新たな家族、膨らむ蕾
『う…産まれた』
『ええ。こんな環境で無事に生まれるなんて奇跡ね』
まず最初に目に入ってきたのは、赤髪片目の巨躯の男と、銀髪赤目の美女。
次にその奥にある、穴だらけの屋根。
そして、自分の小さな手。
無事に転生したようだ。
「あ…あうー」
変な声しか出せない。
体も自由が効かず、複雑に物事を考えることができない。
『フィン。か、体中が痛い…』
『あ、す、すまん。〔詠唱省略〕〈エクストラヒール〉』
言語が全く分からない。
『ふう。ありがと』
『これくらい当然だ。』
『そういえばこの子名前決めてないわね』
『ああ。無事に生まれたらつけようと思っていた名があるんだ』
『どんなの?』
『木の花。俺の故郷、北竜大陸の言葉だ』
『貴方にしてはまともな名前ね』
『妊娠が分かってからずっと考えてたからな』
全く聞き取れないが、二人の仲は良さそうだ。クズと聞いていたがそれなら私が生まれた時、あんな嬉しそうな顔をするだろうか。
何はともあれ、思っていたよりは良いようだ。
『これで盗賊家業を再開できるな』
『ええ。そうね』
◆◇◆◇
赤ちゃんライフ、最悪。
母乳は生ぬるくてあまり美味しくない。
成人男性におむつを替えられる屈辱。
急に襲いくる睡魔。
そして絶望的に、暇。
することが無い。
前世も似たようなものだったが、今回は本も無く、会話も分からず、まだ脳が未発達の為か、素数を数えることもできない。
首も座らないので座ることもできない。
ただ頭上にある、木の枝で作られた風で回るメリーを眺めることしかできない。
それが3ヶ月。気が狂うかと思った。
「あうー」
『はいはい。だっこね』
そろそろ首が座ってきた。
でもそれだけ。前世の知識では歩けるまで1年〜2年は掛かるらしい。
前世の知識があるからもう少し早いかもしれないが。
暇。
ねたふりをすると、ベットに降ろされる。
住処はボロボロなのに、このベットだけ不自然に質がいい。
木製の枠にシルクらしきシーツ。
………盗品だよね。コレ。
首を動かして部屋を見ると、宝石や美しい短剣、金貨等がけっこうある。
クズってこういうことか?
ガシャン。
何かが割れる音。
母の方を見ると、彼女が高そうな皿を割っていた。
『やっちゃった〜。イケるかな……〔土の精霊よ、此を今一度元の姿へ戻し給え〕〈修復〉!』
“修復”という単語が理解できた。
うまれた直後の“エクストラヒール”と同じだ。空耳では無かったか。
皿の破片が母の手元に集まり、皿が元の形に戻った。
『ふ〜セーフ!』
魔法。閻魔様も言っていたが、生で見ると感動する。
どうやらやることができたようだ。
MISSION1:異世界語を解読せよ!
◆◇◆◇
ムズい。
私は頭は良い方だったが、この頭脳じゃ考えがまとまらない。
辛うじて分かったのは「愛してる」「無理」「激しい」「大きい」、あとは「私の名」「父の名」「母の名」だ。
……初めの四つはどうして覚えたのかは想像に任せる。
さてと。寝返りもうてるようになったし、離乳食のバナナも生ヌルミルクよりはマシ。
はいはいもできるようになった。
声帯も発達してきたし、そろそろ単語ぐらい喋っても不自然じゃないかな。
………ここで第一声が「ヴル リーア」とかだったら、両親はどんな顔をするだろう。
…やめとこ。
私はその夜、両親の前で「ユウ」と喋ってみると、めちゃくちゃ感動された。
◆◇◆◇
だいたい言葉も分かってきた。
そして、A☆RU☆KE☆RU!!
自分の足で!歩ける!
素晴らしい。つかまり立ちはけっこう緊張したなあ。
そして分かったこと。ここは森の中だった。
しかも家はうっすらと結界?の様なものに包まれている。
さらに見た目はボロ小屋なのに、床には虫どころか埃一つ落ちていない。
「帰ったぞハル、ユウ。」
父が帰ってきた。三日振りだ。
前は三週間程帰ってこなかった時もあったので別に慣れている。
「おかえりフィン。」
「おかえりなさい。とうさま」
「今日の戦利品は道中狩ったオーク肉と、商人から盗んだオリーブオイルとハーブ。ついでにエメラルドの指輪と金の首飾り、魔導の杖、魔導書、魔剣に金貨六十枚だ」
「大漁ね。」
「まどうしょ?」
「ああ。そういえば本を見るのは初めてか?本は高い癖に盗み甲斐が無いからな」
「読み書きは教えるべきかしら。」
「おしえて!」
読み書き!絶対に覚えるべき!!
「算術は何故か俺よりできるんだから、教えたらすぐかもな。」
「じゃあ後でね。今夜は私がオーク肉の香草焼きを作ってあげよう。」
オーク肉と言われたら抵抗あるかもしれないが、めちゃめちゃ旨い。
今夜は楽しみだ。
◆◇◆◇
三歳。
「第二節おめでとう。はい。プレゼント。」
この国なのかこの世界なのかは知らないが、誕生日を祝う風習は無い。
代わりに「節」という記念日がある。一歳で第一節、三歳で第二節、五歳で第三節、七歳で第四節、十歳で第五節だ。そして十六歳で成人。少し早い気もするが、まあいい。
プレゼントに渡されたのは、短剣と本。
「父さんと母さんが盗賊なのは知ってるだろ?俺は別に将来を強制するつもりは無いが、残念ながらお前は犯罪者の娘だ。自衛の術くらい身に着けろよ。」
「まあ何があっても私達が守るけどね。」
本の内容は魔法についてだった。
「俺がよく使う魔法をみせてやろうか?〔詠唱省略〕〈変化〉」
父が黒い雲に包まれる。
中から出てきたのは、金髪の少年。
さらにまた変身し、今度は猫。
さらにまた変身し、今度は蝙蝠。
そして、いつもの姿に戻る。
「盗賊家業に御用達だし、便利だから覚えたほうが良いぞ。俺の一族秘伝の魔法だ」
「……それでこっそりぬすんでいくんですか?」
「? ああ。そうだが?」
「なんか、たいかくからしてもっと…ちからずくうばうとおもってました」
「そう思うよね。フィンは意外とテクニック派なんだよ」
「力ずくなんか美しくないだろ。誰にも気づかれず、完璧に盗み出してこそプロだ」
盗賊というより怪盗?
「ちなみに私は強行突破要員。いつも綺麗にいくとは限らないからね」
「ユウは剣術の達人だからな。あんなに美しい剣技は彼女の他に見たことない」
「なんかイメージとぎゃくですね」
「「教えようか?」」
……なんでこの両親は、私に色々教えようとするのだろう。