョトンとした顔も可愛いなんて反則だな。なんて場違いにも彼女の顔を見詰めて思う。そういえば今は簡単なものとはいえぽんぽんと魔力を使っているが、苦しさは何もない。違和感を覚えながらも今なら魔術を使えると、理解が出来た。


「大丈夫、任せて」


 彼女と手を繋いで魔術を扱うと背中が熱くなる。


「初めに言葉があった。」

 背中に刻まれた3年前の契約陣が疼く。血が通うように、回路に魔力が注がれて軋みながら廻る。


「始まりの唄、始まりの宴。言葉は陽の光と共に産声を上げ……」


 己から発した魔力は渦を巻いて、彼女に吸われていくが手を繋ぐことにより、魔力が還ってくる。


ここで初めてカイトはこの女の子が自分が召喚した悪魔だと気づいた。そしてマーリンも魔法陣が光っている間カイトの心臓が美味しそうに見えた。だが彼女は自我が働いている為に手を伸ばすのをやめた。これを取ったら優しくしてくれた人間が死んでしまう。このみてくれの自分では普通に話してくれる人間は現れないかもしれないと、変わりに握る手に力を込めた。ちょっとミシッと骨組という名の木が軋んだのはご愛嬌。


 拳に気合いを込めるとそれだけでキラキラが溢れんばかりに飛び交い、それが濃縮されてスパークが迸る。そのまま彼ら二人を中心に眩い光が部屋一面を照らして、目の前が白く色抜きされていく。死神も裸足で逃げ出してしまいそうな、圧倒的な浄化の光。




 ごめん、君の為には唄えない。カイトは苦しげに息を吐いた。今はまだ名前も知らない君へ、俺が必ず君を殺してあげる。





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