第008話 アルカドール侯爵夫人 エヴァンジェラ・アルカドール視点
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私の娘、フィリストリアは、世界で唯一の全属性者で、その上精霊が見えるようです。神はフィリスに何をさせたいのでしょうか。
フィリスを産んだ時、私はすぐに休んだのですが、クリスやお義父様が慌ただしくしていたことは判りました。母乳を飲ませていても、異状が見られなかったので、後から事情を説明された時は、心臓が止まるかと思いました。
フィリスが死んでいても不思議ではなかったなんて!
幸いフィリスはすくすくと育ち……他の子より発育がかなり早いようですが、元気に育つなら有難い、とクリスと話していた矢先でした。クリスが緊急家族会議を開き、フィリスが精霊を見たり話したりすることができる、と私たちに話した時は、事の重大さに思わず取り乱してしまいました。
フィリスは否応なしに、権謀術数渦巻く貴族社会の中心に住むことになるでしょう。そうであるならば、逃げることを考えるより、その中で生き延びる術を与えなければならない、私はそう強く思いました。
幸いフィリスはとても賢いようで、誰に教わるでもなく熱心に勉強し、2才にして図書室の書物を読み始めたと聞いた時は驚きました。
3才から各種教養、礼儀作法を学ばせていますが、想像以上に物覚えが良く、各家庭教師から素晴らしい才女だと絶賛されています。私も外出時に、実践の一環として、フィリスを連れて行くようになりました。
あの頃の子供としては、驚くほど聞き分けが良く落ち着いており、至らない点を私が注意しても、機嫌を悪くすることもなく、必要性を理解して逐次改善しているのです。なんと健気なのでしょう。
ただ、好奇心旺盛なのか、時間が空くと邸内を色々歩き回っているので、今後お転婆な娘に育つ気がしますが……切り替えは出来ているようですので、そこは様子を見るべきでしょうね。精霊に聞きながら考えたという運動なども、体に良いようですので、問題ないでしょう。実際私も腰痛と冷え性が改善しましたし、今度レーナに出す手紙に書いて薦めてみようかと思うくらいです。
フィリスが4才になり、魔法についても教育を始めたのですが、魔力量からして異常に多く、魔力の活性化については画期的な方法を編み出し、更には魔法の威力も桁が違っていました。
話を聞いて分かったのは、我々が考える現象改変の想像と、フィリスの考える想像が異なっているということでした。我々が現象の表層だけ捉えているのに対し、フィリスはもっと深く現象を理解しているような気がしたのです。自然の流転を司る精霊の知識ということですが、それだけではない気がしてなりません。
現段階でフィリスを魔法の世界に深入りさせると、準備が不十分なままで敵陣に飛び込むようなもので、大変危険だと私は思いました。この件については、やはり家族会議が開かれ、情報を共有しました……。
「フィリスは魔法に関しても、多くの点で注意すべきであることが判った」
「そうねクリス、魔力量も活性化の要領も、現象改変の考え方も、全て規格外だものね」
「瞬く間に薪が全て灰と化した時には、正直焦ったわい。あれほど強力な炎は見たことがない」
「フィリスはそんなに凄いのですか。僕も頑張らないといけませんね。その活性化要領は、僕でも出来るでしょうか」
「その件は今検証中だ。フィリス以外でも出来る事が判明したならば、お前も覚えると良いだろう」
「はい、父上、その時は頑張って習得します!」
「そうだな、頑張れ。……このように、活性化の話だけでも注目されるだろう。その上、あの魔法を見た者なら、まず軍事利用を考えるだろう。我が国は他国の侵略を考えていないが、他国から疑惑を持たれる可能性もある」
「その通りじゃ。今注目を集める訳にはいかん。現段階では、フィリスを魔法に深入りさせるのは、危険と判断せざるを得ないのう」
私の抱いていた危惧は、クリスもお義父様も同様に感じていたようです。精霊術士になるのであれば、魔法に習熟する必要はさほどありませんので、魔法の教育は、当座は講義と魔力操作や活性化についての実技のみを行わせるということで、決定しました。
