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歌姫  作者: きいち
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 煙。視界という視界が真っ白に覆われる。失明するには男の姿はまだ歳若く10代後半で、それを心配するに至らなかった。本来王宮の魔術師塔最奥である宮にはよくあることである。常に誰かしら新しいことに挑んでは西側の尖塔が吹っ飛ぶことはしょっちゅうであったし、先週なんて屋根が無くなくなった為、金庫番や騎士団から陳述書が届いた。余談ではそのせいで王宮の今季の予算ら早くも再編成が行われ、騎士団はお陰で先週の不寝番の人数が劇的に増加したらしい。そんな隙をついて実験をする魔術師と実験を管理したい騎士団のイタチごっこがこの街の軍である。



 今の時代この若干平和ボケしたこの国の花形職業は宮廷であり、その中でも魔術が得意であれば身分関係無く王都にある宮廷魔術師になるのが憧れの人気職である。男はこの王都に住む少しばかり身の上のいい家の息子で、家を継ぐ立場にはいない。だからこそなれる職業の選択肢は数が少なくなんと無く歌う事が剣よりは楽だからという理由で魔術師になることにした。幸い魔力も人より底知れぬものがあり、燃えるような赤毛に甘いマスクも手伝って女にモテた。人生ウハウハ。


 だからいつも通り実験の失敗だと手探りで歩こうと足元をおざなりにして何か大きなものに躓いて彼は転んだ。いつもと変わらないはずなのに妙に顔に赤毛が張り付くし、床に着いた手がぬめる。ぬかるんだ泥のように纏わりついて重苦しい感覚が纒わり付く。時折ぴちゃりと弾む音にぐにゃりとした悍しい感触。すえた鼻につく臭い。いつの間にか紡いでいた魔術の唄が途切れたことに喉をひくつかせながら、這いつくばったままゆっくりと手を持ち上げて何だか脳が理解した瞬間。



━━━ああ、この儀式は()()()だった。



失敗では無く間違い。手を出してはならない領域に片手だけでなく全身まるごとダイブしてしまった後悔を喉元から今は呑み込んで、這う這うの体で幼馴染の宮廷医の部屋に転がり込んだ。逃げ出すには早い方がいい。男に告げられた事前説明ではいつもの儀式よりほんの少し難しいだけの簡単な儀式だった筈だ。だが体力まで魔力に変換してしまった男の体には、逃げ出す力がかけらも残っていなかった。


 ずっ、ずっ。

 ずずっ…、がり、ずず…。


 根気で壁伝いに一歩踏み出す事に引き摺った血の跡が綺麗な石畳の上に軌跡を描く。宮廷医の部屋の前に辿り着いた時にはドアに体当たりするように気を失った。




 白い部屋。清潔なカーテン。下町の病院とは段違いの清潔さを見せつけ圧倒的に白と青で彩るその部屋は病室だと悟らせなかった。どうやらお偉いさんをお泊めになる個室の病室らしい。ゆっくりと首を巡らす。どうやら節々が痛むが少し動けるようになっており、ゆっくり上半身を起こすと内臓を労るようにほっそりと長い息を吐き出す。すると水桶とタオルを持ったヒョロイ印象が拭えない白衣を羽織った眼鏡の男が入ってきた。少しウェーブがかかった薄茶の髪の色が柔和な雰囲気を纏っているがまだ20代も半ばなのに刻まれた眉間のシワが今までの苦労を忍ばせる。


「起きたか、カイト。」


 やっと起き上がった男…カイトの方に視線を投げるとやれやれと肩を下げた。タオルで少々乱暴にカイトに飛び散った血を拭うと赤毛が覗き思ったより顔色の良くなった丹精な男が水面に映る。嫌そうに片手で彼の手を振り払うと固まった関節を伸ばしだらしのない表情を浮かべる。


「痛っ!ハゲる」

「それが手当てをしてやった幼馴染にいうセリフか?」


 カイトはツーンとそっぽを向いた。ダンマリを決め込む姿は年相応より幼く見えて窶れた体は頼りなく見えた。その仕草に溜息を吐きながら頭を振ると蹴散らすように乱雑に見舞客用の椅子を引き寄せてどかりと腰を落とし幼馴染が告げた。


「カイト、お前何をしたんだ?」

「は?何をって…何時もの宮廷儀式さ。特別特殊なことはしていない」


 顔色一つ変えずすっとぼけるカイトに再度溜息をつくとタオルを彼の顔面に投げつけた。


「つめ…!なにし!」

「3ヶ月」


 言葉を被せるように言われると押し黙りそれでもタオルを退けて嫌そうに彼の方へまだ隈の残る目を向けると苛立ちを含んだ声で告げる。


「魔力がゼロ、外傷は無いが、血塗れ。ごっそりと魔力は無く、常に背中に描かれた魔法陣から魔力が常に転送されている。彫り物の趣味が悪いぞ。お前の後にどんどんと運ばれる怪我人達。魔力が無くなっていた奴は少なく無かったし、エシル坊は片方の目玉が抉れていた。お前に至っては内部がぼろぼろだ。まるで雑巾を絞る様に無理矢理魔力を絞り出した搾かすと言えば少しは理解出来るか?後でポーションを持ってくる。回復が追いつくかはわからんがな。診断として余命3ヶ月だ。」


 口が乾く。無意識に舌で唇を湿らすが乾きには満たない。手に汗をかいて手の甲が白くなるまで毛布を握り、ぼたりと大粒の汗が手の甲に落ちた。頑なに口を割らないカイトに息を吐く。


「もう一度聞くぞ、お前は…いや…お前達はなにをした?」

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