の
痛み。
壮絶なる痛み。無理矢理魂を肉体から引き剥がして、ぺたりと何かに定着させたらこんな痛みなんだろうか。外傷もないだからこそなんと例えればいいのかわからない。私は思い切り口を大きく開いた。
「Gahoooーっ!…!!」
声が出ない。音を伴わないで無理矢理震わした声帯はそこに何も存在しないかのように叫びにも似た咆哮を上げた。目も見えない耳も聴こえないが、そんな中仄かに光るものが手元に見えた。よくわからないけど手を伸ばしたら簡単にもぎ取れたからそのまま手にした。手にしてから気付いた、とてもお腹が空いている。痛みに耐えるにも空腹は良くないと、だから私はそれを口にした。ゼラチン質の柔らかい感触に夢中になり丹念に咀嚼をするともう一つ食べたいと思った。先程よりも口内で消えるソレを惜しむように転がしもきゅもきゅと味わい深く食べる。不思議とコリコリとしたもの二つとゼラチン質の柔らかいものふたつを食べたらそれはもう欲しくなかった。
私は好きな物少量で満足するタイプだったっけ?
あっこれも美味しそうに見える。先程のお腹いっぱいなんて思った気持ちもすっかりと忘れおもむろに私は手を伸ばした。
一通り腹を満たした女は辺りを見渡した。女の意識はなんとなく霞がかっており現状は理解しているが夢心地で歩く。一歩一歩がふにゃふにゃと柔らかいものの上を歩くようにうまく動かず、体の膝が時折がくりと下がる。その歩く姿は無機質で奇怪な動きだ。辺りを見回すまでもなく一面に血が飛び散っており、蠢く肉塊が辺りの惨状を現しており、今、両足で立っている生き物が自分だけだと言う現状に背筋に冷えるものを感じた。両腕で無意識に腕を擦りながらまだ比較的元気そうに動く肉塊の傍にしゃがむと耳を傾けた。
「近寄るな…、化け物め…!!悪魔マーリンよ、汝に命じる、肉体を捨て」
女を見て距離を取ろうと動かない体に鞭を打って拒絶の意を示す。女は怒りに目を見張るとふと肉塊の腹が淡く光っていることに気づいた。
美味しそう。
無性に食べたい。光は美味しい。活力が満ちてくる。数個食べて学習した女は肉塊の腹に緩慢な動作で腕を突き立て再び掴んだものを口に運ぶと、何かを口にする度に女は存在証明するように意識が明確になるように感じた。
この場に似つかわしくない傍らに居た猫がにゃあと鳴いた。取り敢えず猫を抱きあげようと手を伸ばすと自分の手が目に入る。
(木製…?)
自分の手は木では無かった筈だ。何故今木製なのかわからないがそのまま腹や足に目を向けると全てが木製で出来ており、感じからすると美術室の備品庫で埃を被っているデッサン人形に近い。
(成程、これは化け物だわ…)
納得は出来たが自身を化け物呼ばわりしたことを許せはしない。鼻をフンっと鳴らすと散々たる部屋を後にした。兎に角今欲しいものは服。顔も隠せるなにかも手に入れたいところ。
(あっ、今の人達から1つマントを貰えばいいんだ)
再び引き返すと、1番入口に近くかつ比較的汚れていないローブを剥ぎ取ると身に纏う。フードを被ると顔も隠れて丁度よく、一気に頭が良くなった気がすると自身の格好に何度も頷きながら今度こそ部屋を後にした。
夜は怖い。王宮を抜けて森に入る。鬱蒼と茂る木を掻き分け夜になるまで只管歩いてもお腹が空かない。
冷静に考えると女は自分の名前も思い出せないことに気付いた。顔も年齢も何もかも思い出せないことに別段不安はなく、困ったなと首を傾げる。これでは不便だ。仕方ないから取り敢えず「マーリン」と名乗ることにした。あの肉塊も役に立った。無用な運動は魔力を消費するから夜は高台でやり過ごそと軽く飛び跳ねて見ると体が思うように動くことに気づいた。運動神経が何時もより良い気がするが、これ幸いにと傍にあるがっしりと高い木によじ登り太い枝の上に跨り森を見渡すも、全然高い、怖いとも思わないことが不思議で怖い。ようやっと思い出せないことに何も思っていない自身に違和感を感じ、寒くも思わないが寒いとマントを引き寄せたら負荷がかかった布が一瞬で破けた。自分の記憶にない何処だかわからないところの木の上で破けたマントに包まると惨めな気分になってきた。早く暖かい室内のベッドで寝たい。
(魔力を消費するって、何?私は今、何をしているんだろう…これって多分夢だよね。夢……ははっ、夢の中だと私怪力属性なんだ…うわぁ…マジない)
夢なら思い通りに動いてくれるよね、と祈る気持ちで目を閉じた。こうして悪魔マーリン、基、最近ネット小説でよくある魂だけ召喚された女子高生の一日は幕を閉じた。




