第6物語 物語添削<リバーストーリー>
"私は1人、1人に見えるだけかもしれない。何も分からない。"
アルヒェと出会い、世界の事情をしった。
少なくともヴァラルフ王国の現状はこの悲惨な広場を目の当たりにしたあたりで、なんとなく察していた。
「ひとまず、1度休息なさってはいかがでしょうか? お疲れでしょう。宿は残念ながら破壊されていますので使用できませんが……」
「それならアルヒェの部屋を借りたいわ」
「それはお断りします。申し訳ないですが、野宿になります」
「そう、まいいわ」
ベッドでゆっくりしたいなあと募る思いを我慢しつつ、さてこの悪臭をどうしようかと悩んでいる。
「休息……確かに周りは夜だもんね。そろそろ寝ないと……でも臭い」
「貴重だけど、芳香剤を使うしかないわね……。なぜ持ってるかって? 秘密よ」
「よーちゃんケチだなー」
クスクスと千夜は笑いながら話していた。
「それよりも千夜、あんたそろそろ名前を変える時じゃない? 」
「名前……。口にしてなかっただけで変えようとは思ってたけど、どうして急に? 」
「あっいや、まだ関わってそんなに経ってないけどなんとなくあんたの思考を読めた気がして」
自分でもなぜこんな話を急に振ったのか分からなかったが、それっぽく誤魔化した。
「まぁ、次はヨリィーに決めてもらおうとは思ってたよ」
「そう……。さて、休息もいいけど……先に体を動かしてから寝ようじゃないの」
「はぇ?! さっき歩いてここに来たのに??」
「さっきの話を聞いて修行しなきゃって思っただけよ。あんたもだけど、ウチもね」
「今死なれると困る、から……」
"今"という少し気がかりなワードを口にしつつも、ヨリィーなりに不器用なりにも心配してくれてるのだろうと思った。
「でも、ごめんね。あたし、眠たいや」
「……仕方ないわね、ほら、寝袋」
「ありがと! 」
どこからか取り出した寝袋ふたつを地面に置く。
真言ノ刻の能力では無さそうだが、何やら訳がありそうだ。
「寝る前にひとついいかな。あたしね、ずっと気になってたんだけど。よーちゃんって、ここに来る前に出会った"もう1人のあたし"だったりするの?」
「え……? それはどういう……」
聞こうとした瞬間には千夜は眠っていた。
寝袋の中にいつの間にか入っていたのだ。
よほど疲れていたのか、眠りにつくまでが早かったらしい。
ヨリィーが用意して傍に置いてある芳香剤のおかげで、不快な匂いを中和して打ち消してくれてるおかげですんなり眠れたのだろう。
「千夜ったら何を言ってるのかしら……。まあそれは後で考えることにしよう……」
ふぁあ〜と小さく欠伸をヨリィーがしたかと思えば、自分も眠りにつくことにした。
そして翌日、お世辞にもいい朝とは言えない……相も変わらず地獄絵図とも言えるこの場所で2人は目覚めた。
匂いは誤魔化せても、風景だけはごまかせないからか目覚めがさほど良くない。
「おはようよーちゃん。んーっ、目覚めはあまり良くないけれど……昨日の疲れは多分取れたかな……」
と朝の挨拶を返す。
ヨリィーも起きてたらしく、千夜は背伸びをしている。
ヨリィーは朝から運動をしていた。
どうやら先に起きてたらしい。
「あらおはようお寝坊さん。今日から特訓するわよ千夜。あんたには応用能力を覚えてもらわないといけないもの」
「応用、能力?」
「ええ、真言ノ刻は基礎能力であるという話は多分したと思うのだけど、応用能力というのは創造者が持つ個人個人のもうひとつの能力のこと。言わば個性の事ね。大多数は基礎能力の補助に回すのだけれど、それは人により変わるの」
「まあやってみせるから、早速ぶっつけ本番でウチと勝負しなさい。勝負といっても実戦訓練だけどね」
「そっそんなぁ〜。勝てるか分からないよぉ……」
「勝つことが目的では無いの。今あんたが持つ素質を、ウチがわかる範囲で判断するためのものよ。正直これだけならアルヒェにでも頼んだ方が早いけれど、出てくるまで待つのも面倒だし」
「……わかった! そういうことなら……"千夜の右手には、鋭利な剣が握られる。鉄製の西洋剣で、その刃は敵を斬り伏せる"」
