為
あの王宮は魔窟だった。足の引っ張り合いなど日常茶飯事だし、昨日偉そうにしていた奴が翌日ハンカチを噛む思いをしているということは常だ。気のいい連中も居たが王宮から退職金をたんまりせしめて宮廷を辞すことに何の不満もなかった。むしろ心の中で舌を出したくらいだ。しかし若くして宮廷を辞すにたる理由の代価は高く、魔法を無くしたカイトに対し、人は声を失ったカナリアだとカイトを馬鹿にするものの薄幸の美青年というのは魅力的に見えるらしくあっちの方は困らなかった。
カイトはすっかりあの日魔術を失敗してから魔力が練れなくなってしまっていた。精々が精々極簡単な初級魔術をぽつぽつ操るので精一杯でそのことが魔術を使うのが好きである彼には不満であった。常に背中の魔法陣から蛇口全開で魔力が転送されているのであるし、最初に根こそぎ捻り出した所為で体内がぼろぼろ、中々治りが悪いのも魔力不足が原因である。
心機一転して意気揚々と暮らすには寿命も残り心許なく、死ぬ前に何をしたいか手元の金を握り締めて考える。三ヶ月で本当に死ぬなら過ぎた量で、きっと実家の立場も慮った金額なのだろう。王宮を見たくない、その一心で旅に出ることにした。理由なんて何でもいい、取り敢えず思いついたカイト本人でも自覚ある少しばかりいい顔を利用して遊んだ女性に対し謝罪をするという名目で王都から旅立つことにした。
───それから三年。カイトはまだ全ての女性に謝罪しきれていない。
「はぁ…?本当にこの森の中に住んでいるのかよ、あんたのアバンチュールの相手。狸にでもばかされたんじゃないの?」
獣道をやる気なくとぼとぼ歩く。どうせなら馬車で優雅に通り抜けたいところであるが馬も車体も入らなかったのだから仕方がない。汗でずり落ちる眼鏡を顔の定位置に押し戻すと落ちている長い枝を拾って杖代わりに地面に着いては呪詛のように文句をダラダラと垂れ流した。
小さい体も狭い道を通るには利点であり、彼はカイトほど体に傷を負わなかったがカイトより低いせいで時たま顔に飛び出した葉で擦り傷を作った。じんわりと高くなった陽により汗で濡れたシャツの端を手に取って汗を絞る。先程からうんざりだ、うがーと騒いでいるのは幼馴染の弟のテスだ。もう死ぬと余命宣告された幼馴染を心配して医師としての武者修行を兼ねてカイトの旅に着いてきている少し大きめな眼鏡がトレードマークの少年だ。三ヶ月の予定が三年になったので決してカイトに死んで欲しい訳ではないが心中複雑だろう。何せとっとと王都に戻るつもりがなんだかんだと3年も根無し草の生活をしているのだから。睨みつける先をスタスタと歩くカイトは汗一つかかず、気のせいかキラキラとエフェクトを振りまいているように見える。イケメンは汗すらかかないのかと恨めしく思いぎりっと歯を食いしばった。その様子を知ってか知らずかカイトは振り返ると、前方の開けた原っぱを指差しては朗らかに笑いかけてくるのがまた腹立たしくなる。
「こっちであってるはず、さっきの街でこの先領主の花嫁募集パーティーがあって綺麗な女の子が一杯だってはな……」
「開けたが墓地だな」
ひゅーと一瞬木枯らしが吹いた気がしたが、墓地らしく日差しが少し陰っていて火照った肌に心地よい。
「此処で少し休もうよ」
「ここで時間を使うのはまずい。夜森を抜けるのは避けたい」
「墓地があれば村も近いさ。すぐに街にも着くって」
「おい、おい、テス見てみろよ。凄い美人!」
へたり込むテスを放置してイケメンな癖に女好き、わかりやすく鼻息荒く女性に対し親指を向ける方向にのろのろと視線を向けると目を見張る程の長い艶やかな黒髪が似合う見たこともない珍妙な衣類を纏った少女が立っている。全貌を目にするとカイトもテスもギョッとした。
独特のこの暑い日に手袋、長袖、大振りの襟、プリーツスカート、首に巻くスカートに細い形のいい脚を包むストッキングの全てが黒い。墓の横から覗いた彼女の顔は病的なまでに白く正にこの世のものとは思えないがぴったりであった。
「墓…参りなんだから黒くて当然だよ…」
貞淑な淑女、というにはスカートの丈が膝丈と短すぎるように思えるが肌を一つも覗かせない姿は一切の隙が無く、素早く墓に何かを施すとさっさと墓に背を向けて去っていく。
カイトはちらりと墓の名前を目にすると王都で有名な魔術師の名前が刻まれており、地元が此処なのかと街へと続く道を見上げた。
「カイト?」
「さぁて、彼女は領主の花嫁候補かなぁ?ランク高いな!誰かつまみ食い出来るかなぁ〜♡♡」
「巫山戯るな、ばか!」
怒ったテスかわずかずかと先に進む姿から、少し距離を取りあからさまに誤魔化すと1度墓を一瞥し墓主の名前を呟く。
「……バァさんも死んだのか、あれから三年。まだ何も終わっていない、か。」
三年前に一緒に召喚してからの再会が墓の前とはと小さく自嘲の笑みを零すと蕾の花に魔力を注いで咲かせて墓に添える。再度村は何処かと一際陽気な声で辺りを見回そうとして吐血した。格好つけることも出来やしない。
考えてみればあの召喚に携わった人は若手か落ち目が多かった。まだ何も終わってはいない、そう思わせるくらい熱気が躰にまとわりついた。