現在魔法の教育を受けているカイは、フィリスの行った魔力の活性化の方法に興味が向いたようですが。フィリスが教えた体操などもそうですが、やはり子供は、好奇心の方が先に立つのでしょうか。
我が家は侯爵家ですので、国境警備の任を王家から受けています。ある他国の制度で言う辺境伯でしょうか。そういう家ですので、領地では尚武の気風があり、剣であれ魔法であれ、強さに貪欲な者が多いのです。
アンダラット男爵などは、フィリスを王都に住ませて魔法研究所に預け、魔法の才能を伸ばした方が良いのでは、と言っているのですが、今は領にいた方が様々な謀略からも守れますし、精霊視を持つ事に気付かれてしまうと、精霊課に奪われてしまう可能性もありますから、フィリスにはその話をしないようにしています。変に興味を持っても良い結果を生みませんので。
魔法について気がかりな点が、あと1つあります。精霊術士になる女性は、通常魔力量が少なめです。これは、精霊を知覚することに常時魔力が消費されているからではないか、と言われているのですが……。
フィリスは精霊視を持つにも関わらず、現時点で既に通常の成人貴族の3倍。丁度クリスと同じくらいです。今後も体の成長に伴い、魔力は格段に増加しますので、フィリスが大人になった時には、一体どれほどの魔力量になるのか、想像がつきません。
精霊視を持ちながら、膨大な魔力を持った方が、歴史上1人おりました。それは、エスメターナ・カレンステア。伝説の精霊導師であった方です。ロイドステア初代国王の妹君であり、内乱後の国内の復興に多大な貢献をされ、当時の王妃殿下よりも国民に人気があったとされる方。
初代国王陛下の崩御後、後を追うように亡くなられたとされていますが、300年経った今でもロイドステアでは英雄的存在であり、物語や各種研究本などで語られる偉大な方です。
フィリスがこのまま成長すると、精霊導師にすらなれてしまうかもしれません。勿論、精霊導師となる為には、かの精霊女王の加護を受ける必要があるそうですので、なろうと思ってなるものではないと思われますが。
フィリスが精霊導師となった場合、国内はもとより、対外的にも大きな存在となることは確実です。王家の意向もあるでしょうが、各国から求婚されたり、あるいは暗殺や排除の対象とされる危険性があります。つまり、世界中から良い意味でも悪い意味でも「狙われる」存在になってしまうのです。まだ単なる可能性に過ぎませんが、対応できるように、今から心づもりはしておくべきでしょう。
フィリスの容姿は「ステアのアルフラミス」と讃えられたお義母様に良く似ています。成長すれば、誰もが振り向く美人になるでしょうね。しかし、容姿だけで渡り歩けるほど貴族社会は甘いものではありません。どちらかと言えば、礼儀作法の方が重視されます。
どれほど美しくても、不作法者は貴族社会では軽視され、周囲が敵になってしまうものですが、礼儀作法を極めた人は、その所作一つで相手を懐柔し、物事を有利に運ぶことも可能なのです。
その意味でも、お義母様は素晴らしい方でした。魔法学校で出来た親友のレーナに、学校の休暇中に自領のアルカドール領に招待され、初めてお義母様にお会いした時、その洗練された所作を見て「この方は格が違う」と思わされたことは今でも覚えています。
その後クリスと結ばれ、アルカドールの一員となってからも、尊敬の念は深まるばかりでした。亡くなられた際は、実母を亡くしたかのように悲しみが溢れ、何もする気が起きなかった程でした。
その後生まれたフィリスがお義母様に似ているのも、もしかすると、神の思し召しなのかもしれません。ですので、フィリスには、厳しい社会においても、強く生きていけるよう、お義母様のような素晴らしい貴婦人になって貰いたいと思い、厳しく育てているつもりです。
神の御許に行かれたお義母様も、力を貸して下さいね。
お目汚しでしたが、楽しんで頂けたのであれば幸いです。
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宜しくお願いします。
(石は移動しました)