第11物語 華癒ノ陣<ブロッサムキュア>後編
"綺麗な華ほど寿命が短く、儚い人生ほど輝かしく見える。不思議です"
「プルミエさん、あともう少しですよ! ほらヨリィーさんも!」
アルヒェの溢れんばかりの元気な声とは裏腹に、アルヒェが考えた強くなるためのついさっき思いついて決めたメニュー通りの訓練をプルミエとヨリィーの2人は受けている。
先程の雑談はなんだったのだろうか?そう思える位つかの間の休息に感じる。
ぜぇーぜぇーはぁはぁと息を荒らげながら、2人は悪臭漂うこの広場の噴水の周りを何周も何周も走っている。
「アルヒェさーん…… はぁ、はぁ……あと何周なのぉ……?」
「あと100周です! 途中で休んだら連帯責任でプラス100周しますからね!」
「そんなぁあ……」
「絶対、休んじゃだめだからねプルミエ……はぁ、はぁ……」
「ほら、声出す暇あるなら走ってください!」
アルヒェはヴァラルフ王国の騎士団長。そのせいなのか相手が国王陛下だからなのかは分からないが、妙に気合いが入っている。
生死が関係するかもしれない戦いになるかもしれないと、アルヒェが先の話し合いで感じたからかもしれないが少なくとも本人は自覚していないらしい。
そうして1時間ほど経過した辺りで遂に残りの分を走りきれた。
そもそもそこまで大きく円を書くように走ってなく、あくまで噴水の周りを走っていただけの為割と早い時間で走りきれたのだろう。
「はぁ、はぁ……もう無理、走れない……」
「ウチも無理……。流石に飲まず食わずで1日過ごしたのが仇になったわね……」
そう、2人はここに来るまでの間に何も食べても飲んでもいないのだ。
飲食するだけならプルミエの能力を使えばいいだけの話だが、主にプルミエがその思考に至らなかった。
だが、プルミエに関して言えば転移される前には少し食事を取っていたこともあり、あまり気にしてなかったのかもしれない。
「何も食べてなかったのですねおふたりとも……。それならそうと早くいってくださればよかったのに」
「はい、お弁当ですよ。本当は自分の分と思って朝に作ったものですが、3人で分けて食べましょう」
「おっ気が利くわね、ありがとう」
「おおっ、サンドイッチ……久しぶりに食べるなぁ、ありがと!」
アルヒェが差し出したのは、バスケットに入った小さな箱。
その箱を開けてみると中には色とりどりのサンドイッチが。
国の雰囲気で考えるならちょっと合わないが、この世界の事情を考えると今更な話である。
なおサンドイッチの具材は、ツナマヨやキャベツ、スライストマトや卵など現実世界でもよく見るような具材ばかりである。
「んー! おいひぃー!」
「……悪くないわね、やるじゃない」
「おふた方が喜んでくれて何よりです」
柔らかい笑顔をプルミエ達に見せながら、サンドイッチの入った箱を正座した自分の脚の太ももの上に乗せて自分も食べる。
味わいとしてはなんともシンプルで在り来りな味だが、訓練の後に食べるご飯というのは格別である。
先の訓練の際でた滝のように溢れでる汗を、2人は拭いながら5つ残して残りの5つを分け合って平らげた。
「あらあら、汗を拭いながらというのはお行儀悪いですね。せっかくなのでこちらも……朝お洗濯したばかりなのでいい匂いがしますよ」
そう言って2人に軽く指摘しながら、おそらく常に持ち歩いてるのであろう肩下げポーチの中から丁寧に折りたたまれた花柄のタオルを手渡す。
アルヒェの言う通り、手渡されたタオルからは洗剤特有の甘い匂いのようなものが立ち込めてきている。
「この匂い、ちょっと恋しく感じるな……」
「現実世界のことですか?」
「うん。昔亡くしたお母さんの匂いにどこか似ててね……。まさかアルヒェがそのお母さんの生まれ変わりだったりしてーなんちゃって」
「プルミエ。ここの世界の事情的にありえない話では無いわよ。まあ0から1に増えた程度だとは思うけど」
「もし本当にそうだったらきっと、なんでこっちに来たの? ってボクは聞くと思いますよ」
プルミエが口にしたちょっとの思い出話。
その思い出の話をするプルミエの目はうるうると今にも泣きそうな顔をしていた。
それをみたアルヒェは、もしかしたらお母さんっ子だったのかもしれないとプルミエをみて密かに思った。
だからこそこんな絶体絶命と言えるような世界に、なんでわざわざ転移してまで来たのかと自分が母親なら説いただろうと口にする。
「そんなの、元の世界には自分の居場所がないと思ったから……。ただそれだけ」
「それに……まさか占い師のおばあちゃんに話しかけたら"自分には才能があるから異世界で世界の立て直しをしないかい?"と言われて興味を持たない小説家はいないよ」
