第1物語 出来損ないのあたしは、転機を迎える
20xx年現在、9月1日と夏の終わりを感じさせるような季節。
徐々に秋らしい気候に変わっていき、肌寒くなるような時期に、ある1人の女性が奮闘している。
「だぁあ! だめだめ。こんな出来じゃ……」
その女性は丸められた紙が散らかった、書斎のような部屋で頭に手を置いてわしゃわしゃとかいていた。
木製で出来た机の上には、新人賞落第通達の紙が何枚も何枚も並んでいる。
どれだけ出しても尽く通っていないのだ。
「頭の中で思いついた内容すらろくに書けないの? あたしは……! 」
「小説家志望自宅警備員24歳彼氏無し狭山千夜、こんくらいのことが出来ないで小説家なんて無理だよっ」
引き続き頭をわしゃわしゃとかきつつ、書きかけの原稿用紙を両手でクシャクシャに丸めて後ろを向いたままで放り投げた。
さらに錯乱状態だからか、唐突に自己紹介を始めた千夜という名の女性はなんとか落ち着こうと深呼吸をする。
「はぁ、はぁ……落ち着け、とにかく一旦落ち着こう」
茶色いショートヘアーを、頭を左右に振ることでたなびかせながら両手で自身の頬を叩く。
「こんな時はショッピングに出かけようそうしよう! 」
ある程度落ち着いたところで、出かけることにした千夜は着ていた部屋着を脱いで着替える。
黒と赤を中心とした服に白いフリルがついたワンピースタイプの、地雷系スタイルの服装。
机の上に置いてあるアンダーリムの眼鏡を掛けながら、その場を去ろうとするがすぐに引き返し…
「あぁそうだった忘れてた。いくよ"ぺー君"! これがなくては小説家は名乗れないもんね! 」
ぺー君と呼ばれたそれは、漫画家が持つことが多い羽根ペンのことである。
それを2本、自身のヘアバンドの耳元に差し込んで部族の被り物のように装飾する。
見るからにダサいが、本人は真面目である。
「車の鍵ももったし、しゅっぱーつ! 」
元気とポジティブ思考が半分売りのような千夜は、忘れ物がないか確認して車に乗り込む。
それからしばらくして、車を駐車場に停めて千夜の自宅から近い商店街にたどり着いた。
千夜がすむこの場所は、田舎よりではあるが…ショッピングモールが都会にもあるようなラインラップである。
「さてと、ショッピングを楽しみますかー! 」
そう言って目の前の建物に入り、大いにショッピングを楽しむ。
「ちょっと買いすぎたかなあ……でも楽しかったからいいや! 」
新しい服や化粧品などたんまり購入した後で、両手を購入物の袋でいっぱいにしながら満足気に出てくる。
しかし、ふと視線を動かした先でひっそりと近くにお店のようなものがあることに気づく。
そこには60代くらいの老婆がすわっており、机の上には水晶のようなものが置いてある。
「占い、かな? 」
気になってもう少し目を凝らして見てみれば、看板にはこんなことが書いてあった。
"人生を変えます。今の人生に飽きたらお越しください。"
どことなく胡散臭い看板に、誰も近寄る気配すらなかった。
……1人を除いて。
「なんだか面白そうっ! いってみよう」
少し重たそうに袋を持ちながらも老婆の元へ近寄る。
「おやいらっしゃい嬢ちゃん。いやーまたすごい子をお目にかかったもんじゃー」
「すごい?こんな出来損ないのあたしが?」
「まぁまぁ、わしゃ見ての通り老婆じゃから、年寄りの戯言だと思っておくれ。興味があるなら占うぞよ」
胡散臭そうな雰囲気とは別に、どこか優しそうな老婆の話を聞いた千夜は少し考えたあと。
「わかった! 面白そうだから受けてみる! 」
「そうかい、じゃあ早速じゃが……嬢ちゃんの力で世界を立て直してはみんかの? ここでは無い異世界で」
さらっととんでもないことを口にした老婆の話を、千夜は真面目に聞いていた。
「わっ、私の力で世界を?! しかも異世界でって……まだお題も払ってないのにそんな事……」
老婆の話すことを疑うこともせず、むしろ受け入れて話を聞いている。
「いいんじゃよ、嬢ちゃんは特別じゃからな。それで、どうするんじゃ?嬢ちゃんには選ぶ権利がある」
「あたし、いくよ。この世界にいても何も無いから……」
現実の世界にいたところで何にもならないと思った千夜は、すんなり受けいれた。
「そうかい、それなら……記憶を対価に頂くよ」
そう老婆が言うと、千夜の周りを魔法陣のようなもので覆っていく。
幸いにも、田舎な為に周りに人がいない。
故に邪魔はされにくいだろうし話題にもなりにくい。
「おぉお! これが、異世界転移っ…! 小説家のネタになるっ!」
千夜が口にする頃にはその場から消えてしまっていた。
手で持っていた袋だけ残して。
「……行ってらっしゃい創造者」
老婆はどこか笑みを浮かべながら、何事も無かったかのように残ったものを片付ける。
__これが千夜の発想力と想像力を使って世界を立て直す物語の原点である。