千夜が地の文を口にすれば、確かに西洋剣と言われる諸刃の剣の由来になった両刃の剣がでてくる。
しかしどこかふにゃふにゃで、とてもじゃないが強そうには見えない。
「ふむなるほどね。それじゃ、かかってきなさい」
対してヨリィーは、武器をひとつも持たずに距離を離して待機している。
「(元剣道部として、負ける訳には行けない。いや、勝ち負けでは無いとは言っていたけど、素人なりに頑張らないと)」
当然ながら、西洋剣を扱うのと竹刀を扱うのでは体で感じる重さが違う。
たとえふにゃふにゃの剣であろうとその素材は鉄製で、しっかりと重みはある。
物がきれるか、人の肌がきれるかは二の次で真剣なんて扱ったことないのに大丈夫だろうかと内心不安になるが、剣道で培った技術を参考にし礼を初めに入れてから斬りかかりにいく。
「うらぁあー! 面っっ!!」
剣道時代、得意としていた近接戦に持ち込むために一気に距離を詰めようとする。
そのために地面を強く蹴り、ふにゃふにゃの剣を両手でしっかり持ちながら縦切りをヨリィーの頭から入れようとする。
「……筋は悪くない、けど……! 言ったでしよ?見せてあげるって」
「物語添削!」
ヨリィーがそう口にすると、瞬く間にまばゆい光が千夜達を包み込む。
ヨリィーの周りを数多もの文章の羅列が帯状となり包んで8の字になったかと思えば、その帯は次第にヨリィーの右手へと移っていき、光が納まった次の瞬間には千夜と同じ西洋剣が握られていた。
しかし千夜と違うのは、綺麗な光沢を放ち、しっかりと天を貫かんとせんばかりに作られていることである。
千夜みたいにふにゃふにゃとした柔らかそうな印象なんて見せない。
「今の光は……! そしてそれはどうやって……」
「説明は後でしてあげるわ。そして、直ぐに終わらせてあげる」
ヨリィーがそう宣言したかと思えば、すぐに行動に移す。
手馴れた手つきでまず近寄ってくる千夜の腹部を蹴り、先程手にした西洋剣で千夜の剣を手から跳ね除ける。
ふにゃふにゃの西洋剣は頑丈な作りの剣に根負けし、物の見事に受け止めることが出来ず、へし折れてしまった。
その後、千夜の首元にヨリィーの剣を突きつける。
「勝負ありね千夜。どこの世界の存在だったかは分からないけど、これまでの創造者よりは素質があるんじゃないかしら?」
「……参りました……」
千夜はヨリィーに圧倒的な力の差を見せつけられた。
ヨリィーがこの世界の住人だからなのか?あるいは自分の力があまりに弱かったのか?そんなことを考えるよりも先に、今思い知ったのは……ヨリィーは猛者だということだ。
「さて、と……種明かしをするとね。ウチの能力|物語添削<リバーストーリー>はね、応用能力のような役割を持つ能力。でもウチは創造者では無いから真言ノ刻は持たない」
「ではなぜ千夜と同じく西洋剣を出せたのか、簡単よ。ウチが"添削"したからよ。世界が、都合のいいように勝手に添削をしてしまうのと同じで、ウチの能力は"対象の能力を改ざんし、新たな力を自分のものにするのよ」
「……つまり、あたしの能力の欠陥を見つけてそれを添削することで正しい力を生み出し、自分の力としたってこと?」
「まあそうなるわね。ただ、これはサポート能力だから相手がまずどんな力を使って攻撃をしてくるのかなどを判断しなきゃならないし、技量があれば添削をする必要がないからウチの能力は使い物にならなくなるの」
淡々と説明をしながら、ヨリィーの手にも西洋剣が現れたことの原理を口にする。
千夜のようなまだまだアマチュアと言えるような小説家は、現実世界でも書籍化するにあたり出版社に属する編集者によって文法ミスや単語のミスなどを見つけて指摘して改善する。
もちろんアマチュアだけでなく大ヒット作を生み出すようなベテランでもこの道を必ず通る、そうでなくては、ただミスの目立つものを世間に売りに出したところで印税などがかさむだけで会社の利益にならないからだ。
ヨリィーの持つこの能力はまさに、編集者のような能力なのだ。
「添削……あたしが現実世界で売れなかった理由の一つだ……。賞をとることは愚か、まともな文章や正しい表現が出来てないと評価されたことがあったのを思い出した……」
