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歌姫  作者: きいち
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 母屋ではなく庭先の小さな温室の床を叩くと煉瓦が開いて地下の入口がぽっかりと口を開く。何だか子供の頃夢中で見た魔法少年の姿を思い出す。しかし呪文とか要らないんだ、なんて口に出す気力はどこにもない。


「少し此処で待っていなさい。」


 マーリンのやる気のなさに手っ取り早く準備をしようとしたのか急に雰囲気を変えた領主がマーリンを地下の階段下に押し込むと鍵をかける。何処か夢心地のせいで怖いと思うこともなく、苔むした石畳の階段を一定のペースで降っていく。どうでもいい話であるが、マーリンはホラーゲームは平気な方である。夢現

に足にあっていない木靴をかこんかこんと響かせて、足音を高く響かせて下に降りる。



 隠し部屋には一体の身体がある。身体という表現は少しばかり変かもしれないが、そこに魂がないのだ。別名死体ともいう。中身が留守な身体は人とは言えない。マーリンは少しこの体が羨ましくなった。人外より人体がいい。だけどその体の腕を持ち上げると至る所に継ぎ接ぎがあり痛々しい。グロテスクなまでの緻密な継ぎ合せに美しくないと眉をしかめた。別人の身体と体をくっつけたらこうなるという教本があればまさにそれ通りの綺麗な縫い目。肌の色も極力パーツ同士似せてある。ぐっと力を入れて持ち上げるとそれた喉が美味しそうに目に映った。


 こうなるとそれしか見えない。辺りにこびりついて落ちない古き血の跡も目に入らない。ただただそれを欲しくて堪らない。本能に負けたらそれはケダモノ。マーリンは未だケダモノ。物事を考えられる程()()()()()()()()()()()()()()()






 そこから初めてマーリンの意識は明確になった。ふわふわの雲の上、酩酊状態もかくやの足がしっかりと地面に二本立っている。顔のパーツが揃ったので幸か不幸か彼女の意識がこの世界に定着した瞬間であった。揃ったパーツの部分は生身のように熱を持ち柔らかさを帯び、少し黄みがかった肌はこの西洋風の世界に違和感があるが健康的な色をしている。




「あれ?此処は…?いや、領主の屋敷に来たけど…」

 意識が明確になるにつれて腹の虫が鳴る。先程のご馳走口に入れとけばよかった、後悔が頭を過るけどどうしようもない。キョロキョロと見回すと死体が視界に入りぎゃあと野太い悲鳴を上げる。後ずさった時に振り上げた腕に再度悲鳴を上げる。


「腕!腕腕!?あたしの腕!!」


 視界に入った腕がデッサン人形のそれのように木製だ。なんで木製。確かに頭は理解していたがようやっと理解が追いついたといった様子で悲鳴をあげて脚をよろけさせて周囲の物を薙ぎ倒して倒れ込んだ。


「いや!いやいやいやなんでそもそもこんなとこにいるのよ!?なによ此処。お母さん!……何処よ……。」


 ぬちゃりと室内なのにおかしい血溜まり。溝に入り込んで掃除しきれなかった血が転んだ体にまとわりつく。ストッキングが黒だから目立たないが、きっと赤黒く汚れてしまったことだろう。先程よりも生気の宿った目でゆらゆらと顔を上げる。視界に飛び込んだドアに飛びつくとガチャガチャと一心不乱にかき鳴らすけどドアは開かない。


 どん、どん、ドン、どおん!扉を叩く度に込める力を強くする。不思議と込める力に上限がなくどんどん強くなっていく。扉はどう見ても鉄製。状態も顧みずに殴り続けたらあっという間に拳が壊れそうなのに、木製の腕が軋むこともなく、拳がキラキラと光り輝いて拳が扉をひしゃげた。


「弁償って言われたらどーしよ。」


 マーリンの嫌な予感は当たり、恐ろしい怒気の気配が遠くから近づいてくる。扉を壊したからではなく、大事な体を彼女が壊したから。最もマーリンの記憶には初めから綺麗に()()()()なかった。


 地下に安置された身体なんて腐乱具合はどうあれどっからどう見ても誰かの宝物である。どんなに人の道から逸れようが、欠損したとあれば怒るのも道理。正面から取り敢えず謝ろうと迎え打つ姿勢を取ると、壁ごと横から吹き飛ばされた。


「君は見かけによらずお転婆だね。」


 瓦礫を蹴散らし、柔和に笑っているのに笑っていない顔を引っ提げながら壁の穴から顔を出す。マーリンは石壁に潰されて埋まっているが怪我ひとつない。そのことに気づいたのは、目の前の男だ。


「……驚いた、浮世離れしていると思えばドール(使い魔)か。」


 土埃を払い前を見据える……、と言えばいいものの得体の知れない男に恐怖を覚えて一歩後ろに下がる。

 知らない単語が耳につくけれど、それを理解出来るほど落ち着けない。格闘技なんて動画配信サイトで見た効果的なチカン撃退方法くらいで、生憎と拳の握り方ひとつ知らない。どかんと大きくひとつ上がった爆発音に支配されると、「うわぁあぁあ!!??」と叫びながら思いっきり拳を正面に突き出した。



 ひらりとローブをはためかせて目の前の男が避けるのが憎らしく、舌打ちしながらそのまま石壁にめり込んだ。

 大怪我を覚悟したにもかかわらず、目を開けてみると怪我どころか石壁が脆くも崩れて天井が抜ける。温室に設置しているテーブルセットに鉢植えが落下の衝撃で粉砕し、硝子片が太陽光で反射して場違いにも美しいと思った。が、その中に人の形をしたものが混じっていて喉が鳴った。


「嘘でしょ!?嘘って言ってよ!!」


 降り注ぐ瓦礫か、人か。何に嘘と言っているのか最早自分でも理解出来ない。

 両眼をかっぴらいて降ってくる石を避けようにも避けきれずそのまま重たい石の下敷きになった。にょきっと瓦礫から木材の腕が飛び出すのはちょっとしたホラーシーンである。領主もまさかマーリンが無事だと思わず口の端をひくつかせながらもトドメをさそうと魔力を練り言葉を紡ぐ。


「祖は始まり。夜の始まりには黄昏の龍。大気の素。」


 え、なにこれ恥ずかしい。堂々と何してくれてるの?


 大真面目に祝詞を唱える姿は、今までの世界の自分の感性から見て明らかに異質。子供の頃興味本位で開いた魔術の本をどんな気持ちで翻訳しているのだろうかと思ったことがあるが、それを本気でポーズまでつけて体現している奴が目の前にいる。いや、この目の前の男は力を行使出来るからそれとは違うか……、力を使えないのに執筆しているってどういうこと……いやいやいやいや……。


 現実逃避を重ねている間に、この世界の戦い方を理解していれば、幾らでも妨害し放題であった戦闘下において現実的でない呪法により、魔力の塊が構築されていく。






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