「そういえば小説家だったわねあんた、忘れてたわ」
「よーちゃんひどーい……」
「ふふっ、微笑ましいですね」
こんな微笑ましく話をする3人の周りは地獄のような光景、なんとも言えないギャップに包まれながら和気あいあいと談笑をする。
悪臭が立ちこめる中で果たして美味しい食事ができるかと言われたらそんなの無理だが、今のプルミエやヨリィーに関して言えば関係の無い話だ。
なにせ、空腹なのだから。
「そういえばアルヒェさん、食べながらで悪いんだけど……あたし聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと、ですか? なんでしょう?」
「それは……」
――――幻想の方舟について聞きたいのです。
プルミエの質問で、一瞬だけ場の空気が凍りついた。
まるで、今まで温暖な気候だった場所が急な気候変動でマイナス気温まで低下して生態系が壊れたかのような衝撃が走ったのだ。
「………それはですね……。簡単に言うとお天道様の所に案内する為の、現世にお別れするための乗り物のことですね」
「この国にはこんな話があります」
―――人生とは、花の一生と同じもの。小さな種から新芽が発芽し、徐々に大きくなっていき蕾を作り、やがて1輪の花を咲かせる。かと思えば、すぐに寿命を迎え枯れてしまう。中には病気になってしまって最後まで成長しない個体もいる。
「この国ではですね、彼岸花と呼ばれる花がとても人気でして……花言葉はその彼岸花の色によって変わるのですが、幻想の方舟が駅としている待合所は赤い彼岸花の花園なんだそうです」
「それは何故か、赤い彼岸花の花言葉のひとつに"悲しい思い出"というとてもネガティブな花言葉があるんです。きっと幻想の方舟と呼ばれるそれは、悲しい思い出をお天道様の元に連れて行って安らかに眠れるように導くのでしょう。……あの人と同じように」
長々とした、どこか哀愁漂う話に2人は、食の手を止めて真剣に聞いていた。
一方で、アルヒェは空に顔を向けている。
つまるところ、プルミエが見ていたあの夢は死後の世界ともいえるのだ。
「あたしね、昨日夢を見たんだ……。まさにその赤い彼岸花の花園の夢を。そこにね、1人の女の子がいたんだ。よーちゃんと身長が似た子だったんだけど、アルヒェさんと言ってることはどこか同じだったんだ」
「でも不思議なことにその子はね、"すでにげんそうのはこぶねにはあってるしすぐにあう"と言ってたの。もしかしてだけど……アルヒェさん、なにか関係があるの?」
「! どっどうしてボクなんですか? ヨリィーさんかもしれないじゃないですか」
「……なるほど、そういう事ねプルミエ。ウチもわかったわ」
突然のプルミエの発言にアルヒェが困惑する中、ただ1人ヨリィーだけは何となく理解したし察していた。
「アルヒェ・ハイリヒって名前さ、あんまりあたしは元いた世界の外国の言葉はよく分からないんだけど……知ってる範囲だと日本語に直すと"幻想の方舟"という意味になるの」
「……だからなにか関係があるのかなって思って……」
「予想通り……」
「…………プルミエさん……」
プルミエが発した発言により、微笑ましく話していた先程までのアルヒェの顔は曇ってしまう。
決してこの発言に対して怒ってる訳では無い。
ただ、悲しんでいるのだ。涙を流さないだけで。
「………ボクをこの世に顕現れさせたとある人がいまして……。プルミエさんのおっしゃる通り、ボクは幻想の方舟そのものです。でも、下界に降りる時に蒸気汽車の姿で降りるなんておかしいじゃないですか。それでは人と馴染むのに、会話することなんて出来ませんし」
「でも、ボクが顕現れて3年が経過した頃……ボクを創った創造者様は亡くなってしまいました。彼女に因縁を抱いていたものに毒物を盛られ………」
「たった3年間ですが、ボクにとっては寿命の短い花のようでした。もちろん、自分の役目を果たすために彼女を自分の手で送り届けました」
「………そう、だったんだね……。ごめんね、辛いこと思い出させて」
「いいんですよ。悲しい話ですが、過ぎたことですから」
「じゃあアルヒェ、ヴァラルフ王国のアーチをくぐった時のあの空間はもしかして……」
「そうですよ。一見何も無いですが、ボクの力を使って空間を移動しました。なんの力かは、ふふっまだ内緒です」
涙すら流さない、いや厳密には涙すら出ないくらい泣いたのだろうことが分かるほどにアルヒェの話はとても重いことがアルヒェの目元をみて分かる。