千夜は評価シートなるものを企業から貰っていて、実際に編集者からこうしたらいいよ!と記されたアドバイスを貰ったことが何度もある。
それを元にしても治すことは出来ず、クオリティは現状維持のままだったためにいつまで経っても書籍化しないのだ。
「辛辣なことをいうと、千夜。あんたは出来損ないの創造者よ。今まで出会った誰よりもね」
「あんたは独創的な思想が強く、どこか奇抜で振り回されることが多い。でも、だからこそ光るものがあるのよ。自分の持てる発想力や想像力をもって、他者を踏み台にしてでも乗り越えようとする強い意志をこの西洋剣から感じる」
「今は出来損ないかもしれないけど、いずれあんたはでっかくなるわよ。現実世界で報われなかった分、ここで頑張って結果を残せばいい。そうすれば自ずと立派な小説家になれるんじゃないかしら」
とヨリィーは真剣な眼差しで語る。
千夜にとって、出来損ないという言葉は地雷でしかなく、自分に常に付きまとってくる邪魔なものでしかない。
事実ヨリィーにまでいわれてしまい、心が折れそうになっているのか両膝を地面に付けて泣き崩れそうになっている。
「分かってるの、あたしが出来損ないってことくらい。圧倒的な力の差を見せつけられて、マウントを取られたような気持ちになったけど……よーちゃんの言う通りあたしは他者を踏み台にして必死に抗おうとした。だから数多もの小説を買い漁り分析して自分のものにしようとした」
「でも結果はこのザマ……。あたしは諦めはしないけど、とても辛い。辛辣なその言葉はこの世界ではきっと間違ってないのだろうというのはこの広場の風景を見れば一目瞭然だからね……」
力を持たぬものは、創造者により蹂躙されヴァラルフ王国のように壊滅状態に追いやられる。
それはまるで、受賞作品に選ばれなかった数多もの応募作の末路のように周りの亡骸達が見えてならなかった。
1次審査はくぐり抜けたけど次の審査で通らなかった苦しみを、自分が体験してるようで辛かったからだ。
「引き返すなら今。逃げるなら今。ウチの持つこの西洋剣で己の心臓を貫けば、現状から逃避は出来る。でも、それをするということは……あんたは自分の可能性を殺すことになる。諦めたくないというのなら、自分を変えたいと思うのなら、特訓を続けるわよ」
ヨリィーの発言は妙に説得力があり、千夜を変えてあげたいという思いが強く伝わる。
独特な感性を持ち合わせる千夜を、活かしてあげればもっと伸びるに違いない……編集者のような立ち位置にあるヨリィーのその気遣いは、千夜にとってはありがたかった。
だからこそ……
「あたしゃ諦めないし逃げもしない。まして自殺しようなんて真似もしない。そんなことをしたって根本的な解決には何もならない。あたしはあのおばあちゃんに自分の才能を見出してくれて、この世界まで転移させてくれた恩師のようなもの」
「そんな方の思いを、踏みにじるようなことはしない!」
涙を流しそうになる自身の頬を叩き、ゆっくり起き上がる。
「……よく立ち上がったわ。その点はほかの6億6666万6665人の創造者とは大きく違うところなのかもしれないわね。さぁ、続けるわよ。強くなるために」
「うん!」
千夜はこの日、初めて決心した。
必ずこの世界を救い、活気溢れる世界に作り上げることに。
まるで最終章のような展開を体験した千夜は、これまでのふわふわした思いや思考が、少し抜けて成長したようにも感じられる。
いつか来るだろう国王陛下討伐に向けての大きな一歩のことを考えながら……。
名前:狭山千夜
2つ名:創造者
基礎能力:真言ノ刻
強み:知識さえあれば、地の文を使用して創造・改ざんが可能。
弱み:使用者の知識が壊滅的だと意味をなさない。仮に知識があっても世界の都合のいいように"添削"される。
仲間:ヨリィー・ディメンション
仲間の愛称:よーちゃん
ヨリィーの能力:物語添削
強み:対象の添削可能範囲を見つけ、それを添削し自分の力として創造・改善出来る。
弱み:サポート特化故に、攻撃用として能力を行使するのは実質不可能。
相手の方が技量を上回れば添削は行えないため能力は使えない。
サポート特化なのに添削元に力を与えれない。