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【1】

挿絵(By みてみん)


 勉強しなくても、成績が悪くても、それだけで父に叱られたことはただの一度もなかった。


「二人それぞれいいとこあるんだ。どっちも大事なお父さんの子だからね」

 成績優秀な姉の仁美(ひとみ)と比べられたこともない。


「嘘だけは吐いちゃいけない。『良い嘘』もあるけど、やっぱりほとんどの『嘘』は信じてる人を裏切ることなんだ」

 悪いことをすれば当然叱責はされる。懇々と諭される。特に「嘘」には厳しかった。いや、──その先にある「裏切り」か。

 しかし父は、我が子に対しても穏やかで落ち着いた態度を崩さなかった。

 だからといって冷たいわけではなく、褒める時は大袈裟なくらいに言葉も表現も惜しまなかった。


真奈(まな)は運動得意じゃないか。凄いよ。できないところばっかり見て、駄目だって言うのはよしなさい」

「そうよ。私、勉強できても足遅いもん。真奈が羨ましい」

 決して出来は良くないと自覚していた真奈だったが、父にはむしろ自分を卑下することを咎められたものだ。

 そして姉も、蔑むどころか『良いところ』を称賛してくれる。

 たった四歳しか違わないのに、真奈にとって仁美は到底手の届かない大人に見えた。


 父と、姉と。

 いつも真奈を気に掛けて守ってくれていた、大切な優しい家族。


「お姉ちゃんはお父さんによく似てるって言われるのに、なんでわたしは全然似てないの?」

 真奈の疑問に、母は目を逸らし曖昧に笑って答えなかった。


「親子でもすぐわかるくらい似てる人ばっかりじゃないよ。どっちにも似てなくても、実はおじいちゃんやひいおばあちゃんに似てるとかってこともあるんだ」

 横から父が言い添えてくれる。


「真奈の友達の渡辺(わたなべ)さんちの芙美(ふみ)ちゃんだって、お父さんにもお母さんにも別に似てないじゃない。私とお父さんもそっくり同じじゃないでしょ」

 仁美もまったく気にならないようで、例を挙げてあっさり話を終わらせた。

 別に悩んでいたわけでもなくその場は納得したのだが、ふとした拍子に気に掛かって再度訊いてみる。


「ねぇ、お母さん。わたしは誰に似てるの?」

 母と二人きりだったので以前のように(なだ)めてくれる家族もおらず、ついしつこく食い下がってしまったのだ。

 おそらく誰かの名が出さえすれば、実際に似ているか否かに拘わらずそれだけで気が済んだのではないか。

 しかし、真奈が言葉を重ねるごとに目に見えて不機嫌になる母に、さすがに幼心にも空気を読んで二度と話題には出さなかった。


    ◇  ◇  ◇

「仁美ちゃん、大きくなったねぇ。ますます(いさむ)に似てきて……」

「いらっしゃい、おばあちゃん。おじいちゃんも」

 年に一度、遠路遥々自宅を訪れては泊って行った父方の祖父母。


 ──思い返せば、いつもその場に母はいなかった。


「あのね、お父さんはちょっと遅くなるんだって」

「そうなんだね。おばあちゃん、これからご飯作るよ」

 迎えた姉に嬉しそうに答えながら、祖母は荷物の中からエプロンを出している。


「仁美ちゃんはハンバーグ好きだったよね。いまも変わんないの? 他のものがいい? おばあちゃん、洋食はあんまりいろいろと作れないんだよ、ごめんねぇ」

「おばあちゃんの作ってくれるごはん、なんでも美味しいから好きだよ。ハンバーグも大好き!」

「そりゃよかった。じゃあ、今日もハンバーグでいいのかい?」

 仁美の言葉に、祖母は相好を崩した。


「うん! 真奈も好きだよね?」

「好きー!」

「……ああ、そう」

 訊かれて両手を上げて答えた真奈に、祖母は興味なさそうに素っ気なく呟いただけだった。


 祖母がキッチンで料理してくれている間、祖父と子ども二人はリビングルームで(くつろ)いでいた。


「おじいちゃん、私この間コンクールで入賞したんだよ」

「おお! そりゃすごいなあ。仁美ちゃんは賢いし頑張り屋さんだからな」

 近況報告をする仁美に、祖父はいちいち大仰に喜びを表している。


「でね、真奈もクラス対抗リレーの選手に選ばれたの! すごいでしょ。ね? そうだよね、真奈」

「優勝できるようにいっぱい練習する!」

「仁美ちゃん、何か欲しいものないか? 明日、買い物行こう」

 祖父は真奈の声など何も聞こえていないかのように、仁美に違う話題を投げた。

 今に始まったことではない。

 仁美には満面の笑みを向ける祖父母は、真奈にはほとんど視線さえ寄越さなかった。

 そのたびに妹を仲間に入れようと努力してくれていた仁美も、とうとう堪忍袋の緒が切れたのだろう。


「お父さん、私もういや! おじいちゃんたちには来て欲しくない。私の妹に意地悪する人なんて好きじゃない!」

 祖父母は父の前ではあからさまな態度は取らないものの、仁美と真奈の様子を見て不穏なものを感じたのか。

 それ以来、彼らが家を訪ねて来ることは二度となかった。


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