なぜか、涙を流した跡が目元付近にまだ残っているからである。
一見メイクで目元をピンク色ぽく見せているだけのアルヒェの目は、泣き疲れた後に出来た治らないものなのだろう。
「つまり、辛いことと分かっていながら……今も死者に別れを伝えるために仕事をし、お天道様の元に連れていく仕事をしている……。騎士団長というのはあくまで下界の仕事なのね……」
「まぁ、そうなりますねはい」
「……決めたよ、あたしの応用能力。できるかは分からないけど、今のあたしに……」
プルミエが突然立ち上がり、ヨリィー達から少しだけ離れたかと思うと地の文を唱え始める。
「"白く澄んだその花は、地面を覆い尽くすほど咲き誇り癒しを与える。まるで、楽園とも安息の地とも呼べるようなその光景は、残されたものに力を与える"」
プルミエが唱え終わると、彼女の周りに1面の白く美しく咲き誇るジャスミンの花が現れる。
その一つ一つはなんだか笑っているようにも見え、まるで"ずっと会いたかった。一緒にいたい"と思わせる程に美しく濃厚な香りが広がるのだ。
「ジャスミンの花言葉は"あなたと一緒にいたい"。彼岸花とはすこし対照的だけど、アルヒェさん……もうあなたが見ている前では誰も居なくならない。少なくともあたし達はね」
「そっそうよ! ウチだって簡単には死んでやるもんですか! 死ねと言われても離れろと言われてもうっとおしいって思うくらいそばにいてやるわよ」
「おふた方………」
プルミエはアルヒェを励ますために地の文を唱えたが、それにはプルミエ自身の思いがこもっていたのだ。
それは、人々に癒しを求めるような綺麗な光景で……先の訓練でヘトヘトのはずのヨリィーの疲労を吹き飛ばすような程の異能力……。
攻撃手段という目的では決してないものの、真言の刻では言い表せない個性をだした応用能力に、プルミエは遂に目覚めた。
「……華癒ノ陣。この応用能力はそう命名するわ。ウチの物語添削適応外の応用能力に目覚めたんだもの、記念よ」
ヨリィーが応用能力発現祝いに名前を決める一方で、アルヒェはプルミエの創ったジャスミンを1輪ずつ摘み、花かんむりを作って自身の頭に被せた。
「………こうまでされては、国王陛下退治までのお付き合いまで……とは言えませんね。これからも、正式なあなたの仲間として、この世界を建て直すお手伝いをさせてください」
アルヒェは決心した。出会ったばかりであるはずの自分にここまでしてくれる創造者はほかにいただろうかと。
判断基準はとてもとても緩いものだが、少なくともそばにいて安らぎを覚えるほどの力を持つものの仲間にならない道理はない。
そう思ったからこそ花かんむりをつくり、身につけることで一緒にいようと決めたのだ。
「この能力が役に立つかは分からないけれど、絶対倒してみせるよ。みんなを死なせはしない!」
「癒しの力、まさに回復担当というわけね。アロマセラピーの効果もありそう」
「さて、そういうことなら今一度下克上のときです! 今のあなた達なら怠惰で貪欲な国王陛下を相手に出来るかもしれません!」
攻撃のアルヒェ、攻撃兼補助のヨリィー、現状回復担当のプルミエとやや不釣合いなパーティだが、この3人で下克上を果たすための戦いが今始まる。
―――………大義を成すことは簡単じゃないと、なぜ理解できないのやら。これだから出来損ない共は……。
名前:狭山千夜
新たな名前:プルミエ・エール
2つ名:創造者
基礎能力:真言ノ刻
強み:知識さえあれば、地の文を使用して創造・改ざんが可能。
弱み:使用者の知識が壊滅的だと意味をなさない。仮に知識があっても世界の都合のいいように"添削"される。
応用能力:華癒ノ陣
強み:死亡以外ならあらゆる生命をジャスミンの花の香りで治癒出来てしまう。例え部位が欠損しようと、痛みを伴ってもその痛みすら忘れ失った部位が再生する。
弱み:半径300m圏内でしか効果がなく、怪我人を範囲内に連れていくかその範囲内で怪我をするかしないと発動しない。
既にこの世から魂がはなれた死体は蘇生できない。
また、範囲内なら死んでさえ居なければ敵味方問わないため利敵行為として利用されやすい。
仲間:ヨリィー・ディメンション
仲間の愛称:よーちゃん
ヨリィーの能力:物語添削
強み:対象の添削可能範囲を見つけ、それを添削し自分の力として創造・改善出来る。
弱み:サポート特化故に、攻撃用として能力を行使するのは実質不可能。
相手の方が技量を上回れば添削は行えないため能力は使えない。
サポート特化なのに添削元に力を与えれない。
仲間:アルヒェ・ハイリヒ
役職:幻想の方舟/騎士団長